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2006年02月27日

競技ができることの喜び、感謝

やっぱりまだオリンピックを引きずってしまいます。

冬季五輪は日本ではマイナーな種目が多い。しかも、用具などにお金がかかる競技が多い。競技をするためのハードルが高いのが実情だ。海外遠征にも相当額の自己負担をしなければならないという話もよく聞く。もちろん、その自己負担ができないために遠征を諦めたという話も。企業スポーツ自体が縮小傾向にある中、冬季の種目はとりわけ厳しい。

今回出場選手のコメントには「良い成績を残して(メダルを取って)恩返ししたかった」といったコメントが多く見られた。金銭的理由で競技の継続を断念する人が沢山いる中で、いろいろな人のバックアップで自分は競技を続けられる、オリンピックに出場できる。そして、そういったバックアップしてくれる人たちに対して最大の恩返しは、自分が良い成績を残すこと。彼らの気持ちを思うに胸が熱くなる。
競技ができることの喜び、感謝の気持ちがやはり原点だと思う。

さて、サッカーはどうか。世界で最も普及しているスポーツ。レベルや形態にこだわらなければだれでも競技をすることができる。それはもちろん素晴らしいことだが、ともすると競技ができる事への喜びや感謝が薄れてしまうかもしれない。それは見ている側にも言えることだ。コンサドーレは経営の危機を経験し、しかも未だその危機を脱したとはいいがたい。ゆえにサポーターは応援するチームがあることの喜び、感謝の気持ちは持ち続けていると思う。今年はチーム創設10年。コンサドーレの歴史はこれからも続くが、いつまでも原点である喜びと感謝は持ち続けていたいと思う。


posted by たじ |13:00 | コンサドーレ | コメント(3) |

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この記事に対するコメント一覧
Re:競技ができることの喜び、感謝

応援するチームがあるという幸せをいつまでもかみしめていたいです。
コンサドーレが存在することは当たり前のことではないのですよね。

posted by まじっく | 2006-02-27 21:18

Re:競技ができることの喜び、感謝

僕もまじっくさんと全く同じ意見です。
応援できるチームがあるということは素晴らしい事です。
だから「有り難い」んだと思うんですよ。その幸せを噛み締めていきます。

posted by ダイ| 2006-02-27 22:27

Re:競技ができることの喜び、感謝

>まじっくさん
コンサドーレが存在することは当たり前ではない、と思ったのが私が応援するようになったきっかけ、原点ですから、これからもその思いは大切にしていきたいです。

>ダイさん
応援できる対象があるということは幸せなことですよね。だからそれを守っていくことが大切なんだなと思います。

posted by たじ| 2006-02-28 12:40

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