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東京の西、山の近くでコンサを応援している主婦「A小」。学生時代に旅行で北海道を訪れ、すっかり魅了される。初めてサッカーを見たのは、94年・W杯アメリカ大会。九州旅行の帰りのフェリーの衛星放送だった。その後コンサ誕生を知り、旅行がてら各地に試合を見に行き始め…。当初はサッカーに興味のない夫を置いて一人で出かけていたが、彼は2007年にわかに「各地のウマイもの」に目覚め、その飽くなき食欲と舌を満足させるべく、妻にくっついて遠征を始める(ただし留守番の猫が心配なので宿泊ナシの日帰り)。個人的にFC東京にはいろんな意味で負けたくない。

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大人の遠足その3 (第1節 vs京都・西京極)

2007年04月03日

ラーメンのこと書いてたらお腹が減っちゃって。遅い昼食取りました。


さて。
とりあえず壬生寺を目指して歩き始めた一行。
寝不足に遠足、しかも風呂上りときちゃ足の運びも遅くなる。
途中赤黒い小集団2つほどとすれ違い、知らないサポさんだったけどお互い身元がわかりますから「おつかれさま~」などと挨拶を交わし、いくつもの辻を左に折れ、右に折れしてようやく着いた壬生寺。
新撰組のコーナーは有料(100円)だった。

ちなみに私は中学~高校時代に数回、友人とここへ来たことがある。
新撰組ファンだったから。
そのころに比べてまぁなんてりっぱに…しみじみ。
そんな思い出がなかったら100円ケチったと思うけど(^^;(おい)

さてここから隊は二手に分かれて別行動をとる(新撰組風)。
引き続き徒歩にて西京極へ向かう組、新撰組ゆかりの地をさらに訪ねる組とに分かれた。
私は偽先生とゆかりの地を訪ねることに(というか、もう歩くのがしんどかったので四条大宮から電車に乗ろう、その途中ちょっとお寺にお参りしたいんだけど、という按配)。
光縁寺というお寺に寄る。新撰組を立ち上げた多摩・試衛館道場時代からの同志だった山南敬助をはじめ、隊士が実際に葬られたお寺。
(ちなみに壬生寺には墓石はあるものの葬られているわけではない。隊に死亡者が出ると埋葬されたのはこの光縁寺)
ここも有料になっていた(100円)。大河ドラマの影響かねえ…

住職さんが大変嘆いておられた。
ブームになっていろんな人が来るようになり、閲覧自由にしていた関連資料などを黙って持ち去る人もいたそうだ。
中にはびっくり、墓石を削ってかけらを持って行く人がいたそうだ。
あまりにひどいので有料にして自由には入れないようにしたとのこと。
いや~変わったもんだ。
私の中学・高校時代は、一言声はかけるものの自由にお参りさせてもらえたし、資料や書籍(新撰組関連の小説など)も読ませてもらえたのに。

お参りしてたら雨が降ってきた。
雨宿りも兼ねて、近所のお肉屋さんで揚げ物を買う。
偽先生の提案で、スタジアムでみんなと食べようという趣向。
揚げ物ができあがるころ雨も上がり、駅まで揚げたてコロッケをほおばりつつ移動。
大きい通りから1本入った路地だと、いい大人でもそんなことできそうな古びた町並み。
昔に比べてだいぶマンションも増えたけど、やっぱり京都ってかんじがする。

スタジアムに着くとすでにアウェー側入り口に大勢の赤黒い集団が、今季の開幕をいまや遅しと待っていた。
その試合は…

昨シーズンに比べてあまりにもギクシャクした前半と、メンバーを交代して昨シーズンのようにはつらつと攻め立てた後半。
あのときの気持ちをまとめることは難しいけど、明らかに違うシーズンが始まったのだという落胆…といっていいのかわからないけど…誘われるまま飲み会に。
サッポロビールを飲めて本当によかった。あんな気持ちを癒してくれるのは、いつもと変わらぬサッポロビールだけ。

帰りの列車の時間がせまってきたので中座する「ながら」組。
大垣駅までもうろうとしつつ移動し、席に落ち着くや途中で買ったヱビスも開けずにぐっすり。
終着駅の東京は、まだ暗かった。

多摩の我が家へ戻る間、サテライトへ行こうか行くまいか悩みつづけた。
せっかく今日一日使える18きっぷがあるのに、その日鹿島アントラーズクラブハウスで行われるサテライトリーグを見に行かないなんて。
でもこれで二晩、布団で寝てないよ?大丈夫なの?>私

