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2000年5月に厚別デビュー。 同年7月29日の浦和戦にてコンサにはまる。 娘は学業専念のためダンスはお休み中。 今年は普通のサポーターに戻ってゴル裏復帰予定。 家族揃って死ぬまでコンサを応援し続けます。

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この期に及んで

2008年10月06日

土曜日、「ROOKIES」(総集編?)が放送されていた。
「全力で戦って負けるならいい。でもこんなザマで負けたら死んでも死にきれねー。」
みたいな台詞があった。


前節までの何試合かは良い試合が続いていた。
今日はジュビロ戦。
どう考えたって負けられない試合だった。
いや、負けても良い試合なんて一個もないんだけど・・・

全力で戦って負けた試合だったのかどうかは、選手でなければわからないのかもしれない。
だけど、少なくとも、サポは全力で応援していたのがTVを通してもわかった。

メンタルが・・・と言う言葉もノノから出ていたけれど
今更、何が怖いというのだろう?

この期に及んであんな試合を見せられるとは思わなかった。

2週間のインターバルがあれば、この鬱々とした気持ちは晴れるのだろうか?


いや、
解説や、ハーフタイムのオフトの言葉に悔しがる自分がいる。


「死んだりなんてしないから!!!」

悔しいと思えるなら、頑張れるはず。


君を呼ぶ声 力にしていくよ 何度も


諦めたりなんてしない。
まだ、ロスタイムは残っているから。


post by LUNA

00:41

ぼやき コメント(0)

はぁ・・・

2008年09月26日

朝から胃が痛くて目が覚めた。

何が足りないのか
試合に勝てない度に問いかけていたが
答えはあまりにも明確だった。

うちのチームにはお金が足りない・・・

あぁ
私がもう少し若かったら
アラブの石油王でもたぶらかして
スポンサーにでもなってもらうのに。
そうだ
ついでに犬飼会長もたぶらかして
秋冬開催なんてとんでもないって言ってやるのに。

でも
そんなことはとーぜんできるはずもなく
あとは
今いる選手のモチベーションがこれ以上下がらないことを祈るばかり。

その昔Jリーグのお荷物と言われた浦和が今ではアジアを制するまでになった。
サッポロの行く末は・・・?


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07:26

ぼやき コメント(3)

何がひどいって

2008年08月17日

今日の「まりもドーレくん」が一番ひどいかも。
前回のメロンドーレくんと見分けがつかないし、「マりモ」って「り」だけ平仮名という謎。

ま、いいけどさ。

ビアガーデンから見た青空

今日はお天気も良く、ビアガーデンは気持ちが良く、ジンギスカンも意外に美味しくて、試合前はとても和やかな感じ。

謎の南京玉簾

サンガサポを見て「美味しいビール飲んでけー」と言ってみたり、南京玉簾に拍手をしてみたり。

ビール・ジンギスカン・ホタテ串・ポテト(紙袋)

そう、ビールを買いに並んでいた時のビジョンで磐田戦が流れていた時に「磐田戦って勝って試合だよね?」と旦那様に話しかけたら、後ろの不信人物に「それしか勝っていませんけれど」といきなり言われたことをのぞけば・・・
その人は何度か試合で見かける人で、最初に見かけたときに「億万長者になれる方法」とかなんとかいう本を読んでいたので、我が家では「億万長者」と呼ばれている不思議な人だ。
たぶん顔を見たら「あー、あの人ね」とわかる人はたくさんいるのではないかと思う。

ま、それもいいけどさ。

せっかく良い気分で始まって、ダヴィの得点とか、前半はすごく見ごたえもあって楽しかったのに・・・
みうみうの頭の中が今日もわからなくなった。
なんとか穏便にうちの監督を辞めたいのか?とまで思った。

