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忘れもしない2001.9.15の堀井のVゴールで勝利したエスパルス戦が コンサ初参戦!きっかけは両親に観戦を勧められて。親はアウェイにも行っていたほど。宝物は、その親が2000年の最終戦、新潟戦後の飛行機内での抽選会で見事当たった“播戸”のジャージ(アディダスの背面にコンサのロゴが入ったジャージ) リンクフリーです。
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2006年12月20日
CMにグッチーさんが出ていたので、うちのチビに 「この人コンサのときに“コンサド~~レ サッポォロ~”って言う人だよ」 と教えたら、あっさり「知ってるよ」と言われてしまいました。 ツッコメませんでした。 最近うちのチビは、コンサにご無沙汰しているせいか、コンサ関係の歌を歌いません。 今日はうえの娘の歌に合わせて「マタアイマショウ」をポロッと口ずさんでました。 歳の離れている姉兄がいるせいか、何でも覚えるのが早いです。 あ~ 今週は長い! 長すぎる! 早く23日になってくれ~。
2006年12月19日
角松敏生の25周年記念LIVEのDVD買ってきました! とりあえず好きな曲だけ観ました。 ↓ 「25th Anniversary Performance] の特典バックステージパスです(シリアルナンバー付)秋のコンサートに行けなかったので最高でした! アレンジを変えてる曲もあり、いつもと違うメンバーもいたりして、角松フリークにはたまらんですわ! ところで、以前のエントリーでベーシストの青木さんが他界されたということを書いたのですが、ブックレットによると、角松が訃報をきいたのがこの25周年のコンサートリハーサルの前日だったそうです。 それでベースはどうする?ってことになって(当然ですよね)、青木さんが弾いている音がPCのハードディスクに残されているじゃない!ということで、コンサートではその音を使うことになったそうです。 ステージには、「Bass is my life」と書かれた青木さんの写真が飾ってあり、メンバー紹介では、いつものようにそして青木さんがいるかのように、角松が普通に“青木智仁”と紹介して、青木さんについて特別なことは何も言わず・・・。だから余計に哀しいです。 それにしても、YOKOHAMA ARENAは超満員でしたが、自分の年齢に近い人ばかりでした。(あたりまえか) 23日までには全部観て、天皇杯モードにならなきゃ!
2006年12月18日
9月のエントリーで、2000年 J2優勝時のTシャツの話を 投稿しましたが、G大阪では、天皇杯優勝を見越して、 「CUP WINNERS」と刻まれた“勝ちT”を作ってる(作った?)そうですね。 凄いですね! 浦和なんかも作ってるのかなぁ? コンサはどうするんだろ? それにしても23日待ち遠しいですね。 勝てば、最高の“クリスマス”! で! ベスト4になれば、最高の“仕事納め”!! で! で! 元日となると、最高の“お年玉”!!! でも、こんな時期までコンサの試合が見れるのが、何よりも嬉しいです!
2006年12月11日
録画してもらった天皇杯アルビレックス戦、見終わりました。 なんて表現していいかわからないくらい興奮しました! 約180分の短いこと、短いこと。 VTRでもサポの熱さ、そしてピッチ内の選手たちの闘う気持ちが ヒシヒシと伝わってきました。 参戦された方は何十倍も、そんなピッチとの一体感を感じたのでしょうね! 本当にお疲れ様でした! ところで この180分の中で、延長後半のアナウンサーの一言。 「ことごとく赤と黒の壁がはね返しています!」 う~ん、いい表現だ! 来季こそ、赤と黒の壁が立ちはだかって、失点を少しでも減らしてほしいです。 23日に向けての練習環境が心配されるところですが、今はコンディションをしっかりと整えて、 しっかり準備していってほしいです。 そして23日は、 まだサッカーができる喜びと、闘う気持ちを忘れず、 自分のために、そして応援してくれるすべての人たちのために 走って、走って、走りまくれ~!!!
