カレンダー

プロフィール

北広島市出身の社会人2年目。 高校まで札幌で育ち、大学は山口で6年間のんびりと過ごし、アウェイサポを経験。 2016.4より札幌へ戻りホームサポに復帰。猫アレルギーの獣医師です。 初観戦は1999.9.15 厚別での甲府戦。 以来、約20試合/年のペースで現地観戦。 小学生の頃からコンサ中心の人生を送っています。 アウェイは約30か所を訪問。 基本的にメイン・バックスタンドから。 レノファ山口も中国リーグ時代から見続けて9年目に。 twitter:@run1030 よろしくお願いします。

最新のエントリー

月別アーカイブ

リンク集

コメント

検索

振り返り2014。札幌編

2014年12月21日

さて、札幌編。
どんなシーズンだったか、というのは皆さんご存知でしょうから
こちらは超個人的に振り返りたいと思います。


①参戦数は10(ホーム3+アウェイ6+天皇杯1)

今年はあまり行けませんでした。
近場のアウェイがバイトを休めない土曜やテスト前日に当たってしまったせいもありますが、1時間で行ける北九や2時間で行ける福岡、岡山に行けなかったのは悔やまれます。
アウェイ6試合は、ヤマハ、西京極、大分、讃岐、山形、熊本です。
一番印象に残っているのは熊本。
日曜夜ということもありゴール裏は50人程度のサポで、その内の1になれたこと、また前監督解任からすぐということもあり気持ちが入りまくった試合で勝てたということで個人的には今季一の試合でした。

②数年前には想像もできなかったことがいくつも

おそらく日韓ワールドカップに夢中だった小学生の自分に「将来、小野と稲本がくるよ」
と言っても信じてもらえないでしょうね。
そんなことを現実に起こしてしまえるだけのクラブになったということでしょうか。
今回の稲本の件でも感じましたが、「お金以上の魅力があるクラブ」になってきていると思うとこれから先が楽しみでしょうがないです。
それが結果に結びついてくるとビッグクラブになれると思います。


③周りがJリーグに興味を持ちはじめた1年

ワールドカップイヤーということもあったでしょうが、サッカーなんて見なかった身近の人たちが徐々にJリーグ、サッカーに興味を持ってくれて嬉しくなった1年でもありました。
ホークス一筋だった先輩がアビスパの試合に初めて行ってハマり、サンフレに行きだしたり、海外しか見なかった後輩がレノファに行ってみたら生観戦の虜になって来年3月には東京にJ1生観戦ツアーを計画していたり、ドームには車の送り迎えにしか行かなかった親が去年からコンサにハマり、今年はホーム20試合参戦とか。
こういう話を聞くとうれしくなりますね。もっともっとサッカー文化が地域に根付けばいいと思います。



結果だけを振り返れば今年も悔しい1年でした。

ですが今年もコンサドーレのサポーターをしていなければ経験できないことをたくさんさせてもらいました。
本当にクラブ、サポーターの方々には感謝しております。


来年こそは結果も出して、最高の年末を迎えられますように!

それでは、よい新年をお迎えください。







post by みっちぃ

16:20

コメント(0)

振り返り2014。山口編

2014年12月21日

シーズン終了から早1か月。
今年もあと10日になってしまいました。

軽くですが、札幌サポとして、山口サポとしての2014シーズンを超個人的に振り返ってみようと思います。

まずは山口編。

JFL初年度の今年。
地域リーグからのJ3入りは盛岡に持っていかれた形となり、目標としては1年でのJ3昇格でした。
昇格基準は年間4位以内、平均入場者数2000人以上とかなり高いハードルでした。
選手もかなり入れ替わり、監督も変わり、初の全国リーグということもありかなり難しい部分もあったようですが開幕のHonda戦こそ敗れたもののその後4連勝。
一時は2位につけ、1stステージ優勝も見えてきていました。
ですがその後は調子が上がらず結局1stステージは6位で終了。

