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"Shout-A"とは1999年から(たぶん)活動しているOSCの名称です。 2005年から会長が私に替わりましたが、登録を忘れ現在に至っています。 2006年からはあらためて登録する予定です。 名前の由来は当時あった席種A席から声を限りに叫ぶ(Shout)するという 決意からの命名でした。現在は寄る年波なのか、若き選手のがんばる姿を 観ながら、涙をためて応援しています。

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せがれはサッカーを続けています

2009年09月04日

気が付くと1年以上も更新していませんでした。

せがれはまだサッカーを続けています。

それどころか、だんだん熱を帯びてきているようです。

今年の夏休みは、あちこちに遠征して試合をこなしました

その中で、父も多分本人も当然の事ながら母も嬉しかった

出来事があります。

8/15,8/16に倶知安で 『コンサドーレ社長杯』 と言う大会があり

せがれのチームも参戦しました。

チームは予選リーグで敗退しあまり良いところがなかったのですが・・・

せがれが、 『ベストディフェンダー賞』に選ばれたのです。

まだまだ、小4。本人とっても好みのポジションでは無い・・・と思う

中での選出ではありますが、それでも大勢の中から1人選出されるのは

気持ちの良い事だったでしょう。

父はと言うと、『コンサドーレ』と名の付く大会で、せがれが名前を

呼ばれただけで、感慨深いものがありました。

母はと言うと、副賞のキャップが引退した『鈴木智基』選手に手渡された

事に感激しておりました。

夏も終わり(?)せがれは今日もピッチで走り回っております。


せがれのスランプ

2008年07月18日

  ずいぶん更新していませんでした。

 先日の話、

 私「せがれもサッカーうまくならないし、塾でも通わせて東大一直線だな」

 妻「何言ってるのよ、ちょっとしたスランプよ」

 私「そーかー。何時からスランプ」

 妻「・・・・」

 私「何時調子よかった?」

 妻「一年生(小学)の時」

 私「ずいぶん長いスランプだな。もう2年にもなるぞ」

 妻「・・・・」

 妻「塾は5年生からで良いんじゃない」

 私「(やっぱりスランプじゃなかったんだ)」

  サッカーのうまくならないせがれですが

  立派なことに、毎朝(雨の時は中止)1.5km程

  ランニングしています。3年生の子供には本当に

  きついことでしょう。それでも、時々泣き言、言いながらも

  毎朝、走っています。

  父は心の中で思います。

  せがれの長ーいスランプが終わることを


せがれとせがれの父との約束

2007年08月30日

うちのせがれはそんなに泣き虫ではない(甘えっ子ではあるが・・)

それでも、どっかぶつけたとか、友達と喧嘩したとか

転んですりむいたとかで時としてベソをかく

その場面を父が見ていると、

「何で泣くのよ」(父)

「痛いから」(せがれ)

「泣けば痛みが無くなるのかぁ」(父)

「うぅん・・ベソベソ」(せがれ)

「男が泣いて良いのはどんなときだっけ」(父)

「親が死んだときと、コンサドーレが負けたときです」(せがれ)

(ちなみに去年までは、コンサドーレが勝ったときでした・・・)

「そうだべ、それが約束だよな」(父)

小学2年生にはすこし酷な話だとは思いますが

それでも、がんばって涙を止める努力をします。

そして

もう一つ泣いても良い時が増えました。それは

「コンサドーレの昇格が決まったとき」


せがれとせがれの夢

2007年08月21日

今、我々のチームはサッカーとは別のところで

危機に瀕しています。

サッカーチームは、サッカーが強いだけでは

維持することは出来ません。

そんなことは、百も承知です。


せがれの夢はプロサッカー選手になって

コンサドーレ札幌の選手になることです。

まだ、八歳のせがれは、今コンサドーレがどうなっているか

知りません。否、知っています

「コンサドーレって強いよね」(せがれ)

「日曜日負けたべや」(父)

「だけど首位でしょ。プン」(せがれ)

