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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。
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2008年10月04日
毎回「今度こそ6億!」と思いながらtotoBIGを買っているたじです。そんな私の努力が実り、こんなニュースがありました。 長期借入金を完済 サッカーくじ この不景気の折、日本スポーツ界の中では比較的明るい話題といえましょう。totoはあくまでもスポーツ振興という公益のためのものですが、巡り巡ってJリーグ、コンサドーレにもその恩恵があるでしょう。totoの収益を直接Jリーグのクラブに還元してくれればいいのに・・・ totoの経営もBIG発売以降一気に改善したわけで、人間の欲のパワーってすごいなぁ
2008年10月03日
昨日は「代理人が悪い」というエントリーをしたけど、HFCはアルサードが悪いという見解のようで損害賠償請求、あるいはFIFAへの提訴を検討しているという。 札幌ダビ残留でアルサードに損害賠償請求 札幌がダビ移籍問題でFIFAに提訴検討 個人的には損害賠償請求は難しいのではないかと思っている。ダビのカタール行きを認めたのはHFCである。そもそもシーズン中にチームを離脱して移籍交渉をすることが契約上OKなのかどうか。選手にとっては練習参加も試合出場も義務である。そして移籍交渉が義務を放棄する正当事由になるはずがないと思う。要はHFCはアルサードに対して「どうしてもダビがほしいというのなら契約交渉するために札幌まで来い」と言えば良かったのではないかということ。だから感覚的にはアルサードに対して損害賠償請求することには私は違和感を感じるのである。まぁ、損害賠償請求自体はダメ元でもすればいいとは思うけど、FIFAへの提訴は慎重に検討すべき事だと思う。 三上強化部長は「FIFAに提訴するだけでもお金のかかる話。それがルール違反で勝算があるならば、弁護士と相談してしっかり対応したい」と話す。 HFCには勝算がないのに無理に提訴することのないようにお願いしたい。 ところで、この記事で初めて知ったことがある。 札幌は03年に練習を欠席、緊急帰国して退団したブラジル人MFベットに対し、FIFAに提訴。結論が出るまで約2年かかったが、賠償金受け取りに成功した前例がある。 こんなことがあったなんて知らなかった。 今回のダビの件、HFCにとっては契約トラブルの経験値を上げたという意味でプラスと捉えて、今後の選手獲得に生かしてほしいと思う。
2008年10月02日
ダビの件。 結論が出てから書こうと思っていたわけだが、結局移籍交渉不成立で元の鞘に戻るという意外な結論となった。多くのサポは移籍は確定的なものと思っていたし、移籍金推定で3億以上との報道もなされていたわけで、今回のことはサポーターの反応も微妙である。単純に「ダビお帰り」と歓迎する人ばかりではないことは確かだ。 チーム内の雰囲気はどうなんだろう。一体感を持って最後まで残留を目指して戦いきらなければならないこの時期、契約問題でチームを離脱したことでチーム内に微妙な軋轢が生じていないだろうか。実際、前節はダビ抜きの試合を強いられることになったわけだし、今回の騒動は結果としてオイルマネーの中東クラブに振り回されただけでただただ損をしただけである。 今回の件、ダビにしてもよりよい条件のオファーがあればそれを検討するのは当然の権利だし、HFCにしても、設定した移籍金以上払うという話であれば、移籍交渉を認めないわけにもいかない。カタールのアルサードにしても、金持ちの横暴のようではあるが、金で選手を集めるのはサッカークラブの常道である。じゃ、今回の件は誰も悪くないのかと、運悪くオイルマネーに振り回されたと諦めるのはシャクに障る。やはり誰かを悪者にしないと気が済まない。悪いヤツは誰だ・・・そうだ、ダビの代理人が悪いんだ! そもそも本人が直接交渉しなければならないのなら、なんのための代理人なのか。条件、段取りを決めて後は本人がサインするだけ、というところまでお膳立てするのが代理人の仕事なのではないか。アルサード内部の意見が一本化していないのなら、そこまでリサーチするのが代理人の仕事である。本人が直接出向いたのに契約不成立なんてのは代理人の失態だろうと思う。本当はダビの代理人がどういう人物か全然知らないし、本当のところはよくわからないのだが、それでも「代理人が悪い」とでも言わないと気持の収まりがつかないというのが正直な気持ちである。 ダビ、頑張れ!
