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プロフィール
dominos:1970年11月16日大阪府生まれ。親や自身の転勤により東京~広島~福岡を転々とする。大学卒業直前に初めて北海道を旅してその魅力にハマる。何回目かの旅行でたまたま訪れた厚別開幕戦。目の前で観たY瀬のVゴールにやられて以来サポーター道へまっしぐら。議論は苦手だしサッカー眼はないが、行ける限りスタジアムへ足を運んで声援を送り続ける。現在は大阪府在住。いわゆる「元・ソダンゲーフラの中の人」
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2006年03月19日
3年かかってようやく、山形と互角の試合が出来るようになった。
別にネガな意味だけではありません。
山形は良いチームだと思いますし、そんな山形と五分五分の展開で
途中まで「今日は引き分けっぽいなぁ」と思わせる戦いが出来るようになった。
手も足も出なかった2004年の事を思えば、成長したんだなと改めて実感。
いやぁ勝てて良かった!冷や冷やものでしたよ。
最近のウチって、選手強奪した相手チームとの対戦で
返り討ちに遭ってばっかりじゃないですか。
しかも、ここ数年勝ち星のないアウェイ山形だったので尚更。
後、けが人が無かったのも良かった。
昨年1年間で、3人壊されてますからね(間接的なものを含む)
大塚壊されたらどうしようかとガクブルものでした。
フッキが居ないのはまだしも、大塚の居ない2006コンサは想像できない。
2006年03月12日
J2生活4年目。今年こそは卒業できるかどうか。
個人的には、卒業試験ともいえる「3科目」は以下の3チーム。
○鳥栖
○水戸
○山形
開幕から3つ並べただけか?と思われるかも知れませんが
ホンマ偶然です。それぞれのチームの特色を短くまとめると、
○相手の良さを消すイクヲマジック
○言わずと知れた水戸流堅守「水戸ナチオ」
○邪神山神様の見えざる力
これらに打ち勝って行かないとJ1では通用しないと思います。
最低でも五分「以上」。勝ち点7で及第点。
一つ目の鳥栖を苦しみながらも下し、ホーム開幕戦に臨みます。
まんまと水戸ナチオにハマった一戦でした。
ボールポゼション&パス回しはマァマァ出来てました。
最後の最後で立ちはだかる水戸DFの壁。
もがけばもがくほど食い込んでくる蟹挟み。by池乃めだか師匠。
焦る札幌。一つのミスにつけ込まれてカウンター、コーナーキック。
蹴る直前、直感で「殺られる!」と思った人、たぶん自分だけじゃ無いよね?
フッキ自爆、ヤンツー大激怒で試合終了。
去年に引き続き、又も「ここぞ」のホーム戦で勝てませんでした。
ネガるのは簡単だけど、まだ2戦目だし。
敢えて楽観的に構えてみます。
一年通して、通算で勝ち越せれば良いよ。
2006年03月06日
以前のエントリーでも書いた様に、今年の遠征計画から道内ホーム戦は外してます。
理由は別の機会が有れば書きますが、少なくとも前半はアウェイ専門で行くつもり。
でした。
ところが、その決意を揺るがす↓こんな企画が。
しまふく寮の食事を再現したお弁当「しまふくごはん」発売
クマー
つ…釣られないっ…ぞっ………
2006年03月05日
精神的に。きっつい試合でした。
内容はともかく開幕戦を勝利で飾れました。
言いたい事は大体、他の人と一緒です。
動き固すぎとか、フッキ周り使えとか、大塚グッジョブとか、林=この試合のMVPとか
ソダンのネ申ドリブルとかバー直撃ヘディングシュートとか、ゲーフラ持ってくりゃ良かったとか
フッキ倒れてるのにボールを外に出さない&林が切ったボールを返さない鳥栖はDQNとか。
敢えて一言でまとめると
正義は必ず勝つ