夏休みに帰省した時、We areに「三浦が監督やっててあの成績じゃコンサも終わってるな」と言われた。
彼もDO民なので、もし今自分が浦和に住んでいなければコンサポだっただろうと言っている。
ひそかにコンサが頑張って欲しいと思ってくれているのも知っている。
でも、もし彼が今本当のコンサポだったらそんなふうに思うんだろうか?
みうみうは良い監督だと思う。
でも、今のうちのチームの力を100%引き出せているのかは時々疑問に思うことがある。
そもそもこんな貧乏チームがJ1で戦うこと自体が無理なのかもしれない。
実際、試合を見てきてJ2の方がサッカーに対して必死に戦っていると感じる。
チームとして必死に戦っていると感じる。
「力が及ばないからそんなことを言うんだ」と言われたけれど、でも明確な目的があるのとないのとじゃ必死さ加減ってやっぱり違うと思う。
確かに今日みたいなほぼベストメンバーでさえも、他のチームに比べたら実力差はある。
だからこそ監督の理想のサッカーよりも、まず今年はJ1に残れるサッカーをするべきなんじゃないの?
汚かったり、ずるかったり、札幌らしくなくても、まずは残らないとまた崩れてしまう。
J1での経験の少ない選手が多いのだから、みうみうの今の立ち位置はちょっと違うんじゃないの?と思ってしまう。
私は素人だから、そう思ってしまう。

ちょうど一年前、京都での試合で勝利したことを思い出していた。
石屋製菓の事件があった直後で、こんな時だからこそどうしても勝って欲しいと祈りながらTVを観ていた。
サポの想いはいつだって変わらない。
監督も選手も代わっていくけれど、チームがある限り12番目は変わらない。
どんなにひどい負け方をしたって、また次の試合にはスタジアムに足を運ぶ。
応援もせずに野次ばかり飛ばしている人も、もしかしたら気持ちは同じなのかな。
もしかしたら、ね。
何しに来てるんだよ、って思っちゃうけどね(笑)

なんだか悔しくってとりとめの無いことを書き綴ってしまった・・・
敗戦で始まり、敗戦で終わった夏休み。
明日からはまた仕事だ。
水曜日は代表戦。仕事が長引きませんように・・・・



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21:27

ぼやき コメント(3)

サポ失格

2008年05月06日

ぶちきれて後半開始前にドームを後にした。
コンサを応援して9年目になるけれど、こんなことは初めてだ。
どうしてもはずせない用事があって途中で帰ったことさえ1度しかない。
どんなに負けが続いても、どんなにボロ負けしても、途中でスタジアムを後にすることなんて今までに一度も無かった。
なだめる旦那様を振り切って「嫌だ!帰る!!」と一人で帰ってきた。

勝負の世界だから、勝者と同じ数の敗者がいてあたりまえで
だから負けることは時には仕方の無いことだと諦めもつく。
でも、戦わない選手を目の前で見るのはどうしても許せない。
戦う姿勢というのがまるで見られなくて
試合の終盤には足がつっても走り続ける選手とか
諦めないでボールに向かっていく選手とか
一昔前ならうちのチームにはそんな選手がたくさんいたはず。
そういう姿を見せられたら、たとえ弱くても、たとえ負けていても応援する声を止めたりはしないのに。

==言いたかないけど今日のDFはいったいなんだったの?
これも言いたかないけど、某選手は昨日彼女と思われる女の子とちゃらちゃらしていたよ。
試合の前日にそんなことしてるから、スカスカ抜かれるんだよ、と思ってしまった。==

