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北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。
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2005年11月14日
今朝の社内の雰囲気は、前日、福岡戦で負けたせいか元気がない。
朝礼でも、社員からの声はゼロ。スピカでの売店売り上げ額はこちらから
尋ねて、やっと結果が報告された。
「負けたときは素直に負けを認め、それでいて頭を垂れず、相手を称え
意気消沈せずに次に備えるのが真のスポーツマンだ」。スポーツ総合研究所所長の広瀬一郎氏は著書「スポーツマンシップを考える」(小学館)の中でこう書いている。
そのとおりだと思う。柳下監督は試合後の会見で、「福岡は強かった。し かし、札幌の選手は良くやった。負けたが、つぎがある」と語った。その言 葉通り、雪の舞う札幌に帰ってきて、すぐに練習場入りした。監督の姿勢に は、いつも本当のスポーツマン像を見る思いだ。
夕刻、宮の沢練習場をのぞいた。練習は終わっていたが、サポーターはま だ残っていた。手をこすり、防寒着のえりをたてて。「こんにちは」と声を掛けると、明るい返事と笑顔が戻ってきた。
2005年11月13日
残念だが、福岡戦は負けてしまった。
スピカでの観戦の帰り、肩を並べるように歩いていたサポーターは
「まだまだ、これからだ」「ドームの残り試合は全部行くぞ」と言い合ってい た。
この日はいいことが一つあった。チケットと一緒にもらったお楽しみ抽選会の抽選券が当り券だった。しかも、最後の最後に箱から出てきた。賞品は最高賞の選手のサイン入りユニホーム。
741 がその番号。
いつも競技場に来てくれている熱心なサポーターに出会い、差し出したら、とても喜んでくれた。よいことは最後にある。まだまだ、あきらめないぞ。
2005年11月12日
ここ数日、落ち着きません。
13日の福岡戦が頭から離れないからです。
そのうえ、どこへ行っても「いよいよ天王山ですね」と声を掛けられる。
ますます、落ち着きがなくなる。終盤を、こうした気分で迎えられるのは幸せと思いながらもである。
今年は好きなバイクにもほとんど乗れなかった。雪が降って、もうだめだとは思いながらも、ガソリン抜き、バッテリー外しをまだしていない。もう一回は乗れるかなと期待を掛けている。福岡に勝ったら、気持ちよく乗り納めをしよう。
明日はスピカに行く。自宅でも観えるが、大勢のサポーターに囲まれての応援は一味も二味も違う。前回は1200人が集まった。明日はどうだろう。福岡からの映像に合わせて、思いっきり歓声を上げよう。足を踏み鳴らそう。拍手をしよう。そう思っている。
2005年11月10日
毎日、何人かの記者さんと接する。新聞、雑誌、テレビでコンサドーレをPRしていただけるのは本当にありがたい。J2のチームでこれほど地元マスコミから大切にしてもらっているところはないと思う。
連日、必ずなんらかのニュースを流してくれている。それに慣れてしまっているせいかマスコミの方々への対応が、ぞんざいだというのが、この会社に来ての印象だった。出来るだけ選手取材を避ける、ガードする、最小限の情報しか流さない。
もとマスコミの世界にいたものからすると、気になって仕様がなかった。そんなこともあって、記者さんからの取材は時間がある限り、全部受けるようにしている。出来るだけ情報はオープンにする。そうやっているつもりだが、辛いときもある。
突っ込んでくる質問に真正面から答えられずに、「それは聞いていない」とか「まだそこまで行っていないはずだと思う」などとあいまいに、はぐらかさざるを得ない時がある。「自分が取材する立場だったら、怒るだろうな」と思う場面がしばしばだ。
でもコンサドーレ担当の記者さんたちは、声を荒げることもなく、言えない立場を理解してくれている、と頭が下がることが多い。ゲームのときも勝ったら、必ず握手してくれ、ほとんどの方が「良かったね」と声をかけてくれる。負けたときは、沈黙してくれる。
その一体感がとてもうれしい。シーズン後には、「あの時はああだったんだよ」などと、本当のことを言い合いながら、ビールでも飲んで、みんなで盛り上がりたい。そのためにも残り試合を勝って、より一層美味しく飲みたい。