結論。
「電車で座れりゃそこで寝られる。寝てる間にカシマに行けるんだから行ってみるべ」
自宅滞在2時間で再びJRに揺られていたのでした。


20070403-03.jpg
新撰組が屯所にしていた前川邸。以前はずっと非公開だったが、中庭に記念撮影用のボード(顔だけ出すやつ、あれね)までできててびっくりした。
見づらいけど、邸内案内図。池田屋事変のきっかけになる古高俊太郎が拷問された部屋とか、隊士の誰それが切腹した部屋だとか、そんなのが書き込まれていてなかなか怖かった(そんなんで新撰組ファンといえるのか?>私)。



post by A小さん

17:20

赤黒道中日記 コメント(0)

大人の遠足その2 (第1節 vs京都・西京極)

2007年04月03日

というわけで続き。

京都タワーの大浴場。お風呂は回数券を皆で分けて一人600円。タオルも借りられるし昔の銭湯っぽくて私好み。基礎化粧品一式を忘れちゃったんだけど(それでも女か^^;)、備え付けのがあって助かった。資生堂のずーっと昔からあるやつ。何もかも昔のままという感じが旅心をくすぐる。入浴中のおばあさんまでもが素敵な小道具みたいと言ったら失礼になるのかな…
でも風呂上りのビールはサッポロじゃなくて残念。

一同休憩室でくつろいでいたら、なんとそこにまたも院長が!
ラーメン食べてひとっ風呂浴びてさっぱりしたようす。
しかしこちらはおなかがすいてきた。
…今行ってきたラーメン屋さんに案内させてしまいました(^^;

『新福菜館』
お店の写真をとってくるの忘れたんですが、今検索したら京都で一番古いラーメン屋さんのひとつ。
しかも横浜ラーメン博物館に出店するほどの有名店だったそうで。
でも店構えや店内は驚くほど昔のまんま風なつくりだった…おしゃれな店をイメージしていくとびっくりかも。
で、食べたのがこれ↓

20070403-01.jpg
中華そば(並)、だったっけな。こぶりなどんぶり。
まったく前知識がなかったので、『あかさたな』風のラーメンを想像してた私はびっくり仰天。京都らしからぬ濃そうなスープの色!
でも食べてみると意外とあっさりしてて、二度びっくり。

20070403-02.jpg
スープに名残を惜しみつつ…チャーシューもおいしかった。チャーシュー、得手不得手の激しい私ですが、ぺろり。

さて腹ごしらえもすみ、時間はたっぷりある。
Y.Yさんは西京極まで歩く準備万端だったので、それにくっついて新撰組ゆかりの壬生寺など訪れてみようということで、歩き始めた…腹ごなしに。それは遠い道のりであった。
(つづく)



post by A小さん

14:48

赤黒道中日記 コメント(9)

大人の遠足その1 (第1節 vs京都・西京極) 

2007年04月03日

時間はたってしまったけど、遠征記録として書いておきたく。


2007年開幕戦は、やっぱりアウェー。もう慣れっこ。京都は比較的近所なので、行きようがいくらでも。
そのためいつまでも行き方を決めずにいたら、なんですか、今年の青春18きっぷ、JR発足20周年記念価格とかで1枚あたり1600円。
これは買いでしょう。
いつもだと5枚つづりの全部を使い切るか自信がなくて買わないでいたけど、1枚あたりがそのくらいなら使い切れずに残っても都心に行くのに使えるし(西多摩住まいはさびしいのぅ)、それにご近所のこちらのかたに一緒にどぉ?と声をかけたら二つ返事でOKもらえたので、使い切れそう(^^)v

さて青春18きっぷで関西へ移動となると、夜のうちに無駄なく移動するため往復とも「ムーンライトながら」に乗るのが定番だけど、乗るのに絶対必要な指定席券は往路が売り切れ。準備が遅かったからなぁ。
でも、今季は夕方16時キックオフという試合も増えて、さっそく京都戦はそんな時間だったので、試合当日始発で移動しようと手はずを整えた。

そしたら応援仲間のこちらのかたに「行きの『ながら』、セミコンパートメント席が取れているのでご一緒にいかが?」というものすごく魅力的なお誘いをいただいた。
うひょ~一度使乗ってみたかった「ながら」のセミコンパートメント席!
しかも4人全員コンササポ!!
…なにやら危険な香りが…

