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プロフィール
北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。
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2006年02月10日
18日間の長い宮崎キャンプを終えてチームは、つかの間のオフに入った。こんどは12日から、熊本キャンプへと移る。家族などと離れての生活は厳しかったと思う。帰札したスタッフの一人が、キャンプ生活の一端を報告してくれた。
私が気になっていたのは「4人部屋での生活」。プライバシーが無くてストレスがたまるのではないかが心配だった。しかし、どうやら、これは杞憂だったようだ。
共同の居間があって、それに接して2つベッドが入った部屋があるコンドミニアム風の作りだったそうだ。ふだんは居間で過ごし、自分の時間がほしければ、それぞれの部屋に入る生活だったという。
ホテルように廊下に部屋が並んで、孤立した状態ではなく、気晴らしや、話し合いにはとても良かったと付け加えてくれた。食事の内容も変化に富んでいて、あまり不満はなかったとも。
キャンプ半ばで、疲れがたまり、そこから落ち込んでいくか、それを乗り越えて上向きに転ずるかが成果が分かれるところだが、今年は前向きに乗り越え、それが手ごたえのある結果になったとの分析を伝えてくれた。
練習試合で対戦したビッグクラブ選手のリッチな待遇とは、だいぶ差があったようだが、新旧選手の融合、雰囲気もよく、互いに競争心を燃やし合いながら、オフ明けの熊本キャンプに備える。そんな表情だったと語ってくれた。
熊本のあとはいよいよ3月4日の鳥栖との開幕戦が待っている。一つに絞り込んだ目標に向かって、怪我なく、後半のキャンプを過ごしてほしい。
2006年02月08日
サッカー紙「エルゴラ」の1月インタビューで「食育にも取り組みたい」と話した。この記事を読んだ「今に見ていろ!~ロイテミ~二.12~」さんやたくさんの方から、賛同のブログ書き込みや手紙、メールをいただいた。
安全安心なものを食べる、地産地消、スローフード運動などについて関心を持つ人が多いのに改めて気づいた。スポーツを通じて子ども達に食の大切さを教えることが出来るなら、これは北海道に大きく貢献できるとも思った。
日本農業新聞の東京の記者さんは『日本の食糧基地である北海道をホームタウンにしているクラブだからこそ「農業」「食育」「スローフード」をテーマにした事業展開が可能であり、それはJリーグ百年構想の一環でもあると思う』との手紙を添えて、全国の食育の動きを伝えるたくさんの切り抜き記事を2回にわたって送ってくれた。
子ども達に食べることの大切さを教えるプログラムは昨年、北見でのサッカースクールでも取り組んだ。先日、十勝の芽室町で開いたサッカースクールでも取り上げている。
「子どもの体づくり」をテーマにスポーツにおける栄養の役割、ジュニア選手に必要な1日の栄養量、バランスの良い食事、試合に向けての食事、水の取り方、サプリメントは必要?などをサッカーコーチと同行した栄養管理のスタッフが、わかりやすく解説した。
「強い骨を作るには乳製品が不可欠」、「朝食を抜くとどうなる」など具体的な説明は、興味深く受け止められたと思う。芽室町のスクールを手伝ってくれた北海道スローフードフレンズ帯広のリーダーKさんが8日夕、HFC事務所を訪ねてくれた。
「サッカーを教えると同時に食べることの大切さを教えるやり方に感心した。芽室町には間もなく、天然芝のサッカーグラウンドが出来あがる。お披露目にはコンサのサッカーイベントを開いてほしい。そのときは地域の安全安心な食材をつかった食育に関する行事も地元としておこないたい」と農業者としての期待も語ってくれた。
4年ほど前に、北海道で仲間達と、スローフード運動を始めたときは「ゆっくり食べる運動なの?」といった程度の反応だったが、BSEをはじめ食に対する不安が広がったこともあって、食の安全に対する意識は急速に高まった。サッカーがその一端を担えればうれしい。
2006年02月06日
今日から始まったさっぽろ雪祭りのススキノ氷祭り会場に
コンサ神社が出来ました。100基の氷像のほぼ真ん中、
一番良いところに主催者が作ってくれました。
今年で5年目になります。私はこの神社のテープカットに出席し、石屋製菓の石水社長らと共にかしわ手を打って、