2006年12月10日
今日の道スポ、一面はもちろんコンサでしたが、中の記事では、 優也がPKと止めた後、優也に駆け寄る選手たちの写真が使われていました。 その顔といったら、みんなとびきりの笑顔! 砂さん、ソダン、大塚さん、元気、西嶋君、加賀ケン、あと二人は紙面上 わかりませんが、今季これほどの選手たちの表情を見たことがありません。 こんな喜びを爆発したところなんてね。(PKでの決着というのもあるんでしょうけど) 来季もこのメンバーで闘えたらと思うと・・・。 リーグ戦後半から、天皇杯と、ようやく1つになりかけているのかな? 参戦したサポーターも凄かったそうですね。 BSを観戦していた両親からは、メールで経過を知らせてくれたのですが 「コンサのサポはやっぱり凄い!」と、ゲーム内容よりも、まずサポの様子を教えてくれました。 来季の今頃は、チームもサポもみんながとびきりの笑顔だといいですね! 選手もスタッフもフロントもスポンサーもサポも、1つになって闘った証しとして!!!
2006年12月02日
ヤンツーさんの言葉が心に沁みました。 涙がでそうになりました。 選手たちはどんな想いで聞いていたのでしょう? 選手たちを責めるつもりはありませんが ここ最近は「札幌スタイル」が形になってきたのに、 最終戦なのに、 1万4000人の後押しがあったのに、 どうして? 少しは意地見せろよ!!!(言葉が悪くてスイマセン) 前半は確かにチャンスはあったし、得点の匂いはしていましたが、 ヤンツーさんがよく言っていた、「1つの絵を描けていない」サッカー。 まさに今日はそんな感じでした。 鳥栖側は、スピードもプレスも、千葉戦のときのコンサを見ているようでした。 逆だろうが!(言葉が悪くてスイマセン2) あと社長の言葉も注目していましたが、がっかりしました。 ヤンツーさんのサッカーはまだ見ることができるので、 気持ちは切り替えますが、 サンクスウォークを見ていてさらに切なくなりました。 今日は両親もきていたのでAwayのゴール裏で観戦していたのですが、 岡田さんのときのような「ヤンツーコール」が聞えてこなかったし、 選手たちとヤンツーさんが話をしている場面もみなかったし、 なんかヤンツーさんが浮いていたような気がしました。 ですから今年のサンクスウォークが一番見ていて辛かったです。
2006年12月01日
こんなにもコンサにはまるきっかけをくれた堀井選手が戦力外と なってしまいました。(ビジュも) 今でもあの延長Vゴールは忘れられません。 コンサ在籍最後の年は、 そんな険しい顔するなよ、そんなに怒るなよと何度か思いましたが、 直向きにボールを追う姿勢は大好きでした。 ぜひまだ続けてほしいです。 最後に、川崎選手、野本選手、清野選手、 今までコンサのために有難うございました! 絶対明日は勝つぞ! 全力蹴球! 真っ攻勝負! 闘!
2006年11月29日
8月のエントリーで角松敏生のことを少し書いたのですが、 今日、角松のオフィシャルサイトを見て唖然・・・。 なんとベーシストの青木智仁さんが6月に他界されていたんです。 確かまだ50歳までいっていなかったと思いますが急性心不全らしいです。 かれこれ20数年角松を聴いてきて、コンサートにも行って、 本当にかっこいいいベーシストでした。 本当に残念です。 秋のコンサートには行くことができませんでしたが、 ツアーメンバーの中に青木さんの名前がなかったので不思議だったんです。 この場をおかりしてご冥福をお祈りいたします。 それにしても残念でなりません・・・。 もう一度、青木さんのベースで「GIRL in the BOX」が聴きたかったぁ~!
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忘れもしない2001.9.15の堀井のVゴールで勝利したエスパルス戦が コンサ初参戦!きっかけは両親に観戦を勧められて。親はアウェイにも行っていたほど。宝物は、その親が2000年の最終戦、新潟戦後の飛行機内での抽選会で見事当たった“播戸”のジャージ(アディダスの背面にコンサのロゴが入ったジャージ) リンクフリーです。
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