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2000年5月に厚別デビュー。 同年7月29日の浦和戦にてコンサにはまる。 娘は学業専念のためダンスはお休み中。 今年は普通のサポーターに戻ってゴル裏復帰予定。 家族揃って死ぬまでコンサを応援し続けます。
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2008年10月22日
数日が過ぎても 自分が何を感じているのか あんまりよくわからない。 悲しいはずなのに 悔しいはずなのに 心が麻痺してる感じ。 ずっと片想いをしてきた人に 振られたような気分だから。 気持ちが重いんだよ、って 言われたような気分だから。 それでもまた性懲りもなく 「彼」の姿を見に行ってしまうのだろう。 何度振られても 追いかけてしまうのだろう。 永遠の片想い。 それを承知で好きになったのだから。 もう一度、一緒に笑いたい。 きっとそれが全て。
2008年10月19日
愛があるなら 一部でも二部でも関係なく俺たちは応援するんだ 試合後のGMや社長との対話の中で出たUSからの言葉は 多分その場にいた誰もが同じ想いだった。 選手は、監督は、フロントは、チームを愛しているのか? 試合に負けたことよりも、降格したことよりも それが見えないことが苛立ちの原因だった。 試合中、声を出して応援していながらも、後半になると私は自分が何に向かって声を出しているのかがわからなくなった。 私が応援している「コンサドーレ札幌」というチームはそこにいなかった。 借り物の選手がうちのユニを着てプレイしているような気持ちだった。 誰が札幌の選手なの? チームを愛し、絶対に諦めないという気持ちを持って、赤黒の縦縞を背負っている選手はいったい何人いたのだろう? だから降格が決まっても、「来年絶対に頑張って戻るから」とか、去年の寿人のように泣きながらサポに叫ぶ選手はいるはずもなく がっくり肩を落とす選手も、悔しがる選手も私には見つけられなかった。 ゴール裏の声に立ち止まって耳を傾けたのはダイゴただ一人だった。 彼だけが、札幌の選手だったのだろうか・・・ 今日の応援、試合中の90分に集中するために、試合前の声援は控えるということだった。 普段とは違う雰囲気の中で、相手チームの応援を聞いていた。 確かに、選手のいないところでどんなに大声でコールをしても、それはサポの自己満足でしかないということがわかった。 ただ無言でマフラーを掲げるだけの選手入場も気持ちが入りやすい気がした。 残り試合、私たちはどんなふうに応援するのだろう? ホームでの試合はあと二試合。 ドームで浦和に勝ちたい、と言う気持ちはサポだけなのだろうか? 最終戦、勝って終わりたいと言う想いもサポだけなのだろうか? 来年もコンサドーレ札幌の背番号を背負うのは、サポだけなのだろうか? one heart それはサポだけの想いなのだろうか?
2008年10月09日
来年の手帳が並ぶ季節になった。 毎年のように父から同じ手帳を買うように頼まれていた。 10年以上同じメーカーの手帳を使っていた。 何の変哲もない薄い黒い手帳。 シンプルで一番使いやすい、と言っていた。 最近の私の手帳に書き込まれる予定は、 大切な人たちのお誕生日とピアノのレッスン日以外は 試合の日程と結果だけになっている。 仕事は毎日忙しい。 プライベートを楽しむには、寝る時間を削るしかない。 それでも試合だけはなんとか、と思う自分がいる。 手帳に書かれた試合結果は今年は散々だ。 どんなに良い試合だったとしてもスコアはただの数字でしかない。 それでも、その瞬間に一喜一憂したことはしっかり刻まれている。 来年の手帳にはどんな数字が並ぶのだろう? 楽しみ、と言っておこう(笑) 今の仕事は私の一番好きなことではない。 こらえ性のない私にはそれだから良いのかな、とも思う。 好きだからしたい、と思うことが、しなければいけない、に変わったら きっとキツイのだろうなぁと思う。 好きだけど、やりたくない時だってあるだろうし、 どんなに頑張っても、思った通りに出来ないこともあるだろう。 もし、私が音楽を仕事にしていたら、きっとやめてしまっていただろう。 そうわかっていても、自分が一番好きではないことを仕事にしていることが 時々嫌になることもあった。 でも、 父の死を経験して、自分の仕事に対する考え方が少し変わった。 薬で人の命を救うことはできない。 病気を治すこともできない。 だけど、苦痛を和らげることはできる。 だから、その薬を安心して飲んでもらえるように手渡すのが私の仕事。 最後に患者さんが気持ちよく帰ってもらえるように「お大事に」の一言を言うのが私の仕事。 ちっぽけな仕事だけれど、 私じゃなくても出来る仕事だけれど、 父が私になって欲しかった薬剤師という仕事は 結構ステキな仕事なんじゃないかと思い始めている。 「だから言っただろう」と笑う父の顔が浮かぶような気がする。 「今年もあの手帳を買わなきゃ」と娘が言った。 「もしかしたらおじいちゃまが何かを書き込むかもしれないよ」と笑った。 今年も、あと少しで終わるんだね。 今年が終われば、また来年が始まるだけ。 いや、別に深い意味はないさ(笑)
