プロフィール
【 Mr.CH 】 北海道札幌市出身。1985年(16歳)からサッカー部に入り、それから上手い下手は別として今までずっとプレーヤーとして楽しんでいる。ずっと転勤族でそこそこの市の社会人リーグで1部から5部を経験。47歳の今は、フットサルを個人的に楽しむ程度でチームには所属していない。 コンサドーレは2001年からファンクラブに加入。ホームの試合は、なるべく観に行きたいと思っているが、なかなかいけない。 2017年5月現在、帯広在中。自宅は札幌市、単身赴任中。
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2007年01月07日
私はもっぱらスカパー観戦がメインです。昨シーズンはたったの一度しか生観戦に行けませんでした。厚別開幕の仙台戦でした。 帯広から札幌に行くのは我が家的にはかなりの負担です。夫婦ともに実家は札幌ですから、ゴールデンウィークやお盆ならば行けるチャンスがあります。そろそろ札幌にマイホーム(マンション)がほしいです。 今シーズンの開幕も、またアウェーですか。噂の西京極ならば、ぜひとも開幕勝利ではずみをつけたいですね!開幕ダッシュできなくとも、第2クールから連勝記録更新といきたいものです。 天皇杯のフッキがいなかった試合でいいゲームができていたから外国人選手不要論の方々も、おられるかと思いますが三浦監督の冷静な判断は正しいです。(フッキの穴をどうするか?という話。)天皇杯の短期決戦だからこそできた試合を長いシーズンではおそらくできません。 三浦監督は天皇杯を2試合見ただけといっていましたがおそらくフッキが出場してない試合なのでしょう。シーズン中のフッキが流れを断ち切って自分の力でゴールしていたことが多かったことをわかっても同じことがいえるはずです。 今シーズン、始動が待ち遠しいですよね!その前にチームのメンバーがきっちりと確定するのも楽しみです!
2007年01月07日
【ディエゴ・アルマンド・マラドーナ②】
1986年のメキシコ・ワールドカップ(以下WC)以降も、セリエAの86-87と89-90シーズンにスクデット、88-89にはUEFAカップも彼自身の実力で優勝を獲得していますイタリアのナポリでは未だに彼を神のようにあがめている人々がいるらしいですね。
しかし、1990年の自国開催のワールドカップでイタリアVSアルゼンチンがナポリで行われたときに嵐のようなブーイングの中、PK戦でイタリアに勝ってしまったときの彼の困惑には、ちょっとだけ同情しました。ナポリでずっとサポーターに愛されてきたことは彼にとっての喜びだったことは間違いないのに、この一戦ですべて壊れてしまったのですから。
世界一のフットボーラーではあるが、人としての精神面があまりに子供なのである。幼いころから天才として大人から腫れ物に触るように扱われてきただろうし、人として学ばなければならないことを勉強させてもらえなかった不幸もあるのだろう。
そのころ私は、マラドーナ = 翼くん
のように考え、ひとりで何でもできてしまう破格の存在が一人では勝てない、チームメートと力を合わせて戦うことで何倍にもなるんだと、実感するようなストーリーがあればちゃんと人として成長できるのではないか?などと妄想していました。
でも、マラドーナはそれからも成長したようにも見えなかったし、逆に悪役の道に進んでいったようでちょっと悲しくなりましたね。今からでも世界一の名に恥じない外面だけは身につけてほしいです。
2007年01月06日
シーズンシートのイベントの参加選手が変更になったのなぜなのでしょうか?ぜひ、天皇杯の長期合宿に参加しなかった鈴木智樹選手の今年にかける意気込みが聞きたかった。
新外国人の話は進展ないのでしょうか?噂ではDFに元セレッソのブルーノ・クアドロス(29)の名前が…。あくまで噂ですね。
三浦監督より松井コーチのほうが年上ですよね。コーチは選手と監督のコミュニケーションを円滑にする意味からすれば、中間の年齢が理想だと思うけど、どうなんでしょうね。
2007年01月06日
【ミシェル・プラティニ②】 1986年のメキシコワールドカップ(以下WC)以降、憧れの選手は誰?と聞かれることがあったら、「プラティニ」と答えるほどになりました。WC以前ならば、私と同じようにトヨタカップの影響を受けていたであろう人も多かったと思うのですが、すっかり世の中は「ディエゴ・マラドーナ」を崇拝。 多数の人が同じようにいいと思うものをいいといいたくない性格の私。一人で何人もの相手をドリブルでかわすテクニックは素晴らしいのですが、より多くの選手が攻撃にからんでゴールをめざしたほうがドキドキワクワクするし、美しい。ボールと人が良く動くサッカーにとても魅力を感じるようになっていきました。私のサッカー観はこのあたりから構築されていきました。 このパス主体サッカーの中心には、プラティニをイメージする選手がいてほしい。中盤の将軍が出す相手の守備を崩す効果的なラストパスに走りこむFWがシュート、こぼれ球のフォローをプラティニがゴォーール!なんてね。 プラティニは87年には引退してしまったので、私がイメージしたいと思える違う現役選手を探すことにしたのでした。
2007年01月06日
【1986ワールドカップ準々決勝フランスVSブラジル】
その当時の私はサッカー部に所属して2年目。真剣になってテレビにかじりついてみた初めてのワールドカップでした。サッカーの予備知識としてはたまに買う月刊だったサッカーダイジェストぐらいでした。動いているサッカー選手の映像といえば、トヨタカップ、天皇杯、高校サッカー。トヨタカップを初めて真剣になってみたのもほぼ同時期の1985年が初めてでした。
天皇杯ではJSLチームの読売クラブや日産自動車ならば外国人選手がいて、単独ドリブルやアクロバティックなシュートはキャプテン翼みたいだぁーと思いました。ブラジル人選手が多く所属していましたが、この選手たちでさえ、国の代表やトヨタカップに出場している選手と比べればレベルが低いんですから、日本人は到底追いつけない世界だと感じました。
そのブラジル人プレイヤーの最高峰たちが集まった代表チームと前の年にトヨタカップで素晴らしいプレーを披露したプラティニ率いるフランス代表の試合は、ものすごく期待の大きい試合でその後何年もヒマさえあればVHSに録画してある試合を何度も繰り返してみました。
準々決勝のフランス対ブラジルはおそらく歴史に残る名勝負だったのでしょう。マラドーナのための大会といわれたメキシコ大会でしたが、私は大会で一番面白かった試合は?と、聞かれたら絶対にこの試合をイチオシです。
プラティニの動きはよく真似してました。実際のところ本番の試合ではそんな余裕はまったくなくて役に立たないんですけど。私はその当時左ウィングの控えで、何にも考えずに走り回るだけでしたね。練習のミニゲームではだいぶ余裕があるので、真似のプレーはしてました。ジーコのスルーパスのタイミングの取り方も意識して真似しました。
かつてはゴール前で単独ドリブルにより2,3人かわしてシュートをするのがサッカーの醍醐味だと思っていましたが、すっかり美しいパスの魅力に取り付かれた、私のターニングポイントの一つとなっている試合です。
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【 Mr.CH 】 北海道札幌市出身。1985年(16歳)からサッカー部に入り、それから上手い下手は別として今までずっとプレーヤーとして楽しんでいる。ずっと転勤族でそこそこの市の社会人リーグで1部から5部を経験。47歳の今は、フットサルを個人的に楽しむ程度でチームには所属していない。 コンサドーレは2001年からファンクラブに加入。ホームの試合は、なるべく観に行きたいと思っているが、なかなかいけない。 2017年5月現在、帯広在中。自宅は札幌市、単身赴任中。
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