メインスタンド裏で捕獲(?)したウィントスくん。
御馳走様でした。
本日のプライスレス
○今シーズンは、自宅~スタジアムまでの交通費、宿泊費を記録します。
年間どのくらい観戦費に使ってるのかを知りたいので。
(祝勝会などの宴会etcに伴う交通費は除く)
サブタイトルはマスターカードのパクりですw
南茨木~大阪空港 420円
JAL2051便 伊丹→福岡 10,600円(クラスJ)
福岡空港→JR博多 250円
博多~鳥栖 往復 1,600円(特急2枚きっぷ)
ホテルキャビナス福岡 3,990円(個室カプセル)
JR博多→福岡空港 250円
JAL2068便 福岡→伊丹 9,600円
大阪空港~南茨木 420円
計27,130円
苦しみ抜いて掴んだ今季初勝利を現地で見た喜び priceless
2006年03月04日
日付変わって3月4日。
いよいよ本日、2006年シーズン開幕です。
12/3の最終戦から約三ヶ月のシーズンオフ。
長いようでアッという間でした。
その間を利用して、ソダンゲーフラ(言うまでもなく第4弾の方)を
補修しようかと思ってました。
二年半もの間、全国各地転戦を重ねる内、次第に「ほつれ」が目立ってきました。
一旦ほどいてから縫い直し。
ご尊顔も一部はがれてきました。(Tシャツ用紙で転写したので)
コチラも出来るのなら直しておきたい。
小さい頃から尻に火がつかないとやらない子でした。
8月30日辺りの晩から、半泣きで計算ドリルを解き始めたりして。
人間の性格なんてそう簡単に変わらないものです。
3ヶ月もあったのに…
今日の今日、今になって殆ど手付かず…もうこんな時間だ。
(なら毎日ブログ更新なんてすんなよ、なんて言われたら返す言葉がない。)
それに加え、どうやら曽田さんが開幕スタメンから外れそうな気配。
輪をかけてヤル気が削がれる。
ピコーン

そうだ!諦めよう!
ゲーフラ無しで鳥栖行ってきます。
ソダンマフラー有るからエェか。
2006年03月03日
第5作目は幻の「もう一つのソダンゲーフラ」です。
2004年7月。
北海道日刊スポーツのネタ記事を目にして、1年ぶりの制作に取りかかりました。
デザインのモチーフは勿論コレ。

ナイキ・エアジョーダン。
制作過程については、何故かデジカメで撮っていたので写真中心に。

材料一式。
左からリキテックス、パレット、筆、布、糸、型紙。

文字の部分を拡大印刷。今回は普通紙です。
まずは実際に布に載せてみてレイアウトを確認します。

塗りつぶす部分をカッターで切り抜きます。
判り辛いかと思いますが、完全には切り抜かずに少し残してあります。

シルエットの部分。
取り込んだ写真をフォトショップでシルエットにしました。
この時点で今イチ感が漂う…

切り抜いた型紙の上からリキテックスで塗っていきます。
取り敢えず縁の部分から。
ますます嫌な予感がするが、もう引き返せない…

完成。
今回は全てリキテックスで仕上げました。
確固たる手応えが無いまま、新作披露の為に厚別へと…
サポ仲間に見せた所、反応は正直微妙。
「ずいぶん突貫で仕上げたねぇ」「ソダンの頭が尖ってない!」etc...
時には、勇気ある撤退も選択肢に加える必要がある様です。
ゲーフラの出来も散々なのに加え、この日は悪い事づくめ。
対戦相手は天敵・山形。
相川がゴール決めた3分後に赤紙喰らって退場したアノ試合です。
試合前まではカンカン照りで熱中症。
試合が始まり、ゴル裏でへばって座り込んでたら突然のスコール。
(ちなみに山形の得点者はいずれも…笑)
この日唯一の慰めとなったのが、夜の飲み会でサポ仲間とTV観戦した
アジアカップでした。
(テソこと川口が鬼神と化してPKを神セーブしまくった試合)
ま、いわゆる黒歴史ってやつです。
2006年03月02日
ようやく第4作目。
現時点での代表作ともいえる「ファンタジー・ソダン」ゲーフラ。
思えば、このゲーフラは様々な「偶然」が重なって誕生したのであります。

