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強くたって・弱くたって(強く成るさっw)、他人にののしられても、無条件にコンサドーレを愛し・応援し続けますと誓った1サポです。 いつかきっと、J1でも『優勝パレード』やるぞぅ♪… コンサネタばかりじゃ無いからつまんないと思うけど、たまには遊びに来て下さいませ‥‥
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2007年01月31日
移動の季節なのでしょうか ここにも、もう少し居て欲しかった方の移動報告がありました 一見、不器用そうな(失礼)印象のある方でした でも身銭切ってでも、応援に駆けつけていた姿に親近感を持っていました また、直ぐにでも逢うことがあるんでしょうね お元気で、ご活躍下さい
2007年01月29日
シンドラーのリストって映画、一度は聞いた事あると思う 先月・今月と、スカパーで放送されてる中から、観終わったあとに妙な感情が残る作品がこの映画だ 1993年/米 監督:スティーヴン・スピルバーグ 原作のトーマス・キニーリー『シンドラーズ・リスト─1200人のユダヤ人を救ったドイツ人』 実在の人物を主人公とした物語で、キニーリーが偶然出会った“シンドラーの生き残り組” レオボルド ・ベファーベルクから、オスカー・シンドラーの名を聞き、この作品が生まれた
第二次世界大戦時ナチス・ドイツによるユダヤ人の虐殺(ホロコースト)の中、 企業家でナチスの党員でありながら、オスカー・シンドラーが 1,100人以上ものユダヤ人の命を救った実話を描く スティーヴン・スピルバーグ自身もユダヤ系アメリカ人である。 アカデミー賞12部門にノミネート そして作品賞・監督賞・脚色賞・撮影賞・編集賞・美術賞・作曲賞の7部門で受賞した スティーヴン・スピルバーグは、それまでも「優れた娯楽映画をつくる映画監督」として 映画界からも大衆からも高く評価されていた 「太陽の帝国」「カラー・パープル」と、深刻なテーマを扱ったこともあったが、 アカデミー作品賞・監督賞を受賞したのは初めてだそうだ この作品を観たとき、監督が誰なのか知らなかった *あらすじ①* *あらすじ②* 一度目に観たときは、私もこの↑人達の感想に似ていた だが二度目・三度目と観るうちに、何となく引っかかってる思いが何なのか?解ったような気がした *あらすじ③* *あらすじ④* そう、↑この批判内容に似てるのだった 私は気に入った映画は3~4回観る 正直、初めて観たときは描写にしかめ、シンドラーと共に涙した でも何かスッキリしない思いが残って、それから3回観た そして、この映画に対する評価が分かれるのを知った 私は駄作だとは思っていない でもスピルバーグの作品だと思って見ると、余計な感情が入ってしまうかも知れない 実在した人であり、その人に多くの人達が命を救われた事実に違いは無い たった一人の命でも、私に救うことは出来るのだろうか‥‥ 私はこの作品に、そう考える時間を与えてもらったと思っている
2007年01月24日
オフシーズンの楽しみの一つに、Jリーグ番組がある 今年もJリーグ31が、毎晩1チームづつ放送されている 今夜はグランパスエイトだ 番組の中でゲームをするのだが、進行役が藤田俊哉選手だった 彼が05’6月に、磐田から名古屋に完全移籍したときは、とてもビックリしたのを思い出す
長年プレーしてきたチームから、一度オランダ・FCユトレヒトにレンタル移籍して、また磐田に復帰 その後、山本昌邦監督の方針で出番が少なくなり、出場機会を求めて名古屋へ移籍した 私の中では磐田の代表選手の一人だった 番組冒頭で「チャームポイントは‥やっかいな叔父さんw」と答えた藤田 チームメイトにも愛されている事が伝わって、嬉しく少しホッとした 06’3月にも、磐田の代表選手の一人名波浩選手もC大阪にレンタル移籍したと知った時も、ビックリしたなぁ そして今年は東京Vに移籍したから、リーグ戦では名波に逢えるんだなぁ(笑) そうそう、札幌のJ31放送日は、1月30日(再・2月15日)にある
2007年01月17日
最近、札幌の情報が無いのでちょっと寂しい そんな中、ここで遊んでる 懐かしい選手や、忘れてる(苦笑)選手など、今期リーグ戦の始まるのを待ちながら‥‥(^^)v ぁあ!!そう言ってたら ある じゃないですかぁ~(^^;; 嬉しいですねぇ
2007年01月16日
忘れそうに成った(^^;; 一度目は、2006年コンサドーレ札幌・フォトアルバム 申し込みのFAXをしたのが、締め切り前日の12月16日だった 天皇杯だの交流会だのと、バタバタしていて‥‥セーフ 二度目は、オフィシャル・ガイドブック2007年、OSC紹介の原稿提出を郵送したのが、 締め切り二日前の1月13日だった‥‥間に合ったのかなぁ(滝汗)