みんな試合の前からずいぶん気合が入ってて、
大声出してコールして
肩が痛くなるくらいクラップして
絶対に負けられない、絶対に負けたくない試合を
幾つ落とせば気が済むんだろう?
負けてもいい。
だけど負けたくないという気持ちくらいはサポに伝わるようなプレーをして欲しい。
サポより先に選手が諦めてどうするんだよ。
何を信じて応援すれば良いかわからなくなる。
ここ数試合、もちろん選手が自分の本来の位置でプレーできないとか、
試合が続いて疲れているのもわかるけど、それだってお互い様でしょう。
たしかにスゴイ選手ばっかりだったよ、緑も赤も(一応紫も)。
でもさ、それだけが負ける理由なのかな。
それだけが理由だったら、私たちはとっくにサポをやめてると思う。
どんなに有名な選手がいなくても、戦力的には絶対的に差があっても
それでも全員サッカーしてたら勝てるんだ、って思うからみんな応援してる。
みんなが応援してるのに、選手がみんなで戦ってないなら、応援する意味ないよな・・・

でも、それでも応援するのがサポだから、今日の私はサポ失格。
次節までに心入れ替えて、また頑張ることにするよ・・・


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15:16

ぼやき コメント(6)

春まだ遠し・・・

2008年03月16日

86分間の夢は続く2分間であっさりと覚めてしまった。
思い返せばこんな終わり方は今までも嫌というほど経験してきた。
まだたった2節。
けれど苦い思い出を呼び起こすには充分な開幕二連敗だった。

二点とも山瀬がらみだった。
「俺たちの山瀬兄弟」
マリサポのゲーフラには少し腹立たしい気にはなったけれど、山瀬自身にブーイングする気持ちにはなれなかった。
ただ、以前山瀬が大きな怪我をしたドームの芝は昨日もずいぶん滑りやすかったようだったので、誰も怪我をしなければ良いとそれだけが心配だった。

思いのほか中澤も大きく見えなかったな・・・

それでも久しぶりのJ1は違うなぁと少し楽しかったのも事実で
マリ相手に2万5000人というのは少ない気もしたが、
隙間の無いほど青く染まったアウェイゴール裏にくるくる回るトリコロールの傘は厭味なほど綺麗で
無駄なブーイングもなく、ぴったりシンクロするクラップも、大歓声もさすがだと感じた。
これがJ1なのだな、と。
それにつられるように自然と大きくなるホーム側からの声も確かに空気を震わせた。
勝ち点が増えていけば、もう少しスタジアムに足を運んでくれる人も増えるのだろうか?
もっと大きな声でならば、震えるだけではなく、ドームの中にさえ追い風を吹かせることができるのだろうか?
J1にはあまり良い思い出が無いだけにネガってしまう自分もいる。
まだたった2節なのだから、悲観的になる必要は何もないというのに・・・

まぁ、あの浦和がウチのすぐ上だ(笑)
何があるかはわからない。

それにしても健作のピッチレポートはあからさまにコンサ寄りだったな。
「オフサイドですか・・・そうですか・・・」と、がっかりした口調で話す健作は、前回のイベントでも自分が「サポータ」だと明言していた。
よしよし、これからもよろしく頼むよ(笑)

なんだかとりとめのない文章になってしまったのは
自分が感じている以上に連敗のショックが大きいのかもしれない。
ナビ杯を挟むのでリーグ戦も少し間が開く。
経験値のある選手が早く復帰してくれたら良いなぁと思う。
それと同時に、若い選手が少しでも試合に、J1というステージに慣れてくれたら良いなぁとも思う。

初勝利のために買った桜のワインで、季節はずれになる前に乾杯したいな。


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17:40

ぼやき コメント(0)

不完全燃焼

2007年10月14日

ドームの仙台戦以来の久々の観戦だったけれど
仕事が終わってからだったので後半開始からの観戦となった昨日。
いつもならば、そして今のチームの状態ならば、どんな勝ち方でも勝ち点3をGetできたことで満足するはずの私なのだけれど・・・

なんなの、あのグダグダ感は?
なんなの、あの雑なボールさばきは?
なんなの、ゴール前でシュート打たないうちのFWは?
こんな試合してたら絶対今年は昇格できないわ、と
一人で苛立ちながら帰途についたのだった。

