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北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。
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2006年04月16日
HFCは15、16日の両日、赤井川村のキロロスノーワールドで「コンサドーレ札幌 スキーアカデミー in KIRORO」を開催しました。地域スポーツの振興を目的に、Jリーグの支援を受けた初めて試みでした。 北海道スキー連盟の全面的な協力を得て、札幌、小樽をはじめ、稚内など全道各地から、小学1年から6年までの男女100人余が集まり、トリノ オリンピック日本代表・生田康弘選手、SAJナショナルチーム・花田将司選手の、なまの滑りを見たり、連盟のコーチから指導を受けました。
初日は好天に恵まれ、雪上トレーニングを楽しんだあと(写真)、夕刻からは、コンサドーレの小亀卓也コーチからサッカーを教わり、食育講座「子どもの体づくり」の話を斗澤由香子講師から父母と一緒に聴きました。 2日目は荒れ模様の天気となりましたが、タイムレースを実施、午後から 表彰式も行って、サッカーボールなどの賞品を受けました。コンサドーレの旗の前で、記念撮影におさまった子どもたちや父母は笑顔満開でした(写真)。 スキー連盟の松岡尚幸さんや押切敬司さんらは、「子ども達がオリンピック選手や一流コーチから直接、指導を受ける機会は少ない。コンサドーレと一緒になって、こうした機会を増やし、ウインタースポーツを盛り上げたい」と話していました。 道内では学校でのスキー授業などが減り続け、子ども達のスキー離れは進んでいます。先日、札幌市内の中学校の体育担当教諭は、「女子生徒160人に、冬休み期間中にスキーに行った人はとたずねたら、一人しか手を挙げなかった」と言っています。 HFCは昨年、アイスホッケーの「ポラリス」と協力協定を結びました。そして、今回の試みです。北海道をスポーツで元気にしようとの考えからです。来年も、ぜひこの催しを開きたいと思っています
2006年04月15日
どきどき、はらはらのゲーム運びから解放されました。 3連勝の湘南戦。どっと肩から力が抜けました。 勝つのはいいものですね。みんなが笑顔でした。握手攻めでした。 この日のゲームにはJリーグから、野村六彦規律委員会委員長が 来ていました。その後のフッキ選手の観察が主な狙いのようでした。 一発退場のシーン、それに先立つ伏線もビデオで確認してくれた上での来札です。 試合後、わざわざ私を探して話してくれました。 「今日のフッキ選手はよいプレーでした。いい選手になりそうですね」 そう、言ってくれました。 柳下監督の指導が行き届いていることにも言及してくれています。 そして、「札幌は戦い方がフェアです。ぜひ、今季のJフェアプレー賞を 狙ってください」とも。うれしいですね。 シュート数は札幌28本、湘南5本、フリーキック25:10。圧倒的だったのは もちろんうれしかったけれども、イエローカードの枚数で湘南5札幌2。 みごとなフェアプレー。野村委員長の言う通りです。 神戸戦、草津戦も警告なし。 フェアプレーを続けて、J1へ。 夢が広がります。夢がつながります。
2006年04月13日
6月中旬、中米・ホンデュラスへ緑化技術指導に行くNPO法人北海道森林ボランティア協会(酒井和彦代表幹事)プロジェクトチームに、HFCから中古のサッカーボール12個をプレゼントしました(写真)。 中米―緑化―サッカーボール。三題噺のようで、「それって、なに」と思われる方もいますよね。 同国のインティブカ県ラ・エスペランサ市は、人口の大半が先住民族・レンカ族で、最貧困地域です。貧困ゆえの盗伐などで森林破壊が進んでいます。これをなんとか防ぎ、森林再生をするために、同国はレンカ族のサッカー少年団に植林を義務付けています。 その見返りに、サッカーの技術指導やユニフォームを支援するというシステムです。ホンデュラスでもサッカーは最も人気の高いスポーツ。空き地サッカーを楽しむ子どもたちも例外なくプロサッカー選手を目指しています(写真)。 植林すれば、サッカーを教えてもらえ、ユニフォームも支給されるという、このシステムはとても有効に機能しているとのことです。でも、植林や育成の技術が劣っていて、北海道森林ボランティア協会チームはその技術を指導に行くわけです。 