2008年10月06日
土曜日、「ROOKIES」(総集編?)が放送されていた。 「全力で戦って負けるならいい。でもこんなザマで負けたら死んでも死にきれねー。」 みたいな台詞があった。 前節までの何試合かは良い試合が続いていた。 今日はジュビロ戦。 どう考えたって負けられない試合だった。 いや、負けても良い試合なんて一個もないんだけど・・・ 全力で戦って負けた試合だったのかどうかは、選手でなければわからないのかもしれない。 だけど、少なくとも、サポは全力で応援していたのがTVを通してもわかった。 メンタルが・・・と言う言葉もノノから出ていたけれど 今更、何が怖いというのだろう? この期に及んであんな試合を見せられるとは思わなかった。 2週間のインターバルがあれば、この鬱々とした気持ちは晴れるのだろうか? いや、 解説や、ハーフタイムのオフトの言葉に悔しがる自分がいる。 「死んだりなんてしないから!!!」 悔しいと思えるなら、頑張れるはず。 君を呼ぶ声 力にしていくよ 何度も 諦めたりなんてしない。 まだ、ロスタイムは残っているから。
2008年10月01日
今年もヤツの姿を発見。 そろそろかなぁ、と思っていたら、今朝、目の前を横切った。 たいていヤツの出現から2週間くらいで初雪が降る。 ということはちょうど連休のあたり? サテの試合があるけれど、寒くなりそう。 19日の厚別最終戦もきっと寒いね。 ダヴィ、おかえり。 札幌は寒いけれど、アツイよ。 また今日から「日本一諦めの悪い集団」の一人だね。 いろんな雑音や微妙な空気は、ゴールが吹き飛ばしてくれるはず。 まだロスタイムは終わらない。
2008年09月29日
なんだかんだいってみてもやっぱり出るのは溜息ばかりで だけど今朝の札幌は雲ひとつない晴天で まさに「悲しいほどお天気」 通勤のバスの窓から眩しい空を見上げた。 ドリの「何度でも」 落ち込んだりした時に聞くのはいつもこの曲だ。 また頑張ろう。 きっと次が10001回目になるかもしれない。
2008年09月28日
何事もなかったかのように家に帰り 寒かったのでお鍋を食べた。 〆はお蕎麦にした。 おいしかったよ。 明日はピアノだというのに、全く練習していなかったから 久しぶりに真剣に練習した。 新しい曲だというのに一度楽譜を見ただけで放置していたけど なんとか頑張ってみた。 まぁほぼ初見でこれだけ弾ければ良いか。 後は昨日持ち帰った仕事を片付けなければいけない。 この前のジェフ戦やTV観戦だった大分戦の後よりショックは大きくない。 良い内容だった。 みんな頑張ってた。 勝ちたい気持ちが伝わってきた。 勝ちに行ってた、最初から。 いつも右側の上がりが弱くって、なかなか右からの攻撃の形ができていなかったけれど 今日は何度もダイゴが上がっていたし ヒロくんのセンターバックも多少上がりすぎ?って思う時もあったけれどよくはまっていたと思う。 ジュンキくんもデビューおめでとう。 試合前の人文字、キレイだったらしい。 録画していなかったから再放送で見てみよう。 ゴールシーンも良くわからなかったから、ちゃんと見てみよう。 今日、試合に行くまで、テンションを上げるのが大変だった。 試合前の雨も、DJが「彼女」だと知った時も、結構落ちた。 「彼女」の時にはあまり良い試合だった印象がないのだ。 でも、カラッと晴れた厚別は気持ち良くて 「日本一諦めの悪い集団」のダンマクで妙に吹っ切れて 足りなかったかもしれないけれど、ずっと声出して応援して 最後のホイッスルが鳴るまで諦めたりしないでずっと声出して 勝てなかったけれど そしてその結果が全てではあるけれど それでも、今日は良い試合だったと思える。 「何度でも立ち上がれ このエンブレムが胸にある限り」 正確ではないけれど、こんなことが書いてあったと思う。 そして「日本一諦めの悪い集団」。 その言葉って裏を返せば本当は皆もう腹をくくっていて 最終的な結果は変えられないことはわかってるってこと。 それでも、サポも選手も、スタジアムにいる全員で 「日本一の悪あがき」をやってやろうじゃないっていう心意気のような気がした。 可能性がゼロではない限り、もちろん諦めたりはしない。 奇跡がおこらないかって祈るような気持ちもある。 だけど本当はそんなことよりも 試合に勝って皆で喜びたいだけ。 ただ、それだけ。 だからもしも結果が出てしまったとしても 何事もなかったかのようにまたスタジアムに足を運ぶだろう。 ストーカーか、私は(笑) ふふん、世界一諦めの悪い女ですが、何か?