20070403-00.jpg
というわけでこういうことになりました。
(注:「ご予約席」はJRでは用意してくれないので念のため。偽先生の小粋な計らい)
写ってないけど飲み物は赤ワインが2本、サッポロビールが全部で6本。
東京駅でそろって4名乗り込むいなやワインをポン!缶ビールをプシュ!隣りのコンパートメント席から冷ややかな視線を若干感じつつ、前夜祭開始!(^0^)

列車は横浜に到着。今回残念ながら不参加のこちらのかたと、ブツの受け渡しのため横浜駅ホームで待ち合わせ。停車時間1分の間にうまく会えるのかどうか!?
はらはらしましたが、無事会えました。あわただしくブツを渡し終わると、「これ食べてください」。
なんとほかほかのピザでした。
思わぬ差し入れに「わー出前だ出前だ」と、どっと沸くセミコンパートメント席。
隣りの皆さん、ゴメンナサイ…(^^;
ついんずぱぱさん、どうもありがとう!

横浜駅を出発してしばらくすると
「A小さん、こんにちは」と声をかけられた。振り返るとなんとこのかたがニコニコと。
「わ~お帰り~引越しお疲れ様!でもなんで私がここにいるのがわかったの??」
と驚いていると「横浜駅に列車が入ってきたとき、チラッと見えたので」との答え。
へ~世間は狭いねぇ。赤黒い糸で結ばれているんだね。
というわけでみんなでおいしく楽しく飲みました。
隣りの皆さん、ゴメn(以下略)

飲み尽くし食べ尽くし、いつのまにかうとうとし、うとうとしたと思ったらお尻が痛くて目を覚まし、を繰り返したら終点・大垣駅。
5分乗り換えでダッシュする元気はもはやなく、「別に急ぐ旅じゃないし」とかいって強がって見せる一行。この時点で人数は二人増え、朝食を買い出したりトイレ休憩したり煙草休憩をして次の電車を待つ。
米原で新快速に乗り、京都に着いたのは朝9時過ぎでした。

世間様は活動を始める時間、駅前は観光客や地元の人でにぎわい始めていた。しかし若干よれよれと一行は京都駅前に立ち、口々に「なんか空港みたいな駅だねえ」「古都って感じしないね」と口さがない感想を述べ合ってきょろきょろ。
と、そこへ。赤黒い長いものを肩にかけた見慣れたこちらのかたとひょっこりでくわしました!!
…こんなに広い京都駅前で、こんなに人がいるのに、どうして会ってしまうんだろう…赤黒い糸で結ばれているのか…orz

院長はラーメンを(朝から^^;)食べに行き、私たちは駅前・京都タワーの地下にある銭湯へ。


長くなったのでいったん切ります。



post by A小さん

14:01

赤黒道中日記 コメント(0)

今更「サポ集会」の思い出(長文)

2007年02月18日

遠征第0弾「サポ集会初参加」です。

今回は珍しく亭主と一緒の出発。
川崎回りで早めに羽田に行き、ラウンジでサンドイッチの朝食後、搭乗。
乗り込んでみると客室乗務員さんが目の前に。非常口席でした。
クラスJのエリアのほうに普通席の空きがあったので移動しても良いか聞くと
「離陸してからでよろしいでしょうか…」と言われた。
一応クラスJなんだね。飲み物サービスの時カーテンで仕切られたし。
でもまぁ落ち着いちゃったし、客室乗務員さんの仕事ぶりを見ることができるので、移動しませんでした。

到着後、すぐにエアポートで移動。うれしいことに旭川行き。特急仕様のシート。
連休のためか車内は混みあっており、一番端の車両で通路挟んで並びの席をゲット。キオスクで買った缶クラシックで北海道上陸を祝って乾杯。

札幌駅で降り、地下鉄で大通りへ。まっすぐ雪祭り会場の特設コンサショップに急ぐ。ニットマフラー(特価500円)を無事ゲット。
雪像見物をしたそうな亭主を急かし、丸井今井のCスペースへ向かう。
ファンクラブポイント('06分)の交換のため。
私のポイント数ではコートがもらえるようだったが、品切れ。
追加で作製中とのことだが、「旧正月なのでいつ出来上がってくるか不明」という説明。
一瞬意味がわからなかったが、中国製ということで合点がいく。
でき次第送ってもらうことに。いつになるかは不明なれど。

私を待つ間『どうでしょう』コーナーを物色していた亭主がうれしそう。
「切手とハガキ・便せんセット」を発見した模様。
時計台前で困ったような笑顔の大泉洋が楽しい。
荷物になりそうな大きさなので、次回(!)のお土産にすることにして今回は見送ることに。

