プロフィール

【 Mr.CH 】 北海道札幌市出身。1985年(16歳)からサッカー部に入り、それから上手い下手は別として今までずっとプレーヤーとして楽しんでいる。ずっと転勤族でそこそこの市の社会人リーグで1部から5部を経験。47歳の今は、フットサルを個人的に楽しむ程度でチームには所属していない。 コンサドーレは2001年からファンクラブに加入。ホームの試合は、なるべく観に行きたいと思っているが、なかなかいけない。 2017年5月現在、帯広在中。自宅は札幌市、単身赴任中。

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柳下監督の3シーズン(7)

2007年01月21日

  柳下監督2年目の2005年シーズンのこと。前年最下位ながらも天皇杯でベスト8の成果をあげ、J1のチームに対しても通用するサッカーの基礎が出来ていることを示してくれました。チームの方向性に間違いがないということで大きな変革を求めず、より攻撃の連携をレベルアップさせる方向性でスタートしました。

  2004年のフォワードの軸は清野でした。清野は瞬発力に優れ、その得点力が魅力的だと思います。キャンプのときは練習生でスタートし、チャンスを自らの力でものにしただけでなく開幕の先制ゴールをヘディングでネットに突き刺し、その後も8月まではコンスタントに点を取りました。しかし、出来の良し悪しがはっきりしていて、9月以降は毎試合出場もまったくゴールを奪えなくなったのでした。彼の成長にももっと期待したいところではありますが、得点を計算できる実績のあるFWがほしい、ということは事実でした。

 2005年シーズンは、新居がいなくなったため即戦力FWがほしいところでコンサが白羽の矢を立てたのは中山元気でした。

 実力的には未知数。柳下監督は「ポストプレーヤー」として使いたい選手を求めていたようですが、中山は「前線の汗かき屋」ともいうべき選手で体格はポストプレーヤーなのですが、ポスト役としての技術はイマイチだったのです。

 当初、中山元気を攻撃の軸であるポスト役として使い続けました。得点力には乏しいのですが、あの一生懸命さを感じさせるプレーは好感がもてました。私は彼を使い続ければ必ず使える選手になる。だから、がまんしてほしいと思っていました。コンサを上昇気流にのせた第2クールの戦いは、理想的だったと思うのですが…。課題はシュートの精度の低さと数の少なさでした。プロのFWとしては、かなりのマイナス要素ですが。

  私としては外国人FWの補強をするならば、中山と共存できるタイプにしてほしいと思っておりました。しかし、現実はそのとおりにはなりませんでした。

( つづく )


post by Mr.CH

16:46

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