サッカー少年団員を対象に植栽、育林の基礎を教えるのですが、そのときのお土産にサッカーボールを持って行きたい、という趣旨でした。この計画には、千葉県の小学生も募金で協力していて、国際交流も広がっています。 世界では森林がものすごいスピードで消えています。1990年から2000年までの10年間で、中南米、アフリカを中心に9400万ヘクタール、日本の国土面積の2倍の森林が、地球から消滅しました(月尾嘉男氏監修、講談社刊「地球共生」から)。 地球温暖化、砂漠化が止まりません。森林地帯に生息する動植物が絶滅していきます。水資源不足など、さまざまな悪影響を私たちにもたらしています。森林の再生は急務です。 サッカー少年団に植林をしてもらうことで、緑化意識がたかまるのであればこんなにいいことはありません。 HFCも東雁来のサッカーパークで、今年から「コンサの森つくり」に取り組みます。ホンデュラスにサッカー少年団と緑化という良い手本がありました。コンサドーレからプレゼントする12個のボールがゆくゆくはサッカー交流にまで発展すれば、とも思います。
2006年04月11日
「おじさんらいふ」のなかさんから、牛乳と食育に関してのブログ書き込みがありました。興味深く読ませていただきました。HFCの食育への取り組みについても触れられていましたので現状をお伝えします。 ホームタウン推進部を中心に進めています。道内市町村を対象に開催を予定している少年少女サッカー出前講座で、サッカー指導の後を利用して「体づくり」「試合に向けての食事」「スポーツをする子どもの栄養学Q&A」を、父母を交じえて開いています。 4月15,16日にキロロ スノーワールドで開催する「コンサドーレ札幌スキーアカデミー」でも初日の夕刻、食育講座を開いて、子どもたちとコーチを対象に食の大切さを教えることにしています。 今年夏、芽室町の天然芝サッカーグラウンドが完成しますが、この披露イベントにコンサドーレが協力します。まだ詳しいことは決まっていませんが、ここでは、大規模な食育の行事をやろうと地元の青年部と話し合っています。 食料基地・十勝ですから、地元の野菜、牛乳・酪農製品などを使った料理講習会を子どもを巻き込んで、楽しくやれればと計画しています。秋には全国と北海道の農業協同組合中央会が道内で開く「ライススポーツセミナー」でも、コンサドーレ・食育を展開する予定です。 食育を進めるため、高橋はるみ知事にも、「食育」と帯で巻かれた「しまふくべんとう」を差し上げました。北海道農政部にも説明、協力を訴えています。農業団体首脳には食育と地場農産品の消費拡大を目指しましょうと働きかけている最中です。 あまった牛乳を、無料で大量に配ったり、テレビ広告に多額な宣伝費を投じることは無駄とは言いませんが、長期の需要を喚起するとは思えません。子どもや、シニア世代の体つくり、体力維持に牛乳がどれほど必要かをじっくり伝えるほうが効果的だと思います。 日本農業新聞に 連載した私のコラム「わたしと食」は友人の協力で文部科学省の一部でも読んでもらえたようです。「スポーツを通しての食育」。私たちにとっては当たり前のことなのですが、とても新鮮に受け止めてくれたようです。 すぐに、良い結果が出てくるとは思いませんが、コンサドーレのブランド力を生かし、少しでも子どもたちのためになるのであれば地道にやっていこうとスタッフで言い合っています。先日は北海道教育大学の村山学長にも「教育の場に食育を」とお話ししてきました。 今日の道新生活面で、子どもの肥満、糖尿病が増えているとの記事が出ていました。「ファーストフードなどに偏った食生活」「外で遊ばない」などが子どもの体をじわじわと蝕んでいます。 子どもにうつ病が増えているのも、食生活の乱れに原因の一部が、と分析する学者もいます。財政状態が苦しいHFCですから、自前でお金を投じてというわけには行きませんが、知恵を出し、周囲を巻き込んで大きな運動にしたいと思っています。 サポーターの皆さんからも「こんなことなら協力できるよ」といった提案をお待ちしています。HFCの食育講座で使っているテキスト(パワーポイント)を見てみたい、ほしいという方がいましたら[email protected]へご連絡ください。返信に添付します。
2006年04月09日