前半も見ていたなら、少しは気持ちも変わったのだろうけれど
無理して寒い中(思ったほどではなかったけれど)出かけていったのに
あんな試合を見せられるなら行かなければ良かったと思った。
結果だけを見たのなら、きっと「ようやく勝てたねー」で終わったのに・・・
勝ったはずなのに嬉しくない、不完全燃焼状態だった。

なんだかこんなふうにボヤいているのは、やっぱり自分のメンタルな部分が大きいのだと思う。
ここしばらくブログの更新もできていなかったのは、父が逝ってしまったから。

父の愛した夕陽
ここから先は暗い話の長文なので、スルーして下さい。 自分で何かに書き留めておきたいと思ったので・・・



父は4年前に食道の大半と胃の全部を癌のために摘出した。
今まで転移することもなく、そこそこ元気に生活もしていた。
食べる量が減って、体力が落ちていたけれど、それでも車だって運転していたし、年齢のわりにはサイバーで、私たちよりずっと良いスペックのPCを使って、実家に帰るたびに父の書斎は新しいプリンターやら外付けのHDやらが増えていた。
函館から車で1時間半ほどの田舎の町に住んでいる両親は、病院も手術やその後の大きな検査は函館の病院に通っていたが、いつもは地元の道立病院に通院していた。
それでも定期的に検査もしているし、と安心していたけれど、実際は違っていた。
今回の直接の死因は肺炎ということになる。
食道癌の再発に起因するものとのドクターの見解だし、もちろんそれは間違いないのだろうけれど、実際肺炎が起きたのは、内視鏡検査の後だった。
翌々日から咳と高熱が出た、と電話で知らせてきた母に、感染症も心配だからとにかく病院に連れて行くように勧めた。
電話で病院に問い合わせたら、「内視鏡と発熱は関係ありません」と言われたそうだ。
もともとあまり病院に行くのが好きではない父は、そう言われたなのなら、と担当医の外来診察のある日まで受診しなかった。
受診した時には熱が平熱まで下がっていたということもあり、ドクターはレントゲンもとらずに解熱剤と抗生物質だけ出してそのまま診察を終えたという。
帰宅して(自分で車を運転して出かけたそうだ)、少し寝て、トイレに起きて、そこで倒れて救急車で運ばれた。
その時には肺はもう真っ白だったそうだ。
私も知らなかったことだけれど、父はもともと腎臓の調子も良くなく、最近ではかなり腎機能が落ちていて、透析するかしないか、という話にまでなっていたそうだ。
腎臓の機能が落ちているということは、解毒作用が働かないということ。
脱水症状も併発し、強い薬を使えないということに繋がる。
肺炎がもっと早くにわかっていて、小さい状況だったら、なんとか薬で対処できたし、腎臓がそこまで悪くなければ、強い薬を投与することもできたけれど
悪因子が重なって、父は入院した時には手遅れの状態だったということになる。
それでも入院してすぐ意識も戻って、普通に会話もできていたので、母もそこまで悪いとも知らされておらず、私や兄にも「入院した」という電話だけだった。
入院から3日目の朝、兄から「家に電話しても昨夜も今朝も誰も出ないし留守電にもなっていないから気になる」というメールが入った。
たまたま仕事が休みだった私がお昼頃に電話してもやはり繋がらない。
母の携帯も電源が入っていないままだった。
しばらくしてから母から「昨夜、父の意識が混乱して、ちょっと危ない状態だから、できれば子供たちにも話をしたいとドクターが言っている」と連絡が入った。
兄と連絡を取り合い、夜には函館に着き、そこからレンタカーで地元の病院に9時過ぎに着いた。
着いた時、父はうなされていた。
私たちが来たということは母に言われてわかったが、第一声は「孫たちは?」だった。
「子供じゃなくて孫かい」と悪付きながらも、私も兄も正直心配でたまらなかった。
その日は夜遅かったので、ドクターとは次の日に話しをすることになり、夜は三人で交代で父に付き添った。
田舎の病院で、看護士の人数も足りないのか、普通ならば完全介護で付き添いは要らないといわれるだろうと思っていたのに、付き添い大歓迎という感じだった。

