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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。

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清原和博

2008年10月01日

今日は清原和博のラストゲーム。
長きにわたって日本プロ野球の象徴的存在として君臨してきた清原だが、いよいよもってその幕を閉じるときがきた。

桑田・清原のKKコンビ擁する当時のPL学園は今でも高校野球史上最強と言われ、社会現象となっていた。巨人ファンを広言し、巨人入りを熱望していた清原だが、その巨人は盟友桑田を指名、清原は抽選の結果西武が指名することになった。
当時私は西武ファンだったので、清原の入団には本当に心が躍ったものだ。実際1年目から31本塁打の高卒新人記録を樹立、王貞治の記録の抜くのは清原しかいないと本気で思っていた。しかし、今となっては清原の成績・記録というのはそれほど傑出したものではない。主要タイトルとも縁がなかった。しかし、それなのに、清原は23年間日本プロ野球の象徴、看板であった。その存在感は他の追随を許さない圧倒的なものがあった。

こういう星を持っているひとというのは本当にいるものである。私が日本プロ野球に興味を持ち始めたのは1975年、巨人の長嶋監督の1年目であった。つまり私は長嶋茂雄の現役時代を知らない。しかし、世の中では長嶋茂雄が日本プロ野球史上最高のレジェンドとされていることは知っていた。それがとにかく不思議でしょうがなかった。世界の王貞治の方が断然凄いのに・・・と。でも、今ならその理由がわかる。長嶋茂雄は清原和博をグレードアップしたような存在だったんだと。

このオフはきっとPL学園卒業以来初めて桑田とゆっくりと旧交を温めることができるのだろうと思うし、二人セットでのテレビ出演なんかも増えるかもしれない。とりあえず今日の試合が終わったら満身創痍の身体をゆっくり休めてほしい。そしてまた日本のプロ野球のために輝ける存在でいてほしいと思う。私は清原は結構監督向きで、きっと良い監督になれると思っているので、いずれは監督としても活躍してほしいと願っている。

お疲れ様でした。


post by たじ

13:41

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