プロフィール

【 Mr.CH 】 北海道札幌市出身。1985年(16歳)からサッカー部に入り、それから上手い下手は別として今までずっとプレーヤーとして楽しんでいる。ずっと転勤族でそこそこの市の社会人リーグで1部から5部を経験。47歳の今は、フットサルを個人的に楽しむ程度でチームには所属していない。 コンサドーレは2001年からファンクラブに加入。ホームの試合は、なるべく観に行きたいと思っているが、なかなかいけない。 2017年5月現在、帯広在中。自宅は札幌市、単身赴任中。

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ワールドカップと自分史(7)

2007年01月08日

【1990年イタリア大会】

 前回の優勝国アルゼンチンのマラドーナのことについては、すでに(6)でふれました。彼を徹底マーク、悪質ファールで封じるという作戦に対して、アルゼンチンが同点PKでもいいからガチガチに守るというサッカーに終始したことで面白くない試合が多かった。ブラジルとの対戦で負けていてくれれば、マラドーナがその後の悲劇に会うこともなかったのです。

 そのこともあるけど、大会全体を通して守備的なチームが多くて中盤はスペースのつぶしあいとなり、ゲームメーカーと呼ばれる選手の活躍の場はサイドもしくは前線に移りつつあった。そのなかで、ルーマニアのハジ、ユーゴスラビアのストイコビッチ、ベルギーのシーフォといったところは輝きを十分に魅せていました。南米のゲームメーカーはつぶされたスペースで厳しいマークに苦戦を強いられた印象です。

 それまでの常識を覆す活躍をしたアフリカのカメルーンはさわやかなチームではあったが、私は好きにはなれませんでした。チーム戦術よりも個人の能力に依存したチームはどうしても好感をもてません。

 プラティニという私の一番の憧れの選手が引退してしまったので、私が楽しみとして注目していたのはドイツとオランダでした。1988年のヨーロッパ選手権はその当時映像観ることができませんでしたが、よく読んでいたサッカーダイジェストでもかなり特集されていましたのでオランダに素晴らしい選手達がいるのはわかっていました。フーリット、ライカールト、クーマン、ファンバステン。オランダ代表を映像で観られるのがすごく楽しみで期待していました。

( つづく )

 


post by Mr.CH

01:22

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