先週、私の机の上に一枚の茶色い伝票が回って来ました。 捺印するために見ると、コンサドーレ・オフィシャルブログを 運営してくれているWEBOSSさんからの入金でした。 1~3月分の振込みです。翌日、さっそく朝礼でこのことを社員に 披露しました。WEBOSSさん、そしてブログに結集してくれた サポーターの皆さんからの、嬉しい嬉しいプレゼントです。 昨年11月4日に立ち上げてから、5ヶ月余、HFCの新しい収入源 になりました。運営に関して、HFCは一切のコストを掛けていません。WEBOSSさんに全てお任せしています。 HFCが出しているのはコンサドーレが持つ無形のブランド力です。 そしてコンサドーレを熱く応援し、ブログを利用、活用してくれている サポーターの皆さんのご協力です。 800に近いブログ数、月500万に近づくページビュー。それが広告集稿に結びついて来たのでしょう。今後、入金額は増えることが見込まれているとのことです。本当にありがとうございました。 昨年夏に提案があったときはこんなに順調に推移するとは思いませんでした。ブログを通して、HFCの素顔をサポーターの皆さんに少しは理解してもらえたのではないでしょうか。 サポーターの皆さんの考えていることも、教えてもらえました。 ブログ開設のBefore そして Afterでは、HFCとサポーター皆さんとの関係がすごく変わったような気がします。社員には、スタッフブログを積極的に書き込めと求めました。 新聞、テレビ、ラジオの既存のメディアも大切ですが、インターネットという新しいツールを手にした今、双方向で自由に、瞬時に、しかも情報量を制限されず、意志を伝え合うことが出来るのです。すばらしい武器だとは思いませんか。 コンサ・ブログは各方面で注目されています。ウエボススタッフブログでも紹介されたように、道新で大きく取り上げられました。既存媒体も無視できなくなったのでしょう。 先日、赤黒式さんのブログで書かれていたように、広報の専門誌 「PRIR(プリール)」5月号で大きく紹介されました(写真)。プリールは株式会社宣伝会議が発行している月刊誌です。内容はとても質が高く、充実しています。 この号の特集テーマは「ビジネスブログで社会と対話~ネット広報最前線」です。顧客との対話(広報)に使っているNTTの関連会社NTTレゾナント、社内のコミュニケーションを活性化するために活用している山梨県の食品製造会社「はくばく」(バンフォーレ甲府の胸スポンサー)と並んでコンサ・ブログを取り上げています。 「ブロガーは強力サポーター 767人の経営者たち」。見出しにこうう書かれています。サポーター同士もブログでつながっているとも。新しいことに取り組むHFCの姿勢が、少しずつ周囲に理解され始めた結果なのでしょう。 振り込まれたお金は、ブログが産んだ初めての金の卵です。ブログによって生み出される目に見えない効果も資産として大きくなっていくと確信しています。 3月末で創立1周年を迎えたWEBOSSさん、おめでとうございます。 そしてサポーターの皆さん、ブログを今後もよろしくお願いします。もっともっと、元気のよいブログにしましょう。それがチームを後押しします。
2006年04月07日
TVHのコンサにアシストを見ていたら、今日の夕刻かかってきた電話を 思い出しました。札幌市サッカー協会のHさんからでした。 「社長 5日の草津戦で気がついたことがなかったかい」。 うーん。うなってみても思いつきません。 「試合に出た選手のうち、5人が道産子だったよ。そんなことは今までに なかったと思うよ。新聞記者も気がついてなかったみたいだね」 そうなのです。先発で曽田(札幌市)、池内(当別町)、鈴木(岩見沢市)の3選手。途中、石井(石狩市)、藤田(札幌市)の2人が交代出場して合わせて5人。ベンチ入りの千葉(紋別市)を入れれば、16人中6人が道産子となったわけです。 記録に詳しいスタッフに聞いてみましたが、「そうですね。チーム始まって以来じゃないですか」。しかも出場5人のうち、鈴木、石井、藤田はコンサ・ユース出身です。鈴木、石井は20歳、藤田は18歳。若さあふれる新戦力です。 ユースからの選手登用を中心にした育成型チーム作りを目指す5段階計画の3年目。3-0の勝利は今も余韻を引いていますが、若い道産子ユースが加わった育成型のチームで勝ち点3を取れたことは、コンサドーレの近未来を見せてくれたようですね。 「柳下(監督)さんのもとで、本当の意味の地元チームが出来上がりつつあるんだよ。それに社長は気づいてほしいな」。Hさんはそういって携帯電話を切りました。 昨年、監督と食事をしながらチームの将来を話したことがありました。 「コンサドーレ札幌の監督、コーチ、選手は道産子主体であることが望ましい。それでこそ、地域に根ざして道民みんなから愛されるチームになると思うよ」 そう言っていたのです。一歩、それに近づいた5日の草津戦でした。