2008年10月01日
今日は清原和博のラストゲーム。 長きにわたって日本プロ野球の象徴的存在として君臨してきた清原だが、いよいよもってその幕を閉じるときがきた。 桑田・清原のKKコンビ擁する当時のPL学園は今でも高校野球史上最強と言われ、社会現象となっていた。巨人ファンを広言し、巨人入りを熱望していた清原だが、その巨人は盟友桑田を指名、清原は抽選の結果西武が指名することになった。 当時私は西武ファンだったので、清原の入団には本当に心が躍ったものだ。実際1年目から31本塁打の高卒新人記録を樹立、王貞治の記録の抜くのは清原しかいないと本気で思っていた。しかし、今となっては清原の成績・記録というのはそれほど傑出したものではない。主要タイトルとも縁がなかった。しかし、それなのに、清原は23年間日本プロ野球の象徴、看板であった。その存在感は他の追随を許さない圧倒的なものがあった。 こういう星を持っているひとというのは本当にいるものである。私が日本プロ野球に興味を持ち始めたのは1975年、巨人の長嶋監督の1年目であった。つまり私は長嶋茂雄の現役時代を知らない。しかし、世の中では長嶋茂雄が日本プロ野球史上最高のレジェンドとされていることは知っていた。それがとにかく不思議でしょうがなかった。世界の王貞治の方が断然凄いのに・・・と。でも、今ならその理由がわかる。長嶋茂雄は清原和博をグレードアップしたような存在だったんだと。 このオフはきっとPL学園卒業以来初めて桑田とゆっくりと旧交を温めることができるのだろうと思うし、二人セットでのテレビ出演なんかも増えるかもしれない。とりあえず今日の試合が終わったら満身創痍の身体をゆっくり休めてほしい。そしてまた日本のプロ野球のために輝ける存在でいてほしいと思う。私は清原は結構監督向きで、きっと良い監督になれると思っているので、いずれは監督としても活躍してほしいと願っている。 お疲れ様でした。
2008年09月30日
千苫市では商工会が中心となってJリーグチームを千苫市に誘致しようという運動が行われた。一応、コンサドーレにも移転の意思があるかどうか打診したという。千苫市に移転すれば、遷都をきっかけに千苫市に本社移転した有力企業が大型スポンサーになる用意があるという。コンサドーレが生き残るにはもうそれしか方法がないという人もいたが、HFC社長は一喝、「コンサドーレは札幌から移転しません」と宣言した。 遷都は東京圏の経済にも大きな影響を与えた。東京を本拠に置き、2024年にJリーグ加盟したサッカークラブのSC東京(J2)は遷都の影響で大型スポンサーが撤退、存続の危機にあった。千苫市ではこのSC東京に目を付けた。 結局、SC東京を千苫市に移転させ、苫小牧に工場を持つ大手自動車メーカーのトヨサン自動車が本社を千苫市に移転して大型スポンサーになり、FC千苫というクラブとする事となった。2035年のリーグ戦から参加、リーグはJ2に据え置きでの出発となる。、このときコンサドーレはJ3だったため、初年度はまだ北海道ダービーは実現しなかった。 それにしても、さすがは世界のトヨサン自動車。FC千苫は次々に大型補強を敢行、1年でJ1昇格を果たしてしまった。このFC千苫ができたことはコンサドーレにとっても大きな状況変化だった。ディビジョンが違うということもあり、FC千苫とコンサドーレは頻繁に練習試合を行うようになった。これまで慢性的に練習試合の相手に困っていただけに、有意義な変化だと言える。両チームのサポ、特にコンササポは練習試合から「ダービーマッチ」として意気込んでいた。公式戦ではお目にかかれないようなアブナイ横断幕を掲げたりと、一部のサッカーファンはこの練習試合を「新・北海道名物」と呼んだりもした。いつかコンサドーレもJ1に復帰して、J1の舞台でFC千苫と本当のダービーマッチをやりたい。コンササポはみなそう願っていた。 2043年、とうとうJリーグのスケジュールからウインターブレイクが消えた。真冬も休みなくリーグ戦は続けられることになった。札幌はこの年、気象観測以来初めて根雪がなくなってしまった。根雪とは連続30日以上の長期積雪を言うのだが、積雪が30日間もたないのである。12月下旬から積もっては溶けを繰り返し、結局ついに根雪にならずじまいで冬を終えてしまった。こうなるともうコンサドーレも北国のハンディなどないに等しい。千苫市が新首都になって以来、隣接の大消費地札幌にも企業進出が盛んになった。雪国のハンディがなくなり、J1チームとの練習試合も盛んに行い、チームの成績は徐々に上向き、この年コンサドーレはJ2の4位。もう少しでJ1昇格というところまできた。チームが上向くことで新しい大口スポンサーの話も聞こえ始めた。長く暗黒の時代にあったコンサドーレにようやく明るい善循環の流れがやってきたのであった。 (続く)
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