翌日、兄と私の二人で話しを聞いた。
肺炎の状態はかなり悪く、ここまで急激に広がるというのは癌の影響だと考えて間違いないということだった。
実際に写真を見ても、一部残った食道から肺に向かって何か伸びているのが見えた。
そのドクターは父の担当になってまだ3ヶ月ほどだった。
4年前の手術後、函館の担当外科医と連絡を取りながら父の経過を観察していたはずの地元のドクターは、実際にはやるべきことをあまりしていなかったらしい。
去年の6月には食道癌のマーカーが上昇しているが、リンパの肥大はみられないので経過観察という報告が函館の担当医からされていたが、どういう「観察」をしていたのかわからないが、きちんと検査をしている形跡はなかったそうだ。
地元の担当医が変わってから、何年かぶりに内視鏡検査をすることになった。
それまでは術後の傷口さえ触診することもなかったという。
ドクターの考え方や治療方針はさまざまで、ドクターからドクターへの指示というのはいろいろな面で難しいのだと思う。
だから函館の担当医と地元の担当医の間で意思の疎通が上手くいかなかったというのは仕方の無いことかもしれないけれど、
少なくとも医療の現場にいる人間ならば、もう少し患者側に立ってもらいたいと思わずにはいられなかった。
入院直前の受診の時だって、今熱がなくても熱が何日か続いていた、とか、咳が出ていた、とか、患者が何も言わないからそれでスルーしてしまうのではなく、ドクターから問いかけることは出来なかったのだろうか?と思う。
私は薬剤師なので、ドクターからの処方箋を患者に渡す仕事をしている。
カルテはないから、患者の病状などはその場で聞くしかない。
幸い整形外科の処方が多いので、あまりナーバスな病状にぶち当たることはないけれど、それでも患者に聞くことの大切さ、難しさは相当なものだ。
「病院で医者に話したから、あんたたちはさっさと薬だけを渡してくれたら良い」という患者が多い。
それだけ患者はドクターを信頼している。
そういう立場なのだ、ということをドクターや看護士はもっと感じて欲しいと思った。
もちろん、本当に良くしてくれた看護士さんもいたし、ドクターも一所懸命やってくれたとは思うけれど、命にかかわることは取り返しがつかない。
だから遺族の気持ちって普通は許せることでもなかなか整理がつかないのだと思う。

このまま肺炎が治らなければ、体力的にもって1週間だとその時に宣告された。
母にはそこまでリアルな数字は言うことが出来なかった。
それでも私たちが着いて3日目くらいには少し落ち着いて、少しだけ話もできるようになっていた。
けれど、3日目の夜からまた悪化した。
悪化したというのを知らされないまま、「良くなってきているので、ここで少し強い薬を使って一気に治しましょう。ただ、副作用が出るかもしれないので承諾書を書いてください」と母が連れて行かれ、承諾書を書かされた。
私は仮眠あけでぼーっとしていてあまり状況が良くわからなかったけれど、血液検査の結果だけみて、父を診察もしないうちにそんなことを言い出すドクターに不信感を抱き、不安な気持ちでいっぱいだった。
結局、「強い薬」を投与しても父の症状が良くなることは無く、意識があるのはあと2日くらいだろう、と言われ、その日のうちに娘と主人を呼び寄せた。
兄はひとまず帰って仕事のめどを付けて、家族を連れてすぐに戻ってくるということになった。
兄が帰る時には父の意識はずいぶんしっかりしていて、孫の写真を見せろ、と言って、兄の飛行機代のことまで心配していた。
夜には娘も到着し、その時の喜びようったらなかった。