2006年04月06日
昨日のゲームが行われたドームに、ザスパ草津から女性取締役が視察に来ていました。試合開始の4時間ほど前から、バインダーを手に気づいたことをメモしていました。大手広告代理店から草津に来て、クラブ運営に手を貸しています。 「児玉さん ドームでのコンサドーレ運営はJ1仕様ですね。素晴らしい」。 ドームの施設、ドールズのリハーサルやドーム内放送の試験を見聞きしての感想でした。「こんな環境で試合が出来るコンサドーレはうらやましい」とも。 一緒に前半戦を観戦して、最終便に乗るため、途中から千歳に向かいました。相川の先制点に、喜びを爆発させたいところでしたが、お隣の手前、ぐっとこらえました。「流れが札幌でしたから、いつか入ると覚悟していました」を聞いては、なおさらに。 草津は2002年、プロ化を目指し、元Jリーガーらが、温泉街で働きながら、地域リーグ、JFLを勝ち進み、昨年、Jへ仲間入りしたのは有名です。元日本代表キーパーの小島伸幸を中心に、チーム作りをしてきた苦労クラブです。 今年は40歳と最年長だった小島も引退、新しいメンバーでのスタートでした。 「昨シーズンは、戦力的に劣勢とはわかっていても、これまで苦労してきた仲間を切って、新戦力を投入するわけにはいきませんでした。今年はそれを振り切りました」。 昨年はシーズンを通じて5勝、今年は10勝を目標に、すでに2勝をあげています。善戦が光っています。昨日の草津の戦いぶりをみると、GK高木、DF鳥居塚などの迫力は、「Jを目指す」と這い上がった昨年までの仲間イレブンの思いを継いでいるように見えました。 初心を忘れない。その大切さを見せてくれたようです。札幌は草津に比べれば、ゲームをする環境は勝っているでしょう。でも、10年前、「札幌にJのチームを」と燃え上がった札幌市民の気持ちは今も引き継がれているでしょうか。 熱く燃えた気持ちを引き継ぎ、コンサドーレを守り育て、北海道のスポーツ文化を確固としたものにするためにHFCは何をしなければならないのか。10周年を迎えた今年の大きな課題です。
2006年04月01日
倶知安町のグランひらふスキー場下にあるセーコーマートに1日朝、立ち寄ったら新聞スタンドに道新、道スポと一緒に、なんとHerald Tribune(ヘラルド トリビューン=通称ヘラトリ)がずらっと並んでいました。 ニューヨーク・タイムズ発行の国際版で、一日遅れですが、れっきとした本物。ニセコにやってくるオーストラリア・スキーヤーのために置いてあるのは明白です。この日のコンビニにいた客5人のうち、4人がオーストラリア人でした。 昼食を、と思って入った知り合いの蕎麦屋さんでは、営業中の看板の下に英語のメニューが。そして中では、ニュージーランドからスキー旅行に来た女性が働いているではありませんか。びっくりです。 ひらふで事務所を構え、不動産業を展開している友人のオーストラリア人Kさんによると、この冬、オーストラリアからニセコに来たスキーヤーは1万5,000人。海外スキーで出国した5万人のほぼ3分の1になるといいます。 スキー熱が去った道産子にとっては、理解が出来ないほどのニセコ熱なのです。春先のべたべた雪で、閉口しているのは日本人、彼らは、日差しを浴びながら春スキーを堪能しているのです。「北海道の雪は世界の中でも最高」と口をそろえて。 Kさんの話では、今冬、英国から観光ツアー調査団が北海道に来ました。冬のニセコでスキーを楽しみ、そのあと早春の東京、京都を巡り、夏のオーストラリアを回って帰国するツアーを計画中だそうです。 雪は北海道にとって大きな資産。自然と親しむ遊びが広がり、体と心を鍛えます。スポーツビジネスが生まれます。 それをオーストラリアの人たちに教えてもらっています。 買ってきたヘラトリに目を通すと、1面にサッカーボールのイラストと記事、19面にも記事は続いていて、サッカーを巡る有力スポンサーのブランド戦略が詳しく紹介されていました。ドイツ・ワールドカップでのカード会社の動向など、とても興味を惹かれました。 国際企業は不特定多数を相手にするテレビ広告から、サッカーのユニフォームスポンサーになるなどの直接広告へ軸足を移していると解説しています。これだけ世界に広がるサッカーは、企業戦略にとって欠かせない広告媒体と映っているようです。 