お賽銭箱にささやかにお金を入れてきました。
神社には立派な鳥居もあります。その後ろにはボードもあり、願いが書き込めるようになっています。そして和波選手らの「今年はJ1に行きます」との声も流れています。
見物客からも大層な人気で、すぐに「J1に行こう」とのメッセージも寄せられていました。本当にありがたいですね。初めて、この神社が出来た年はお賽銭箱に百万円の包みが入れられていたこともあります。
皆さん、ぜひコンサ神社を見に行ってください。そして、少しでもいいですから募金を。5日の福岡との練習試合で2-1で勝ったことは見物客みなさんが知っていて、Jへの期待の高まりを感じました。
サポーターのみなさんもテープカットを見守ってくれていました。
2006年02月04日
私のブログ「コンサの森計画」を読んだサポーターさんから書き込みがありました。
ご賛同いただきまして、ありがとうございます。
サッカーパークがある東雁来の運動公園は敷地の20%を緑化地域に
と言うのが札幌市の計画です。あの広い地域をぐるっと植樹するのは
相当の費用がかかりそうです。
カミネッコンを使ってサポーターの皆さんのご協力が得られれば、楽しいイベントにもなるし、とても意義のある植樹になりそうな気がしています。
私もカミネッコンを開発した東・元教授からの指導を受け、教育大学付属小学校や手稲小学校の校庭周辺に、仲間と植樹をしています。小学校の子だもたちと一緒の作業していますが、子どもたちは自分の名前をカミネッコンのダンボールのわきに書き込み、好きな樹種を選んでその後の水遣りなど、大切に育てています。環境教育にもなっています。
家族と一緒に、作業をし、終わったらバーベキューを楽しむなんていうのもいいですね。東雁来だけではなく、札幌市の私有林は荒れています。こうしたところもコンサの森の適地になりそうです。
それにドーム近くの国有地に植える場所はありそうです。
ぜひお知恵を貸してください。コンサ10周年の記念の森と名づけてもいいですね。
2006年02月03日
札幌市東区東雁来の札幌サッカーアミューズメントパークで1日夜、NPO北海道スポーツクラブの総会があり、1月に竣工した屋内競技場とクラブハウスを見てきた。国道275号を雁来大橋手前で豊平川の堤防沿いに走ると雪原にこうこうと明るい屋内競技場があった。
雪の壁に挟まれた細い道をあっちへ、こっちへ迷いながら、光を頼りに、やっとたどり着いた。それだけ、広い。敷地の真ん中に位置するクラブハウスの2階からは雪の下に広がる人工芝と天然芝のピッチを左右に見ることができる。
ゲストルームでコーヒーなどを飲みながら、両方のプレーを楽しめる。シャワールーム、ロッカーも覗いたが使いやすそうだった。隣接する屋内競技場ではコンサ・ユースが練習していた。
60人ほどが人工芝のフットサル2面を利用して、コーチの指導のもとで、のびのびとボールを追っていた。外は厳寒だが、中は寒さを感じない。体を動かすのにちょうどよい温度に調節されていた。
北海道サッカー協会の村井将一会長らは「これは素晴らしい」-と。
「冬にこうした施設を使えるクラブと、使えないクラブでは大きな差がついてしまう」と話す関係者も。
総会では平成18年度の事業計画、収支予算案が承認されたが、天然芝ピッチが稼動しない初年度とあって、手探りでのスタート。建設資金不足に、収支も赤字見込みで、どうやって収入を増やすかが課題となりそう。
NPOにとっては周辺緑化も欠かせない。札幌市は駅前通り地下街建設のため、街路樹を移設するが、そのうちの40本程度をここに植える計画と言う。それだけでは、足りない。ぐるりと植樹の必要がある。
コンサドーレの出番がありそうだ。
HFCがサポーターに協力を求めて、幼木の植樹ができないだろうか。6角形のダンボールに新聞紙を詰め込み、中に土を入れて自分が好きな幼木を植えるカミネッコン方式でやれないだろうか。
土を掘る手間、肥料を入れることも必要なく、ほぼ確実に根付くこのやりかたなら、子どもにも楽しくやれる。その木が大きくなり、緑の葉を広げ、プレーを見る緑陰を作り出し、風、ほこりを防いでくれる。なによりも環境保護につながる。
雪が解けたら、そんな計画を練ってみたい。
2006年02月02日
2006年のクラブスローガンが「闘」に決まった。
創玄書道会理事で現代書研究・書圏代表の辻井京雲・北海道教育大教授から昨年5月末、クラブに贈られた作品を使わせてもらった。