その日の夜中に急変した。
今まであまりワガママを言わなかったのに、どうしても外に行きたいとダダをこね、「熱が下がったらね」となだめた。
少し眠った後、急にむくっと起き上がろうとするものだから止めた、それでもまた起き上がった、その後から意識がなくなった・・・
もってあと3~4時間と言われた。
兄は間に合わなかった。
「みっともないところ見せたくなかったんだろう」と兄は言った。
母と主人と娘と私の4人に見送られて父は逝った。
十五夜の日の朝だった。
「ロマンチストな人のすることだから」と母は言った。
そういえば病室の窓からも綺麗な月やオリオン座が見えていた。

それから後はバタバタだった。
母は父の死を受け入れられず、少し間、記憶を失った。
兄が到着するまで私が葬儀の関係も進めなければいけなかった。
なんとか母も回復して、葬儀も終えたけれど、初七日が過ぎるまではあまりに忙しくて、悲しむ暇もなかった。
仕事も約2週間休んだ。
一度札幌に戻り、また3連休だったので、土曜日の仕事の後に帰省した。
ようやく先週から普通の生活に戻った。
大学から親元を離れていたので、父がいなくなったいう実感が正直あまりわかない。
普段どおりに仕事をしているし、昨日は試合も観に行った。
兄とは相変わらずサッカーの話で盛り上がる。
少しだけ実家に電話する回数が増えたことと、母が必要に迫られて携帯のメールを練習し始めた、ということ以外は何も変わらない気がする。
もっと実家に帰っていればよかった。
夏休みだって少し無理をすれば帰れたのに。
函館戦の時だって、少し無理をすれば、孫の顔を見せることだって出来たかもしれないのに・・・
GWにたった1泊しただけで、今年はあまり会う機会もなかった。
親孝行は死んでからは出来ないというけれど、まだまだ時間はあると思っていた。
まだ73歳だったのに・・・


地元の夕陽はとても綺麗だ。
地元を離れるまで、太陽は海に沈むものだと思っていた。
水平線に触れてから沈むまではあっという間で、燃えながら沈んだ後、空を焼いていく。
じわじわと広がる黄昏は、これから先少しずつ広がっていく父の不在の悲しみと似ているのだと思った。


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11:44

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一番問題なのは・・・

2007年09月15日

監督も選手も今日の試合を「悪くなかった」と言っていること。
見ている私にしてみたらダメダメじゃん!と思うのに・・・
あのシチュエーションで勝てなくて、それでも「悪くなかった」ってどうよ?
今日初めてドームに足を運んでくれた人に対して恥ずかしくないのかな?
久しぶりに気分悪い。
「仕方ない」とか、12分の1試合とか思えない。
今日の試合って、すごく意味のある試合じゃなかったの?
悔しいよ・・・
自棄酒して酔っ払いの暴言につき、失言お許しあれ。


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21:42

ぼやき コメント(0)

腱鞘炎が悪化・・・

2007年06月23日

今日はお昼まで勤務。
今週分の終わりきらなかった仕事をしてから帰ろうと思っていた。
居残りは私だけだったので娘も職場に来て何か食べようか、と言っていたのだけれど、どうやっても終わりそうになかったので仕事は結局持ち帰ることに。

娘とふたり「ナンタコスの季節だねぇ~」と職場近くのモスでお昼(と言っても三時頃だったのでおやつ?)を頂く。
チェダーチーズ味と辛いのをひとつずつ。
辛いのが大好きな私たちにはちょっと物足りないくらいの程よい辛み。
でも「どうせなら両方のソースかけたいよね」とか「ナンタコスって昔はもう少し大きくなかった?」とかと二人でぶつぶつ言ってみる。

職場からモスまでの間にあった八百屋さんの店先の2束100円のアスパラが忘れられず、また戻ってグリーンとホワイトを2束ずつ、ついでにほうれん草も購入。
合計300円ナリ。
良きお買い物に大満足。