19面ではイングランド・プレミアリーグ・マンチェスター・ユナイテッドのユニホームが表示されていて、そこのロゴの値段が書かれています。右胸のナイキは13年契約(2002年調印)で640億円、胸中央のボーダフォンは4年契約(2004年調印)で75億6,000万円(1ポンド210円で計算)だというのです。 このほか、そで、パンツ、ソックス広告は付いています。それぞれの場所を確保するのに各企業は血眼になって競争を繰り広げているようです。複数年契約どころか、10年以上も独占しようとするところに、その意思がわかります。 やがて、日本でもそうした時代はくるのでしょう。 いや、必ず来ます。スポーツ・マーケティングが華やかになるときが。 その足音が聞こえているのです。企業経営者にこの音を聞いてほしいと思います。 そのためにもコンサドーレは面白いゲームを繰り広げ、J1へが必須条件なのですが。 これはエイプリルフールではありません。念のため。
2006年03月31日
3月31日、札幌ドームの西コンコースに、メモリアルコーナーがお目見えしました。2001年6月の開業以来、貯めこんでいたお宝グッズが展示されています。ゲームやイベントのときはもちろんですが、いつでも観覧自由です。 コンサドーレ関係はユニフォーム、選手・監督サイン入りの旗、コンサドーレの歩み板。2001年7月2日、対横浜マリノス戦で播戸龍二選手が決めたドーム・ファーストゴールの記念ボールが、そのときに履いていたシューズと共にあります。 曽田雄志、池内友彦両選手のシューズ、林卓人キーパーのグローブも。さらに2004年から制定されたドーム・アウオ―ズ(Awards)MVPに輝いた清野智秋、昨年の和波智広両選手の写真・盾が飾られています。 見逃せないのが、2002年日韓ワールドカップ予選、アルゼンチン-イングランド戦の際、イングランドのエリクソン監督が試合に備えて使った作戦ボード。クロスの入れ方を示した図にはベッカム選手の名前も入っています。 イングランドの選手控え室に残っていたものをドームが保存していました。テレビの人気番組「開運 なんでも鑑定団」に持ち込み、100万円の値段がついたものです。ゲームはベッカム選手のPKで1-0、イングランドの勝利となった因縁試合でした。 このほか、2003年JOMOオールスター・サッカーの際の資料、グレーのメンバーの手型、最高の観客を動員したエリック・クリプトンのコンサート写真、日ハムが1981年、リーグ優勝を果たした記念フラッグなどもあって、興味はつきません。 ドームが所蔵しているものの一部で、まだ、これ以外にもたくさんあるといっており、展示替えも考えると言うことです。 ぜひ、一度見ることをお勧めします。
20060331-01.JPG![]()
2006年03月29日
28日、障がい者が働く、くつ修理の「シュリーの店」の評議員会があり
ました。席上、平成17年度の決算見込みが示されました。それにより
ますと売上高は1億6400万円と前年度を4.5%、700万円上回りました。
平成11年度以来、7年ぶりのことです。店舗数の減少もありますが、
毎年、500万円前後、落としていた売り上げが、なんと前年を大幅に
上回ったのです。
評議員会で、「これはコンサドーレさんのおかげです」とお礼を言わ
れました。下肢に障がいを持って働く人にとって、将来にわたっての
職場確保の可能性を予見させる朗報でした。
この数年、コンサドーレは、9月2日の靴の日と2月20日の
創業記念日にドーレくん、選手を一日店長などに派遣して、PRに一役
かっています。
昨年は、「コンサドーレはシュリーの店を応援しています」とのボードを19店舗の
店頭に掲げましたました。今年2月の創業記念日にはJR札幌駅コンコースにあるパセオ店前で
ドールズの皆さんにも出演してもらい、シュリーの店利用を呼びかけました。
売り上げ増は、こうした協力の成果だと評価していただいたのです。
サポーターの皆さんも、シュリーの店をご利用になったことでしょう。
ありがとうございました。
春を迎え、冬靴から夏靴への履き替えの時期になります。
ぜひ、シュリーの店を訪れてください。
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北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。
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