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札幌市在住のダイです。無類のフリーキックマニアです。サッカー以外にも野球やモータースポーツ(特にF-1)も大好きです。水曜どうでしょうとSaku Sakuが大好きです。
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2005年12月12日
たじさんが面白い企画を立ち上げたのでそれをやってみます。
ではでは・・・
やなぎしたまさあき・・柳下正明 ○
はやしたくと・・・・・林宅と ×
おかだゆうき・・・・・岡田勇気 ×
にしざわじゅんじ・・・西沢順二 ×
そだゆうし・・・・・・曽田融資 ×
いけうちともひこ・・・池内智彦 ×
にしじまひろゆき・・・西嶋宏行 ×
わなみともひろ・・・・和波智弘 ×
すなかわまこと・・・・砂川誠 ○
ほりいがくや・・・・・堀医学や ×
みはらひろき・・・・・見原弘樹 ×
あいかわしんや・・・・相川真也 ×
なかやまげんき・・・・中山元気 ○
たばたあきひろ・・・・田端彰浩 ×
かがけんいち・・・・・課が健一 ×
すずきともき・・・・・鈴木智樹 ○
せいのともあき・・・・清野智明 ×
くわはらたけし・・・・桑原武 ×
うえさとかずまさ・・・上里和正 ×
ごんどうゆうすけ・・・権藤雄介 ×
かねこゆうき・・・・・金子祐樹 ×
うえだつねゆき・・・・上田恒之 ×
じょぎょうひ・・・・・徐行費 ×
のだたつろう・・・・・野田達郎 ○
いしいけんご・・・・・石井健吾 ×
あべてつや・・・・・・阿部哲哉 ×
えびさわしょうご・・・海老沢正午 ×
たかはらとしやす・・・高原利康 ×
にしたにまさや・・・・西谷正也 ○
でるりす・・・・・・・デルリス ○
なんと7点。おいおい、僕のパソコン、大丈夫か?
たじさん、ありがとう。ちょっと楽しめました。早めに100の質問もやってくださいね。(爆)
ここで歌をひとつ・・・・
俺パ~ソっ、アミーゴ、セニョリ~タっ、サボテ~ン、テキ~~ラっ、一気飲みっ!!(これ知っている人っているのかなぁ?)
っていうか僕のパソコンツッコミどころ満載だよ・・・
2005年12月12日
なんだかちょっと熱くなってしまっているこの企画。今回もかなりマニアックでしかもサッカーに関係のない内容になっています。なので、興味のある方は続きをどーぞ!!
前々回セナ、前回プロストときて今回はやっぱりこの人でしょう。「荒法師」や「ライオンハート」と呼ばれたイギリス人ドライバーです。
Nigel Mansell ナイジェル・マンセル
1980年オーストリアGPでデビューしたマンセル。年代で行けばプロストと同期である。通産勝利数31、このうち約半数は91,92年に挙げた。
この人はチャンピオン争いにはよく絡むがなかなかチャンピオンにはなれなかった。その最たる例は87年と91年だ。87年はチームメイトのネルソン・ピケと91年はセナと争っていた。しかもチャンピオンを決定の舞台になったのが両方とも鈴鹿である。
87年はフリー走行中S字カーブの手前でクラッシュ、決勝を欠場することになりこの時点でピケがチャンピオンになった。争う以前の問題だった。また91年はセナにずっと抑えられ、我慢ができずに2コーナー奥でスピン、レースとチャンピオン争いを終えた。
しかし、92年最強のマシン「ウイリアムズFW14B」を手に入れシーズン序盤から飛ばしまくりこの年悲願のワールドチャンピオンとなる。だが、ナイジェルはこの年でF1を一時去ることになる。
翌93年、活動の場所をアメリカに移し「インディ・カー」シリーズに参戦。開幕戦のサーファーズパラダイスでいきなりポールトゥウイン、実力を見せつけ、ルーキーイヤーながらシリーズチャンピオンに輝き、エマーソン・フィッティパルディやマリオ・アンドレッティなどの歴代チャンピオンたちと共に歴史にその名を刻んだ。
そして94年、セナ死去のあとフランスGPでウイリアムズからスポット参戦した。また終盤になってからF1に復帰し最終戦オーストラリアGPでキャリア上最後の優勝を飾った。
95年シーズンはマクラーレンに移籍、しかしこの時点でマンセルのキャリアは終わったといっても過言ではない。わずか数戦で解雇されそのままフェードアウトしてしまった。
マンセルの特徴はイケイケドンドンなレース運びだ。早い話があまり頭を使っては走っていない。その証拠に優勝かリタイヤかのどちらかという印象が強烈に残る。それは彼自身の性格の問題でもあるわけだ。相当な気まぐれ、そしてわがまま。時にはみえみえのクサイ演技もする。そしてすぐ人のせいにする。なのでチーム関係者には受けが悪いが見ているほうからするとリスキーなドライビングで魅了されてしまうのだろう。
そんなナイジェルを象徴するレースが92年のイギリスGPだ。フリー走行、公式予選、ウォームアップラン、決勝、そしてファステストラップもすべて1番!ナイジェルらしい結果を残す。または91年のカナダGPでは1位独走で残り半周ってところでスローダウンしリタイヤ。これはマンセルが間違ってキルスイッチ(エンジン停止装置)を押してしまったためでマシントラブルでもなんでもない「ヒューマンエラー」だった。まさしくやってもうた、である。
そんなナイジェルのベストレースを挙げるとすれば一番「彼らしくない」レースを取り上げるとしよう。
89年ハンガリーGP、いわゆる「ミッキーマウスサーキット」の代表例。ここでマンセルは1台1台丁寧に抜くという「プロストのような」走りを見せ優勝した。やればできるじゃん!!っていうのはご法度で彼自身としてはあまり面白くなかったらしい。でもフェラーリにとって不向きなコースでしかも発展途上のセミオートマを駆使しての勝利だから評価しない訳にはいかない。まあこんな走りをすればあと2回くらいはチャンピオンになれただろうに・・・
先日往年のF1ドライバーが南アフリカに集結しそこでレースを行った。優勝はマンセル。いまだに健在だ。
てな感じで第3弾終了しました。次の第4弾は誰でしょう?今まではなんとなくヒントを与えてきましたが今回からヒントは無しの方向でいきます。お楽しみ!!
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