バス時間が中途半端だったので歩いて帰宅。
帰りがけにコレクションハウスにて明日のアウェイ観戦を予約。
16時半からコンサの応援歌の発表があるというのも知っていたけれど、ちょうど着いた時にはリハのようなものをしていて、ちょっと聞くことが出来た。
「12番目の風になって」という歌らしい。
全く関係ないのになんだか気恥ずかしい。
でも私はただの風じゃなく「追い風」だ!と意味不明の自負。

練習場ではミニゲームをやっていたので、「岡田くんだー」「ダイゴくんだー」「上里だー。おーー今のはブレ玉か?」とか言いながら見ていたけれど、ずいぶん肌寒くなってきたので歩いて帰宅。

帰ってきてすぐに仕事には取り掛からずちょっとピアノでも、と思って弾いたらどんどん指が痛くなってきた。
文字を書いていても痛くなってくるので先日とうとう受診したのだけれど、注射はかなり痛いよぉ、と脅かされてとりあえずシップと内服薬で様子見。
まぁ、これでダメなら次は注射する覚悟で来るんだよ、とDr.からも言い渡された。
シップと、仕事中はサポーターをつけてだいぶラクになったと思ってちょっと動かしたのが良くなかった・・・
この前までの曲はスローテンポのバラードだったのだけれど、次の新しい曲はアップテンポで、しかもメロディも和音で押さえる音が多い。
もともとあまり手の大きいほうではない私は和音を押さえるのが苦手というのもあるのだけれど、かなり右手の親指の付け根に負担がかかる。

痛い・・・うぅぅぅ・・・・

持ってきた仕事も手書きじゃなければいけない書類だし、ちょっとキツィ。
とりあえずちょっと休もう。

今日も休日出勤の旦那様は待たず、塾に行く前に夕食を済ませたいという娘と二人で今日は前回の勝ちメニューである「もんじゃ」と「油そば」を頂く。
油そば、最近は札幌でも登場したという話も聞いたけれど、本物を食べたことがないのであくまで自己流。
でも、チャーシューも美味しく出来て結構満足。
さて、明日の勝敗はいかに。

それにしてもガンバはすごいな・・・
後半だけで5点って・・・


さぁ、仕方ないから仕事しよっかな。


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21:01

ぼやき コメント(2)

日曜日が終わっていく・・・

2007年06月17日

金曜日から娘が発熱。
土曜日には少し下がったものの大事をとっておとなしくさせていました。
旦那様は先週の水曜日の会議で今月は休日返上で仕事と決まった、とのことで当然試合にも行けず。
私も土曜日は娘も寝ていることだし厚別は諦めたのですが、仕事が長引いて中継が始まってしまったため、職場でTV観戦。
TV見ながらじゃ当然仕事は進まず、ハーフタイムの間に帰宅できるほど家と職場は近くないので、結局最後まで職場で見るハメに・・・

実は今期初めてのTV観戦。
コレクションハウスで見ることが出来るのがわかったので、コンサの試合以外ほとんど見ていないスカパーのアンテナは壊れたまま(^^;
開幕戦はスピカ観戦だったし、近くでブラウン管をじっくり見るのは久しぶり。
前半は仕事をしながらチラ見状態だったけれど、後半に入ってからはちゃんと見ていました。
見ていましたとも、ダヴィのあのゴールシーンも(笑)
ゴル裏からでは何がおこったのかわからなかったんだろうなぁ。
どんな取り方でも1点は1点。
首位を走るチームとして得点があの1点だけっていうのはどうよ、と思うけれど、それでもあの試合内容で勝ち点1が取れただけ良しとしなければいけないのかな。
前節の愛媛戦といい、ネタにはことかかないうちのチーム。
次は1週間後なのでしっかりコンディションを整えて緑戦にそなえておくれ。

気が付くと6月も折り返して、また忙しい月末がやってきます。
27日はお休みをとっていたけれど、もしかしたら出勤しなきゃいけないかも。
というかこれから水曜日の試合観戦は無理かも、という状態。
テンション下がりっぱなしです。