そう、今彼は初めて強いコンサドーレを知ったのです。


今、北海道でサッカーをやっている子供達の何人が

コンサドーレに入りたいと思っていることでしょう

子供達の大きな夢を、簡単に壊してはいけない。

サッカーがサッカーとして我が地に

未来永劫有り続けること

これが、少なくとも、サッカー少年を持つ親

そして、コンサドーレサポーターの願いであり

そうするために、微力を集結するのが

つとめだと思います。

まずは、9/15 4万人で叫びましょう。


せがれとおばさんのサッカー観戦

2007年06月06日

先月の24日か25日だったと思う。

せがれが突然、おばさんに電話しなきゃと言う。

私の妹が、妹婿の仕事の関係でこの春、福岡に引っ越しした。

「何で電話するの」と父

「早く電話しないと、前売り券買えなくなるしょ」とせがれ

(そうか、アウェーの福岡戦か・・・)

「したら、電話すればいいべや」と父

「○○おばちゃん、今度の日曜ちゃんと応援してね。前売り券の方が

当日券より安いんだよ」とせがれ

「うん、分かったよ」(聞こえてはいないけどこんな感じの返事)

私の妹はコンサが出来る何年も前に、内地に嫁ぎ

サッカーのサの字も知らず、子供と旦那の世話で忙しく

且つ、知らない土地に引っ越したばっかり。

大人の私たちは観戦に行くとは思えない。

当然のように・・・

後日の電話

「応援に行った?」とせがれ

「・・・・・」妹

「ふーんそうなんだ、今度は行ってね」せがれ

「なしたって」父

「うーん、今回は○○おばちゃん、金欠で応援行けなかったって。

でも、今度は行ってくれるって」せがれ

後日電話で

「おにいちゃん、○○(せがれ)になんて言って良いか困ったよ」妹

「なんも、適当な事言っておけば良い」父


週末は鳥栖戦、せがれはまたおばちゃんに電話をするのでしょうか、

また、おばちゃんはなんと言い訳をするのでしょうか、

私は、興味深く見守り

出来ることならば、かの地で妹家族が

私たちのチームを応援することを願ってます。

せがれよ GJ


せがれのサッカークラブ

2007年03月20日

 明日は、ホーム湘南戦。

湘南も今年は良い補強をして、調子が良いようです。

当方もそれなりの調子で、好試合が期待できるかな。

 さて、その明日(3/21)せがれのサッカークラブでは

この3月で引退する先輩達の追い出し会です。

引退するのは、中学3年生、せがれは小学1年生・・・・

接点はほとんどありませんが、年に1度父兄も一緒に

サッカー遊びが出来るようです。せがれも私も喜んでいます。

 ドーム4時キックオフ、何とか間に合うように楽しんで来ます。

ドームでも楽しませて下さい。


せがれとファミリーJoinデイズ

2006年05月02日

 せがれの一番好きなグランドは、『厚別公園競技場』

大人の私たちコンササポは『厚別』には言いしれない郷愁と

歴史が体のどこかに息づいていて、『厚別開幕』となると

体の中の血が逆流するような、そんな現象に悩ませられる。

 

6歳のせがれにとっては、『強いコンサドーレ』を知らず

もの心ついたら、札幌ドームがあり、初めて観戦したのも

多分、札幌ドームでしょう。

厚別では、暑さでぐったりし日陰で横にさせた事も、雨にずぶぬれになり

階段の下で雨宿りさせたこともあります。いつも風が強く、観戦に適した日

なんか一年に2~3回ぐらいでしょう。

 しかし

一番好きなグラウドは『厚別公園競技場』なのです。

彼にとって、初めて参加した『ファミリーJoinデイズ』での

3人制のサッカーがこの上もなく楽しいものだったのです。

現在、サッカーチームに入ってサッカーを楽しんでいるのも

もしかしたら、その時の経験のせいかもしれません。

まあ、その後『厚別』では毎回サッカーが出来ると勘違いし

私を困らせたのはご愛敬だが・・・

 さて

『厚別開幕戦』親にとっては大一番『負けられない戦い』

『ファミリーJoinデイズ』せがれにとっては

一年で一番楽しいサッカー観戦。


せがれとサッカークラブOB

2006年04月13日

 私の30年来の友人の息子が、東北の強豪高校に特待で入学した。
私の街では、街で一番か二番にうまい選手しか行けない様な高校です。

 その子が、実はせがれのクラブの先輩でした。30年来の友人ですから
普段のつきあいも程々にあり、ましてや私をコンササポにした張本人
でもあります。友人のせがれがサッカーをやっていることも10年も前から
知っており、クラブチームに所属していることも知っていました。