そう、今回は。
亭主は連泊して小樽・余市見物、私は日帰りでサポ集会。

小腹も空いたので雪祭り会場に戻り、出店で腹ごしらえすることに。
羅臼の海産物焼きは時間がかかり、量が少なかった。
ドイツのソーセージは量値段ともに満足だったが、すぐそばで売っているビールがサッポロじゃなかった。
それでとなりの区域のサッポロビール会場へ移動、でも歩いているうちにソーセージが冷めてしまった。
クラシックの生を買い、ソーセージを食べ終わると亭主は幌加内蕎麦を食べたそうだった。
しかし暖かいメニューの出店は、どこも行列ができていた。
サポ集会に急ぎたい私は大通駅で亭主と別れ、地下鉄に乗って東札幌へ向かった。

前置きが長いね(^^; すみません。

東札幌駅からは込み入った道でもないのに間違えて「市民情報センター」に行ってしまった。
職員の人に寒い屋外にまで出てもらって「あの建物です」と教えてもらい、到着した時には、もう会場の席はほとんど埋まり、HFCの人が事前質問に答え始めているときだった。

一番後ろの席で、いただいたプログラムを見ながらお話を聞く。
30分ほど遅れて進行しているようだった。

一番聞きたかった話はヤンツーさんの退任のことだったが、3分少々で終わってしまった。
事前質問の内容はけっこう厳しいものだったが、社長さんのおっしゃるには
「解任ではない。任期が切れる際の、監督の意思を尊重した」ということだった。

初参加とはいえ、例年、有志の方が詳細をMLで送って下さるので、だいたいどんなふうかイメージはあったけど、思っていたよりこぢんまりしていた。
そして思っていたよりストレートで、思っていたより双方の心理的距離が近かった。うまく説明できないけど。
ゴール裏で応援するのとはまた違った「一体感」があった。
なんていうんだろう…「家族会議」みたいなかんじ。
厳しい質問もあるけど、それはコンサのため。
それについてのHFCの答えもまた、コンサのため。
私の持ってたイメージは、いうなれば「労使交渉」みたいな対立した感じだったんだと思うけど、
実際はぜんぜんそうじゃなかった。

なぜかホッとした。

そうそう、興味深かった話題は「天皇杯準決勝の2失点目」についての質問と答え。
質問は、あの失点はオフサイドだと思われるが、クラブとして抗議をしたのか?というものだった。
それに答えた三上強化部長の話。
以前から、判定についての疑問は(リーグ戦の間も)ちゃんとクラブとして抗議していて、その際、問題の場面を独自にビデオ編集して、文書に添えて審判協会に提出しているそうだ。
協会からは「判定は覆りませんが」という前置きがあって、返事をもらっていて、だいたい8割、こちらの言い分を認めてもらっているそうだ(ここでサポから「おお~!?」というどよめきがあったのが面白かった^^;)。
で、くだんの場面については「非常に難しい判定でしたね」というようなものだったそうで…(^^;

その他、サポからのお知らせがいくつかあって、ホーム開幕戦に向けてのチラシ配りの日にちを前にずらすこととか、ドームの壁を赤黒の垂れ幕で覆うプロジェクトとか、お知り合いのサポさんが音頭取ってらっしゃるようなのでアウェー住まいの私も何かできないかと思ったけど、何が出来るだろう…

そのあと休憩をはさんで平川さんの講演があったけど、休憩中に久しぶりにサポ友達にバッタリ会って、ロビーでおしゃべりしてしまったので聞かなかった…平川さんごめんなさい。

飛行機の関係で閉会前に千歳へ移動。最後までいられなかったけど、会場の雰囲気を直接感じたかったのが目的だったから、満足。
サポ友達のオススメに従って地下鉄で大谷地へ出て、そこから空港行きのバスに乗ったので、座れてゆったり移動できた(乗客は私一人だけだった)。
クラスJに変更してもらったので羽田ではすぐに降りることができ、ダッシュで帰宅して猫の世話(そのために私は日帰り)。
一方小樽に移動した亭主は、ホテルにチェックイン後、おいしいもの屋めぐりを試みたが、連休のためかどこも混んでいて入れず、翌日にしたそうだ(「なると」という鳥屋さんに行きたかったらしい)。
そんなに鳥の焼いたのが食べたかったら徳島に行こうよ♪ と誘っておいた。
鳥屋さんなら厚別の近くにもあるしネ d(^^)


post by A小さん

16:22

赤黒道中日記 コメント(4)

2006年11月23日

今年最初に見た雪
粉砂糖をふりかけたみたい