2005年11月09日
ブログの文章の書き方になかなか慣れません。ですます調で書いてきましたが冗漫なので止めることにします。
今日はJリーグのJ2実行委員会が東京のJFLハウスで行われた。実行委員会は12チームの責任者がほぼ月1回集まって、鈴木チェアマンを議長にさまざまな問題を話し合う場だ。
雪の中、7時半からの異業種朝食会を1時間ほどで終え、新千歳10時半のJALで東京へ。午後2時からなので、30分ほど時間があった。昼食をと思ってハウス近くのレストランに行くと徳島の高本社長に会う。
「札幌さんはがんばっていますね」「来季は愛媛FCさんの参加で、四国ダービーができて盛り上がるのでは」など会話が弾む。「初シーズンの今年は、サポーター、支援者も暖かかったが来シーズンは甘えられません」と高本さん。
実行委員会は鈴木チェアマンのほんわかした人柄もあって、いつも楽しい雰囲気で、ざっくばらんだ。試合では、ぎりぎりせめぎあっていても、この場では冗談が飛び交う。今日は来季の日程や公式エントリー選手数など、これまでにも話し合われた内容が多かった。
議論を呼んだのはJクラブが他の競技に手を伸ばした場合の商標、意匠、呼称などの使用をどうするかだ。11月5日から始まった日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)との関係が微妙な問題を投げかけている。
J1新潟アルビレックスとその傘下にある(株)新潟スポーツプロモーションのバスケットチームがサッカーと同じ「新潟アルビレックス」をチーム名に使っていることが、どうかということになった。
ユニホームのデザインも良く似ているほか、開発したオリジナル商品もサッカーチームの権益と重なりそうな部分がある。「さてどうする」と議論は盛り上がった。
J百年構想では、サッカー以外のスポーツにも積極的に手を差し伸べ、(総合)スポーツの振興をうたっている。新潟アルビレックスや湘南ベルマーレが始めているこうした動きは歓迎なのだが、商標などの規定はこの事態を予想していなかった。
担当部署で検討することにしたが、コンサドーレも将来、ほかの競技と手を取り合っていくことを考えているので、話し合いは参考になった。
昇格決定の京都の社長には余裕が。3位狙いの4チームのトップはお互いに牽制しあいながら、ぴりぴりムードだった。
帰り着いた札幌は、汗ばむほどだった東京とは大違い。
朝からの雪が道路に凍りつき、すり足で夜中の玄関を開けた。
2005年11月08日
「21世紀は大北海道圏の時代」という観光フォーラム(写真)が8日、札幌市内で開かれて行ってきました。経済人が大勢が集まる場所にはまめに顔を出すのは、重要な仕事です。
当然のことですが、北海道新幹線の話題も出ました。10年後には新函館まで開通します。
そうすると、仙台―新函館間の所要時間は2時間30分となります。時速260キロ計算ですから、実際はもっとスピードを出せるので、2時間強でしょう。
函館で、コンサドーレとベガルタとで、青函トンネル・ダービーがやれますね。サポーターが新幹線を使って、往来すれば観光振興にもなるし、いいんじゃないですかね。フォーラムを聴いていてそんなことを思いました。
Jリーグの理念の柱の一つは「地域起こし」。アウェー、ホームで地域と地域が結びつきを強めれば、中央集権の国のカタチも変わってくるのでは。新幹線に対する考え方はいろいろあるでしょうが、そんな形で利用できればいいですね。
2005年11月07日
痛恨のドロー水戸戦の一夜が明けたドーム周辺は雨上がりの枯葉で覆われていますが、壁に張り付いたツタの赤黒模様(写真)は、まだまだ見応え十分です。
昨日は会場内外で、さまざまな社会貢献事業が行われました。開場前、豊平区民センターでの第7回「みその ワッ 輪 和のつどい」に小亀コーチ、佐藤尽元コンサドーレキャプテン、ドーレくん、佐々木・ホームタウン推進部長とともに参加してきました。
60人強の地域の子どもたちを対象にサッカースクールを開き、終わってから佐藤尽君のサイン会、ドーレくんとの撮影会(写真)でした。最近はコンサドーレのコーチが出向くサッカースクールは、どこも大盛況です。
この日も小亀コーチの巧みな指導、佐藤尽君のリフティングなど、見せ場がたっぷりでした。会場の父母も「さすがプロの指導は違う」と子ども同様、楽しんでいました