2008年09月26日
去るものは追わず、来るものは拒まず コンサポになって心得たこと。 他のチームに比べたらはるかに低い年俸で 冬の寒さは厳しくって 自慢できるものと言えば 食べ物が美味しい、くらいで 応援だったら他のサポに負けないって思っても We areには規模が違うと一蹴され だから誰かがチームを去っていっても それまでその誰かが頑張ってくれたことを感謝して 黙って見送るしかない。 そしてこんなチームでも来てくれる誰かには 無条件に感謝して拍手で受け入れる。 ダヴィの移籍は決定的だという。 クライトンのシーズン終了後の移籍も確実、と。 怪我をした箕輪も「また縁があれば」という言葉を残して北海道を離れた。 シーズンが終わったら皆いなくなるのだろうと思っていたから それが少し早くなっただけ。 ダヴィに至っては破格の移籍金を置き土産にしてくれるのだし 国内のチームではないから彼を敵に回して戦うこともないと考えれば 得点ランキング2位にいながら最下位のチームにいるなんて宝の持ち腐れより 彼のためにもチームのためにも良いのかもとまで思える。エメのように後ろ足で砂をかけるような去り方ではないわけだし・・・慣れているつもりだった。 こんなふうな不条理なことも コンサポであるならば受け止めなければいけない。 それでも悔しい思いは胸の奥でふつふつとしている。 フロントを変えることも、監督を、選手を引き止めることも私たちにはできない。 「サポーターに感謝している」 「サポーターのために頑張る」 そう言ってくれることはあっても 「サポーターのためにこのチームに残ります」と そう言ってくれることはないのだろうか? 選手のことを思えば、実力がありながら発揮できないでいるよりは 良い環境のもとに送り出してあげようと思うのがサポだ。 彼らだって生活もかかっているのだし、と。 そうやって今まで何人もの選手を拍手で見送ってきた。 彼らの輝いている姿を見るのが楽しみだと思っている。 それでも それでも 自分が負け犬のような気持ちになるのはなぜだろう? このままでは終われない。 サポ以上にそう思っている選手は いったいどれくらいいるのだろう? 私たちの声は 彼らに本当に届いているのだろうか・・・
2008年09月26日
朝から胃が痛くて目が覚めた。 何が足りないのか 試合に勝てない度に問いかけていたが 答えはあまりにも明確だった。 うちのチームにはお金が足りない・・・ あぁ 私がもう少し若かったら アラブの石油王でもたぶらかして スポンサーにでもなってもらうのに。 そうだ ついでに犬飼会長もたぶらかして 秋冬開催なんてとんでもないって言ってやるのに。 でも そんなことはとーぜんできるはずもなく あとは 今いる選手のモチベーションがこれ以上下がらないことを祈るばかり。 その昔Jリーグのお荷物と言われた浦和が今ではアジアを制するまでになった。 サッポロの行く末は・・・?
2008年09月23日
まるでジェフ戦のリプレイのような幕切れで かなりのダメージを受けてTV観戦を終えた。 この前も今日も内容は悪くなかった。 悪くないのに勝てないっていうのが一番きつい。 何が足りない? 気持ちばかりが先走ってしまう。 何ができる? 自分に問い掛けても答えなんて聞こえてこない。 それでもりょうぼさんのブログを見て、自分がスタジアムに行く意味を改めて教えてもらった気がした。 翼を広げている彼らの追い風になること。 私たちの声が風になる。 また、飛べる。 きっと、もっと遠くへ。
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2000年5月に厚別デビュー。 同年7月29日の浦和戦にてコンサにはまる。 娘は学業専念のためダンスはお休み中。 今年は普通のサポーターに戻ってゴル裏復帰予定。 家族揃って死ぬまでコンサを応援し続けます。
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