役員の不祥事で、クラブが困難な事態に陥っていた時だった。以前から懇意にしていただいていた先生から「コンサドーレのために作品を書きたいのだけど、受け取ってもらえますか」と電話があった。
先生は1998年に北京、ストックホルムで開かれた現代日本代表作家展や2002年の現代書 新春100人展に出品するなど日本を代表する書家。「本当ですか」と躍り上がりたい気持ちで答えたのを覚えている。
不祥事のことは一言もおっしゃらずに、しばらくして100センチ×100センチの大作がクラブ事務所に届けられた。金属の額縁は黒、作品を取り巻く押さえの装丁は赤、コンサドーレカラーで仕上げてくださった。
『子供たちに夢を与えるコンサドーレ札幌に、もっと頑張って欲しいという思いを込めて書き上げました。構えの部分がサッカーゴールを表し、造りの部分がボールを奪い合っているイメージです。もっと強くなって北海道を元気にして欲しい』
これが、そのときの先生のコメントだった。そして、「この作品をどのように利用してもらってもかまいません。コンサドーレのためならば」とも言ってくださった。実はその時から2006年のクラブスローガンはこれだと胸に秘めていた。今回、何点かの候補スローガンの中から社員で投票したが、「闘」が当選、思惑通りになってくれて本当によかった。
書のお礼に、昨年秋、辻井先生が校長をしている北海道教育大付属小学校の生徒さんらをドームのゲームにお招きした。はじめは多くても50人程度と担当の先生のお話だったが、希望を募ると父母も含めて250人前後になり、大好評だった。もちろん、辻井先生も奥様と一緒に観戦してくれた。
「今年も応援にいきます」。ポスター、チラシなどにスローガンとして使わせてくださいとのお願いの電話に、先生は快諾してくださったあと、こう付け加えてくれた(写真、右が辻井先生)。
2006年02月01日
「アップを終えてロッカールームに戻る。試合用のユニフォームに着替える。緑と白の縦縞。カッパ社製は肌に吸いつくようにフィットする」。
野沢尚(2004年急逝)のサッカー小説「龍時02-03」(文春文庫)を読んでいたら第三章セビリア・ダービー(317ページ)で、こんな記述を見つけた。日本からスペインのユースチームに飛び込んだ高校生サッカー選手、龍時は異国でのさまざまなサッカー歴を経て、一部リーグ、レアル・ベティスのMFとして脚光を浴びる。
セビリア・ダービーで名高いFCセビリアとの戦いを前に、ユニフォームに着替えたときの表現だ。緑と白の縦縞はベティス・サポーターを熱く燃え上がらせ、選手を奮い立たせる。ゲーム後半、トップ下に入ったリュウジの活躍で、宿敵を突き放す。緑と白の縦縞の描写が熱戦を象徴的に浮かび上がらせる。
ベティスの戦い方は[攻撃こそ命]、貧乏クラブだが下部組織を充実させ、地元出身者を多く抱える、ビッグなスポンサーに頼らず、ベティコ(サポーター)の支援が大きな力となっている。赤と黒の縦縞のコンサドーレと似通った面が多く、親近感を持ってしまった。
今日、1日から正式にユニフォーム・サプライヤーがアディダス社からKappaブランドをもつフェニックス社に代わった。アディダスさんには永年のご支援に心からお礼を言いたい。そして、快く引き受けてくれたフェニックスさんには感謝の気持ちでいっぱいだ。
海外ではヨーロッパを中心にフェイエノールトなど14チームがユニフォームの供給を受けている。国内ではフットサル男女1チーム、トライアスロンチームがKappaユニだが、Jではしばらくぶりの登場だ。
ウインタースポーツ・ウエア部門で、フェニックス・ブランドは昔から北海道では有名だが「国内サッカー市場でもはばたきたい」とのフェニックスさんの思いは熱く、J1を目指すコンサドーレの思いと一つとなった。
まもなく10周年の記念エンブレムを付けた赤黒縦縞のKappaユニフォームがピッチで躍動する。3月4日の開幕戦が待ち遠しい。
2006年01月28日
キッズからシニア、健常者も体の不自由な人も。女性も男性も。まさにサッカー天国。
さまざまな人が集まったコンサドーレカップ第6回全道市町村サッカーフェスティバル
が27日、ドームで行われた。
コンサドーレが全道市町村で行っているサッカースクールの実践の場として6年前から始まった。今回の参加は全道から535チーム6114人、第1回の参加チームが57だったのだから6年で10倍に膨らんだ。運営の関係で、積極的に呼びかけなかったのに、この数だ。