ドーム内ではネイルアートが行われ、そばには北海道盲導犬協会の和田所長、盲導犬ふう号もいて、ネイルアートをした人に献金を呼びかけました。
また、津波の被害にあったインドネシアの子どもたちにサッカーボールを贈ろう運動の最後のボール集めも行われ、この日だけで215個が寄せられました。
全部でサッカーボールが1300個以上、空気入れ、支援金なども予想以上に集まりました。
コンサドーレがお手伝いして本当に良かったと思っています。
世界各地にはパキスタンの大地震のように私たちの手助けを必要としている人たちが大勢います。今後も積極的に助け合いの輪に加わっていきたいと思っています。
2005年11月06日
みなさん、水戸戦の応援ありがとうございました。
あと少しのところで、勝ち点3を逃したのは残念でしたが、
まだまだ、これからです。最後の踏ん張りを見せましょう。日曜日の夜で
観戦に来れなかったサポーターの方も多かったと思いますが、これからも応援を
よろしくお願いします。
選手の表情にはあきらめは一切ありません。今日の試合を見ても一試合一試合強くなっているのがわかります。笛が鳴るまで走り続けた選手に拍手を送ってください。
東京からも、支援者がいらしていましたが赤と黒に埋まった応援席を見て、感動していました。こんなすごいサポーターがいるんだから、「コンサドーレは必ず素晴らしいチームになる」とも言ってくれました。
開場時に入り口で皆さんにご挨拶していたら、「社長のブログ、見ているよ」と声をかけてくださったサポーターが大勢いました。ブログの反応はすごいです。頑張って書いていきます。
7日深夜、正確に言うと8日午前1時40分から、コンサドーレの新テレビ番組
「VIVA ジョカトーレ」が始まります。一回目は和波選手の登場で、素敵な笑顔と
軽快な語り口に出会えますよ。ぜひ見てください。
2005年11月04日
今日からコンサドーレ・オフィシャル・ブログがスタートしました。
朝から社内でも選手ブログの原稿入れなどあわただしく準備が進められました。
構想から、4ヶ月足らずでオープンにまでこぎつけたのですから、ウエボスさんのご苦労は大変だったと推察します。ここ数日は徹夜が続いたとも聞いています。
午後3時半から、経済記者クラブで記者発表をしました
吉和隆ウエボス社長が記者の皆さんにパソコンでウエッブサイトを表示します。コンサドーレのイメージキャラクター・ドーレくんをあしらったきれいなトップページが立ち上がります。見るともうサポーターのブログが数件加わっていました。出足は上々です。Jリーグ初の本格的ブログサイトです。みなさんもぜひ見て、参加してください。私も出来るだけ頻繁に書き込みたいと思います。
そうそう、今日(金曜日)はミニFMさっぽろ村放送局(81.3)でコンサドーレ・ラジオ・ブログの日です。聞き逃せない午後6時からの1時間です。パーソナリティーを勤める水澤取締役の語り口は本職並み。お相手を務めた門脇常務もなれたもので、息はぴったり、ますます楽しい番組になっています。選手の好きな歌手の曲選定には、意外性もあります。今晩の松山千春好きな選手はだれだと思います?
わが家の玄関先には、まだハロウイーンのかぼちゃが飾ってあります。コンサドーレの旗を耳の脇に飾りました。明後日の水戸戦で勝つまでは、片付けません。勝ったら、次のゲームまでも、と考えています。
2005年11月04日
コンサドーレは後半戦のホームゲームで、フェイス(顔)、ネイル(つめ)ペインティングをスタジアムで行っています。ワールドカップや海外の試合ではおなじみですが、札幌では初めての試みでした。札幌市内の専門学校の生徒さんにお手伝いをしてもらってのチャリティーイベントで、寄せられたお金は北海道盲導犬協会などに贈られています。
私も気恥ずかしかったのですが、先日、ほっぺたにコンサのエンブレムを描いてもらいました。そのせいか、応援にも熱が入り、その日のゲームは勝ちました。人間だれでも変身願望があります。ほっぺたの絵、つめの赤黒の縦じまだけで、ふだんの自分と違った高揚感があって、ゲームにより深く没入出来たように思えました。子どもたちにも人気で、行列が出来ています。11月6日、札幌ドームで行われる水戸戦でもネイルペインティングを行います。あなたもやってみませんか。コンサ応援と助け合いの気持ちをこめて。
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