(写真・聖地チキンペッカー2Fにて)
まずは制作動機。
時は2003年。J2地獄にどっぷりハマっていた頃の話。
7月の鳥栖戦(厚別)が丁度、曽田選手の誕生日と同じ。
ここまでは第1,2号ゲーフラと動機は一緒。
それのみならず、対戦相手の鳥栖には当時、私が崇拝する
もう一人のネ申・SGGKノリヲ様が所属していました。
ソダンvsノリヲの頂上対決。想像しただけで失禁モノ。
これは十分ネタになる。作るしかないでしょう!と。
ここで告白しますが、はっきり言って当初の目的はネタです。
作り始めた頃はそれほどソダニスタという訳ではありませんでした。
曽田さんスミマセン。
それが、時を経るごとに「歪んだ愛情」とも言うべき感情から
段々と真実の「ソダン愛」へと変化していったのです。
今ではもう…盲目的信仰ですかねぇ。笑
制作期間は一週間。当然ながら平日は仕事帰りの時間しかありません。
作り方は、ほとんど第3号(ワケルくん)と一緒。
ご尊顔はスキャナから取り込んで加工。拡大してから
Tシャツプリント用紙に四分割して印刷。
文字の部分で初めてリキテックス(アクリル絵の具)を使用。
普通の絵の具とは勝手が違うので戸惑いました。薄めたらダメなのね。
ゲーフラ全体のデザイン、"FANTASY SODAN"のフォント、
フォトショップのマニュアルもロクに読んでないのに、適当にフィルタ弄って出来たご尊顔。
全ては思い付きだったのですが、偶然が良い方向に作用しました。
自分で言うのも何ですが「天啓」ってやつでしょうか。
作業中に、乾かす為に立てかけた制作途上のゲーフラを眺めつつ
手応えを感じ取ってニヤニヤしたのを覚えています。
そして2003年7月5日、厚別。
予感は確信へと変わりました。

大反響。予想を超えた好評でした。
見ず知らずの人に「写真撮っていいですか?」と声を掛けられるほど。
試合も快勝。バースデイゴールこそ為りませんでしたが、
この年のモヤモヤを一瞬忘れさせてくれた一日でした。
その後、今に至るまで全国各地このゲーフラと共に転戦中。
勢い余って、北海道日刊スポーツで記事になってしまったりとか
スポーツ新聞の一面を思いっ切り飾ったりとかしました。
我ながら「おだち」過ぎだ。笑
行く先々の試合でこれを掲げる度に、ピッチ上の曽田さんと私とで
目と目で言葉にならない会話を交わしている気がします。
つか絶対このゲーフラ認識してるって。
そりゃあ本人に聖跡(=サイン)入れてもらったりとか

2004年11月、長男の青くん誕生直前に↓こんなんしてますから…

2006年03月01日
今日はゲーフラ第3弾の話。
「祝誕生日」シリーズから約1年後、2002年秋。
その頃、既に二度目のJ2降格が決まってしまいました。
アウェイ仙台戦に向けて準備を進めつつ、何気なくYahooトップページを見ていたら。
「仙台で謎のキャラ『ワケルくん』がブーム」
記事のリンクを辿っていくと、どうやら仙台市が呼びかけている
ゴミ減量作戦のキャラクターらしい。

これを見た瞬間、降格でショボーンとなっていた私の頭の中で
豆電球が点灯しました。
「コレだ!!」
ワケルくんをモチーフにして、仙台戦限定一発ネタゲーフラを作る事は決めたものの
さて。どうやって料理するか。
同じ年に行われたワールドカップ。或るスタジアムで見た光景が蘇ります。

イングランド対スウェーデン戦。
スウェーデンサポーターにイジられるイングランド・エリクソン監督。
(言うまでもなくエリクソン監督はスウェーデン人)
仙台のキャラ・ワケルくんをコンササポにしてしまおう!
コンセプトは固まりました。
つくりかた。
布は相変わらず適当。
この作品から、布の両端を糸で縫うという技を覚えました。
ワケルくんの顔はゴミ減量作戦公式サイトからパクる拝借。
コンサユニの写真は、手持ちのを撮っても上手く行かなかったので
ヤフオクに出てた写真から拝借。
これらを拡大印刷、Tシャツプリント用紙4枚に分割して布に転写。
背景はポスターカラーで書き殴る。
ゲーフラに緻密さは必ずしも必要ではありません。適当でいいんです。
どうせ遠くからしか見えないんだから。
完成したのがコレ。↓(スタジアムでの写真が無い…)

反応はと言えば…局地的にはムチャ受けました。
まぁサポ仲間の極々一部です。
作者としては、仙台在住の一般市民に見て頂きたかったのですが
残念ながらその希望は叶いませんでした。
試合に負けたんで、露出時間が少なかった為でしょうか。
とはいえ、このままネタを眠らせるのは勿体ないので
地下鉄仙台駅改札前、更には地下鉄車内で何回か「ご開帳」しました。
(上の写真は車内で撮って貰った)
当時の仙台はホント、ワケルくんだらけだったんですよ!
今は楽天イーグルスに取って代わられてますけどね。
2006年02月28日
さて、今日はゲーフラ第2号についての思い出を書きます。
といっても、ほとんど初代と同じなんですけど。
ゲーフラデビューからおよそ1ヶ月。
またも「節目」の試合がやってきました。
今度は「ある選手」の誕生日と同じ日の試合。
時は2001年9月22日。対戦相手はアウェイでガンバ大阪。
そしてその選手とは…今は余所で10番背負ってます。
(↑注:人によってはグロ画像につきクリック注意)
ゲーフラの作り方というほどのもんでもなく、
前作「祝誕生日・岡田監督」とベースは同じ。つーか流用。
「岡田監督」の部分に上から布をかぶせ、その部分に名前をプリント。
以上。笑
で、どんな感じで掲揚したかちゅうと↓