・・・征也は大丈夫なのかな・・・
最悪、代表辞退などという文字も新聞には載っていたけれど・・・


さて、今日は日曜日。
すっかり熱の下がった娘は試験前なので塾に行った後、友達と勉強してくるといって夕方まで帰って来ませんでした。
旦那様は今日もお仕事。まだ帰って来ていません・・・
本当は今日はモエレ沼でちょっとした内輪の集まりがあったのですが、それにも参加できず、私はひとりでゆっくり休んでいました。
久しぶりに昼寝までしちゃいました。
明日はピアノのレッスン日だというのに全く練習していません(^^;
右手親指が腱鞘炎気味なのかずっと痛みがあって、最近では右腕全体だるーい感じ。
仕事で目が疲れているせいもあるかもしれないけれど、肩こりもひどいのです。
私は健康だけが取り得で、注射というものは予防接種くらいしかしたことがありません。
腱鞘炎の注射は痛いっていうし・・・
なんて言い訳してても仕方がないので、ちょっとピアノ弾いてきます。

・・・水戸が愛媛に3-0って・・・・・・
審判誰だったんだろう(笑)


post by LUNA

21:25

ぼやき コメント(2)

new moon

2007年06月14日

普段でも定時に帰ることは少ないけれど、試合の時はよほどのことが無い限りいくら遅くても19時前には帰ることが出来るのに、昨日は仕事でアクシデントがあり、20時近くにようやく退社しました。
負けていることや、画伯が退場したことは携帯で見て知っていたけれど、実際には後半の途中からコレクションハウスで見ていたので、ジャッジについてはよくわかりません。
ずいぶんカードが出ているなぁとは思ったけれど・・・
いろいろといわく付きの主審だったようですね。

でも、後半だけを見ていた私にしてみたら、決定機に決められなかったというのが一番の敗因なんじゃない?とか思ったりして・・・
人数で負けいても最後まで戦う気持ちも姿勢もあったし、実際に相川がゴールを決めてもいます。
あれでまさやんとブルーノのゴールが入ってたら勝ってたんだから・・・と、あくまでも前半を見ていない私の独り言です。

札幌サポとしては今の順位も独走状態もぜんぜん安心できるものではないけれど、ハタから見たら「強い」札幌。
日本人の心理として弱い方を応援したくなるものだし、審判だって人間ですから、全く公平なジャッジが出来るとは限らない。
これから先、こんな試合はもっとたくさんあるだろうし、その中でも勝てるようにならなくちゃダメなんだってことを学んだだけでも良い収穫だったと思います。
時節の徳島戦に出場できない選手を考えるとずいぶん大きな代償だったとは思いますが・・・
ただ、負けた理由がはっきりしているんだから大丈夫。
次までにきっちり修正できるのが今年の札幌の今までと違うところ。
連敗しないこと、それが大事。
明日は新月。
新しいことを始めるのに良い日。
きっと大丈夫。次は大丈夫。


それにしても絶対に間違っていると多くの人が思っても、それを口に出すとガンガン叩かれるってことはどこの世界にもありますよね。
「言わなきゃ良かったのかな?」と考えさせられることが結構最近ありました。
自分の考え方が間違っていたとは思っていないけれど、そのことについて自分自身ではなく、他の大切なものを傷つける形でのレスポンスになるという後味の悪い結果になってしまったのではないか?と思うとそれが悲しいです。
あ、夫婦喧嘩とかそんなんじゃないですよ(笑)
真実が事実と同じということは案外まれなことなのかもしれませんよね。
いろいろ難しい。禿げそう(笑)

明日は新月。そして30日は二度目の満月。
Once in a Blue Moon.
全ての偶然を使い果たしたとしても、起したい奇跡はなんですか?


post by LUNA

23:51

ぼやき コメント(2)