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札幌市在住のダイです。無類のフリーキックマニアです。サッカー以外にも野球やモータースポーツ(特にF-1)も大好きです。水曜どうでしょうとSaku Sakuが大好きです。

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我が家のにゃんこ

2005年12月24日

我が家には拾ってきた猫をもう10年近く飼っています。


20051224-00.JPG

彼女の名前は「ハナ」ちゃん。アメショーとロシアンブルーのハーフって感じのメス猫です。多分10歳(汗)

実は彼女は他の猫と違ってひとつの大きなハンデを背負って生きています。それは・・・


20051224-02.JPG

↑で見てわかるように片目を失っています。拾ってきた段階で左目に異常がありそれが腐ってきてやむなく切除という選択をしました。

でも彼女はそんなハンデを感じさせることは無く元気に生きています。そして毎日ゴネています。(爆)

猫って面白いですねぇ、犬より表情があるって言うか、味があるというか。うちのハナちゃんと遊んでいると結構癒されます。

追記:猫が入っている布団はうちの「ナチュラリスタ」の布団です。(爆)



F1ドライバー列伝VOL9

2005年12月24日

なんかすごい疲れた・・・

ってのも「総括」の下書きをしていて4時間かかったもん。(疲)首筋に痺れを感じてきたからもう寝よう。でもその前に「列伝」をアップしなくては(汗)

てなわけで列伝いきますよぉ~~。ではどうぞ!!



これまで書いてきてひとつの事に気づきました。「イタリア人ドライバーのことを書いてねぇ」と。(笑)そこで今回はイタリア人ドライバーを紹介します。

「鉄道模型マニア」であり「鉄人」とも呼ばれた「偉大なるナンバー2」といえば・・・

Riccardo Patrese    リカルド・パトレーゼ

1977年シャドウというチームからデビューしたパトレーゼ。このとき彼はまだ大学生、学生ドライバー誕生である。デビューしたての頃は運転が荒々しかったようだ。それが年々丸みを帯びてきてうまくなっていく。円熟というものか。

シャドウからデビューの後アロウズ、ブラバム、アルファロメオ、ブラバムとチームを移り87年の最終戦にマンセルの代役としてウイリアムズから出走することになる。そこから92年までウイリアムズで走り続けることになる。93年にはベネトンへ移籍、その年を最後に引退する。

彼の魅力は円熟したドライビングに加えて卓越した「開発能力」だ。92年のウイリアムズFW14Bの開発はパトレーゼ抜きには考えられないものだったろう。マンセル一人であのクルマを熟成することはできない。絶対ありえない。パトレーゼだからできたことだ。またルノーの黄金期を支えたのもパトレーゼといって過言ではない。パトレーゼのおかげでマンセルやプロスト、シューマッハーはルノーエンジンを用いてチャンピオンになったのではないか?

そして円熟されたドライビングに加えてアグレッシブさも加わったドライバーだ。91年マンセルに勝っているレースがいくつもあるし、チームにおける自分の立場、完璧なナンバー2をなんとも思っていない。そんなメンタルな強さと大きさがパトレーゼに備わっている。本当に素晴らしいドライバーだ。

通算出場数256戦、絶対に破られることはない記録、鉄人と呼ぶにふさわしいと思う。

そんなパトレーゼのベストレースはなんだろう?

91年メキシコGP。同僚マンセルに完勝したレース。このレースはウイリアムズの1-2フィニッシュだったがマンセルがどんなに頑張っても、ファステストラップをいくら刻もうがパトレーゼには勝てなかった。それほどこのレースにおいてパトレーゼは「強かった」。その後マンセルがフランス、イギリス、ドイツと3連勝する原動力を与えてしまうほどのインパクトを残した。個人的には92年の鈴鹿も挙げたい。表彰台にあがったのはトップ3のナンバー2ドライバーたち。下克上を思わせるリザルトだった。

先日行われたGPマスターズにも出場したパトレーゼ、このレースでも3位に入った。白髪で頭が真っ白になったパトレーゼ、いつまでも元気でいてほしい。

以上です。次は10人目、いったい誰になることやら・・・という訳でリクエスト受付中!!正直ネタがつきつつあるんでよろしくです!!