見えねーよ!!
そりゃそうだ。
友人のガンバサポにバックスタンド(ホーム寄り)から撮って貰ったんですもの。
当初の計画では、試合が終わってゴル裏へ選手が挨拶しに来る時に掲揚して
山(ry選手に見てもらうつもりだったのですが…
この日の試合展開はそれどころじゃありませんでした。
健作・アダウトが次々にモットラム主審によって屠られて9人に。
それでも120分を耐え抜いて0-0で引き分けたアノ試合です。
標的…じゃなかったお目当て(当時)のY選手は途中で引っ込んだし。
何より、このゲーフラで思い出深い出来事と言えば。
それはスタジアムに向かう時の事。
当時東京在住だったので、JAL様便で大阪に向かうつもりだったのですが、
例によって搭乗締め切りギリギリで羽田空港に到着。
離陸15分前。何とかチェックイン。しかし手荷物預かりは終了。
仕方なくゲーフラを機内持ち込みで事なきを得ました。
今にして思えば、よく乗せてくれたなぁ、と。
ゲーフラの両端は安全ピンで固定してたのに…
世界を震撼させた「9・11」から、ほんの10日余り後の出来事でした。
2006年02月27日
いつの間にやら開幕まで1週間を切りました。
いかがお過ごしでしょうか。
今年のコンサは久々に良い仕上がりらしいですね。
素直に乗ってしまっていいのかという不安も有りますが
ワクワクテカテカするなと言うのが無理な話。期待が膨らみます。
さて、シーズン開幕に向けて色々準備を進めている今日この頃。
スタジアムまでの交通手段・宿の手配とかレプリカユニ購入…
忘れちゃいけないのが応援グッズの準備。
その中でも、今や私のコンササポとしてのアイデンティティともいえるのがコレ。

ゲートフラッグ。通称ゲーフラ。
言うまでもなくゴール裏を彩る応援グッズの一つ。
人はなぜゲーフラを掲げるのか。
その動機は概ね↓こんな所でしょうか。
1.単純にかっこいい。ゴール裏をゲーフラで埋め尽くす事でサマになる。
2.選手やサポーター(自・相手)に何らかのメッセージを伝える。
自分の場合1,2も勿論ですが、それより重要なのがこれ。
3.目立ちたい
ゲーフラ作成におけるスタンスは「ネタ重視」。
たとえ一発ネタであろうとも、その刹那に労力を費やすのを惜しまない。
そんな感じで、これまで作ってきたゲーフラを振り返っていきます。
まずは記念すべき第1号作品となったゲーフラ。
2001年8月25日。場所は横浜国際競技場。まだJ1に居た頃です。
横浜Fマリノスを相手に延長負けを喫した試合でした。
そして丁度この日は、当時の指揮官・岡田武史の誕生日。
初めて「ゲーフラを作ろう!」と思った動機はコレです。
リアルで私をご存じでしたら、よーくお分かりでしょうが
岡チャン(当時)にクリソツの人間が本物の岡チャン(当時)の誕生日を祝う、という一発ネタ。
これは作るしかないでしょう!
布は適当に白いのを買ってきました。
棒は、捨ててあった会社の販促グッズ「のぼり」の柄をパクりちゃんと断って頂きました。
文字の部分はTシャツプリント用の紙に一文字ずつプリントアウトしてアイロンで転写。
赤と黒の文字で「祝誕生日 岡田監督」
布の両端は安全ピンで固定。一発ネタなんで縫ってなんかいられません。
今から思えばむっちゃ無駄金使ったやり方だ…
真夏の部屋の中で汗だくになって作成した第1号。
横国のサポ席で初披露。周りのサポ仲間から「おぉ~っ」という歓声。
快感。この時点で手応えアリアリ。
そして、ゲーフラデビュー戦にして上記1,2のみならず3も達成してしまいました。

TBS「スーパーサッカー」で映っちゃいました(笑)いきなり全国地上波!
この日を境に、サポとしてまた一歩「いけない階段」を
登ってしまったのであります。
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