 なのに・・・。ある日、せがれのサッカーの練習を見学していると
後ろの方で『こんにちは』の声、『おぅ』と答え、心の中ではこのクラブの
子はみんな挨拶できて偉いなーなんて思って、そのまま練習を見ていました。

後日、友人から『おい、家の○○が、○○おじにしかとされたっていってぞ』
私『何処でよ』
友人『サッカークラブでよ』
私『お前んとこせがれと同じチームだっけ?』
友人『おーそうだ』
私『・・・・』

 4/5に出発し親元を離れてサッカーをしに行く。子供を持つ私は
感じます。『うれしいやら寂しいやら』

 私はしかとしたお詫びに『ケガするなよ』といって、パンツ3枚を渡しました。

 もちろん、『しかと』の仕返しに『グー』で殴られるのを
恐れた為です。^^


せがれとレッドカード

2006年04月06日

ずいぶん前の話。

せがれが、「相手選手にパンチしたらだめだよね」

  父 「ああそうだね。相手とは真剣に戦うけど、それと同じくらい

          尊敬しなければならないんだよ。」

 せがれ「尊敬???ぼくはパンチしない」

 つい昨日の午後の話

 せがれ 「内緒にしてたことあるんだけど・・・・」

   父 「何よ・・・・」

 せがれ 「僕、1試合出場禁止になったんだ、レッドカードで・・・」

   父 「何したのよ」

 せがれ 「相手チームの選手に、足を引っかけてころばしたの・・・」

  練習マッチとはいえ、1試合出場禁止にした、コーチ  GJ

  しかしながら、サッカー選手、頭に血が上ってラフプレーする

    ぐらいじゃなきゃ成長しないぞ

    訓練と教育そして何よりも重要なのは闘志。

 (当然、父の胸の中のことば)

   父 「前に話したろ、相手選手を尊敬して闘うんだぞ」

  せがれ「はい。」

  時間はたって、昨日の夜の話。

 せがれは、札幌ドームのピッチ上、フッキ選手と手をつないで入場。

  私の席からを良く見えず、ビジョンでの姿も見逃しました。(残念)

  しばらくして、せがれとせがれの母が席に戻ってきました。

 父 「誰に頭グリグリされた?」

せがれ「相川と池内とフッキ」
   「フッキはね手をつなぐ前に、頭グリグリした。ちょっとコワかった」

 父 「そうか、じゃあ今日は、相川と池内とフッキが点取って 3-0の
        勝ちだな」

  結果は、相川選手、フッキ選手、鈴木選手の3点でホーム初勝利。

  多分、鈴木選手も こそっと せがれの頭をグリグリしてたのでしょう。

  なんと楽しい帰り道だったでしょう。


 そして、もっとうれしかったのは フッキ選手が相手選手を

「尊敬」して闘ってくれたことです。


 選手の方々に重ねて連絡します。
家のせがれの頭をグリグリすると点が取れます。


せがれとサッカーチーム

2006年03月31日

    新学期になります、せがれは4月からピカピカの一年生です。

 4月間近になると、せがれの所属するサッカーチームにも

 新しい子が入ってきます、現在体験入部中の子も何人か居ます。

 やっとせがれは、同学年の子とサッカー練習が出来そうです。

 先日までは、上級の子に混じって、せがれともう一人ぐらいの

 幼稚園児が練習して居ましたが、4月からは同じくらいの体格の

 子たちと練習出来て、せがれ的には楽しいことでしょう。

  しかし、親バカがひとり!!

 「おい、せがれ おまえは同級生には格の違いを思い知らせろ」

 「おい、せがれ 3年生ぐらいには負けるな」

 などと、それこそバカなことをほざいてる、父親が・・・・


  せがれが一年生。次節はフラッグキッズ決定

 (HFCのひと電話ありがとう)

 せがれが、フラッグキッズやった試合は負けたことがない!!

 但し、まだ1試合しかしてませんが。

  そうそう、選手の方々 せがれの頭をグリグリすれば点とれますよ

 去年の中山選手がそうでした。  丸刈りが目印です^^