21日から、札幌市内のつどーむや完成したばかりのサッカーパーク・屋内コートなどで予選を行い、ドームにこの日やって来た。選手宣誓の後、アリーナを11に分割、キッズから、小中、チャレンジド(身障者)、一般などのゲームが繰り広げられた。
幼稚園、保育所児だけで編成されたキッズの部では、コートの周囲を父母が取り囲み、「いけ、いけ」コール。ビデオカメラが回り、デジカメのフラッシュがまばたく。キーパーが自陣ゴールを離れて相手ゴール前でプレーするなど、ユーモラスなパワープレーも。
参加したドーレくんも大人気で、各チームはドーレくんを中心に記念撮影におさまっていた。外は吹雪だったがドームは快適な温度、人工芝も冷たくなく、寝転んでごろごろ転がって遊ぶ子どもたちも。
国内では類を見ない大規模な大会。サッカーの楽しさを満喫できるイベントだ。当初、道の補助で開催されていたが、3年前から補助金がなくなり、コンサドーレのサッカー基金から400万円を支出、サッカー協会の運営で行われている
明日28日は決勝トーナメントに引き続き、表彰式が行われ、全日程を終了する。参加100チーム10000人の大会になるのも夢ではない。サッカーの広がりを象徴する大会だ。この中からコンサドーレトップ選手が生まれるかもしれない。
観戦も楽しいですよ。
2006年01月26日
サッカーの新しい聖地
人工芝フットサルコート2面の屋内競技場、天然芝と人工芝の屋外サッカー場が各1面(105×68m)、子どもが遊べるキッズ広場(20m×40m)、それとプレイヤーの交流が出来るクラブハウス(2階建て752㎡)が札幌市東区東雁来に完成、一部で使用が始まった。
屋外施設は雪のため使用できないが、フットサルコートは21日からコンサドーレカップで使用されているほか、24日からはコンサドーレユースがほぼ連日午後6時から9時まで練習に使用している。サッカーの新しい聖地の誕生である。
屋外の人工芝サッカー場は敷設済み。4月になって除雪すればすぐ使える。天然芝は春に種をまき養生の上、秋からは使える。2面のクレイフットサルコートも整備される予定だ。
隣にはコンサドーレユースの練習場(人工芝)がある。このほか調整池が予定されている敷地、さらに緑地公園構想もある広大な利用可能な敷地につながっていて、将来はサッカー場の増設も視野に入っている
NPO法人北海道スポーツクラブ(会長・村井将一道サッカー協会会長)がサッカーワールドカップ日韓大会剰余金3億2千万円を日本サッカー協会から受け、それにHFCが5300万円、その他、道サッカー協会、札幌市などが出資し、事業費5億1千万円で建設したものだ。
昨秋に安全祈願祭が行われ、このほど引き渡しを受けたものだが、今秋の完全稼動が今から待ち遠しい。雪が解けたら、ユースは人工芝で屋外練習を開始する。宮の沢のトップチームの練習同様、見に来てほしい。
周辺の緑化も計画されている。HFCは率先して周辺の植樹に協力し、「コンサの森」作りを進めたいと考えている。
2006年01月22日
1月21日、大滝村(3月初めからは伊達市大滝区)でコンサ2006決起集会
開かれた。昨日歩き始めたばかりの1歳1ヶ月のお嬢ちゃんら200人の
サポーターが結集した
温泉につかり、一緒に食事を取り、スタジアムとは違った雰囲気の中で、一体感がより強くなったように思えた。家族連れの人が多く、来年は私もと。
午後8時からの決起集会ではサッポロビールさんからクラッシク飲み放題
の提供があったほか、主要スポンサーから素晴らしいプレゼントをいただいた。それを賞品に、楽しいビンゴゲームで、ジャンケンも加わって歓声と拍手で盛り上がった。

レプリカ姿や浴衣に手ぬぐいを首に巻いた元気サポーター、とてもアットホームな感じ。一言挨拶も皆さん「JI昇格」。外は零下15度を超えていたが、会場は熱気でいっぱい。
この夜の人気は石屋製菓さんが提供してくれた一本もの5500グラムのバウムクーヘン。石水ジュニアが切リ分け、パパが手渡してくれた。上にチョコレートがかかり参加者全員が味わった。写真で皆さんにおすそ分け。
私は、なんと芯までかじってしまった。はしたないことに。
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北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。
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