昇格のために負けられない試合が続いた2ndステージ。
山口の街も徐々に盛り上がり、昇格が見えてくると3000人を超える観衆が集まることも。
武蔵野と佐川印刷以外には負けなしで進み、勝てば4位以内確定となった11月2日のHonda戦。
過去最多の4500人の観客を集めました。
その試合は結局1-1の引き分けで昇格決定とはなりませんでしたが、最終戦のアウェイ栃木戦の勝利で4位以内確定。
平均入場者数も3000人余りと基準を超え、来期のJ3参入が決まりました。

自分が山口に来て来年で6年目になります。
最初は今のホームスタジアムは影も形もなく(国体用に改修中)、中国リーグのホームゲームは隣のサッカー場、もしくは県内各地の観客席などないようなところで行っていました。
初参戦は2010年5月でした。維新サッカー場でのゲームは観客数1200人でも過去最多と盛り上がっていました。高さ数十センチの段差を超えればピッチがあるという地域リーグならではの環境に感動し、地域リーグでもこれだけのサポーターがいることに驚いたことを今でも覚えています。

それでも当時はまだまだ「山口市」のチームのような感じであり、県全体での認知度はかなり低かったと思います。この年は中国リーグ優勝で地域決勝に進み、自分もひたちなかに参戦しましたが結局JFL昇格はなりませんでした。

翌年、2011年。おそらく山口サポの中でも自分が一番驚いたであろう中山元気の加入。
赤黒の13番を札幌で5年間見続けてきた身としては、オレンジの23番はかなり違和感でした。
しかしプレーは他の選手を寄せ付けないクオリティーで、早くも中心選手になっていました。
この年の中国リーグは島根勢の台頭で山口は2位に終わってしまいます。

3年目、2012年。多くの主力選手が抜けかなり苦しい試合が続きました。ホームでの逆転負けも何度か。個人的には5年間で最悪の年でした。もはやJFL昇格など遠い目標と化してしまった1年でしたね。そして元気の引退の年でもありました。ただ、この年5月に現在のホームスタジアム維新公園競技場が完成。J規格を満たすスタジアムが山口県にも誕生しました。

4年目、2013年。
中山元気監督誕生。札幌で数々の歴史を残した選手が今目の前で監督をしている姿に札幌サポとしてもうれしくなりました。この年は翌年のJ3創設が決まり、地域からの参入の可能性もあり全国でも上位の成績を残すことが求められました。しかし、チームは上位チームとの直接対決で勝てず、結局中国リーグ2位。カップ戦の全社では盛岡に勝ち優勝するも、肝心の地域決勝で勝てず、最後の理事会までJ3参入は盛岡と争い、結局破れました。しかし翌年からのJFL昇格は認められ、チームとしては確実な一歩を踏み出すに至った1年でした。


そして来年、2015年。
自分が山口市民として過ごす最後の1年となります。
この年にまさか山口にJ(J3ですが)が来るとは・・・
何かの縁を感じますね~。


山口県にはプロスポーツチームがありません。
もちろん、地元のチームを応援する喜びというものを多くの県民は知りません。
福岡や広島に野球やサッカーを見にいくことはあっても、地元のチームではありません。
バイトの塾の子たちに聞いても「明日はサンフレ見にビッグアーチに行くんよ!」「レノファ?Jリーグやないやろ!」「サッカーって生で見たことないんよねー」
こんな子たちに地元に「Jを見る環境を与えてあげたい!」とずっとずっと思ってきたので今回の昇格は本当にうれしいです。
この地にもサッカーを見る文化が根付けばいいなと思います。

まだまだ小さな田舎のクラブですが将来山口と言えばレノファ!と言われるようなクラブになってほしいと思います。そのための一歩が2015年。本当に楽しみです!

長々となってしまいましたが、山口にとっては大きな大きな1年となった2014年でした!

札幌編は後程。。





post by みっちぃ

14:45

コメント(0)