今日、アルバムを取りに行ってきた(今度は忘れなかったぁ(^^)b) 我が家は三人分のアルバムが選べる ゆっくりゆっくりと、一枚ずつページをひらきながら、昨年を思い出した メッセージ・サインが入る最初のページを見て、胸が熱く成って‥ ビックリしたのがフッキだった 当たり前っちゃ当たり前なんだけど、お国の言葉で書いてあった札幌でプレーしてくれた、いい記念が出来た(笑)
2007年01月15日
フリー百科事典で見る、二人の監督 柳下 正明 氏 * 逸話 2004年に札幌は翌2005シーズンチケット先行販売の申込者に対し柳下自筆の「アクションサッカー」が染め抜かれた日本手ぬぐいをプレゼント、サポーターの間で話題になった。 (今でも、大切にしまってあります) 三浦 俊也 氏 * エピソード は、面白かった 仙台時代、すでに1997年限りでの辞任が決まっていながら天皇杯限定での監督就任を求められたのに対し、「こんな非常識なオファーをすること自体信じられませんでしたが、事情は理解できるので受けました」と記者会見の席で述べた。
2007年01月13日
本音を言えば揺れていた 昨年、ヤンツーさんや城福さんを切ったフロントが解らなく成っていた 経営に口出しできる立場じゃ無いし、そんな力だって無い 地元にあるプロスポーツクラブを応援し、微力ながら支える手伝いが出来るなら、 そして自分の夢をチームに託してきた でも、そんな気持ちが崩れていく いままで我慢し過ぎ去った時間が、空しいものに成ってしまった思いだった
取り合えず、選手がまだ天皇杯を戦ってる間は
自分が来期をどう受け止めていこうかは、封印しようと努力していた
昨日、苦しい資金ぐりの中、一度は戦力構想外にした健太郎と再契約を結んだ発表があった
勿論、健太郎の頑張りを見てチャンスを繰れたんだと思ってる
でも、それだけじゃ無いと思う
何度か話し合いの場を持ってくれたクラブの、サポーターに対しての精一杯の答えでもあったとも思っている
自分の中で、崩れていったものを立て直す力になった
今年ボランティア登録を辞めようと考えていたけど、
もう一度このクラブを信じてみようと決心した
夢をもう一度くれたクラブには、感謝したい
2007年01月11日
俳優・映画監督の陣内孝則氏、上田札幌市長を表敬訪問 http://www.bnn-s.com/news/07/01//070109142230.html この写真の陣内さんが来てるダウン(?)kappaのだよね それも胸ロゴはSAPPOROだよ コンサート、の文字を見れば、コンサドーレだと思っちゃうし、 オムニマークがチラッっと見えただけでも、戻って手に取っちゃうし‥(^^;; やっぱ、病気だなっ!(笑) で、この記事に >新作映画「スマイル」。2月札幌ロケのエキストラ1万人を募集中 ってあるよね 以前も地下鉄での夜中ロケがあったけど、2月は寒いよなぁ 場所は何処をつかうんだろうね
2007年01月10日
もうとっくに決まってた事だから、ちゃんと解ってるんだけど なかなか正式発表に成らなきゃ、ひょっとしたら?なんて、淡い期待なんかしちゃってさぁ‥‥(^^;; http://www.jubilo-iwata.co.jp/news_mt/2007/01/post_750.php http://www.nikkansports.com/soccer/f-sc-tp0-20070110-140709.html 素敵だった加賀くん、磐田できっとレギュラーとって活躍して そして代表に選ばれるくらいの、選手に成ってね 活字になって、やっと諦めることが出来る‥‥(T.T) 諦め悪いよねっw
‥‥で、こっちもハッキリしてよかったぁ 優也くん、晴れて完全移籍でありがとう♪ http://www.nikkansports.com/soccer/f-sc-tp0-20070110-140725.html 今期は個性的なGKが揃ったなぁ 正GKの座を獲得するには、熾烈な競争がありそうだけど それはそれで、とっても楽しみだよん *つぶやき 待ってる人が居る きっと希望が叶うと信じて、朗報を待ってるよ http://j-leaguers.net/news/news.php?200701;1773 (今回は参加してないんだもん‥微笑)
2007年01月05日
ヤンツーサッカーが終わって、丁度一週間が経過しました 気持ちの切り替えには、まだ少し時間がかかりそうな私ですが 07年の春は、もうとっくに切り替わってますね (^^;; ようこそ!札幌へ 「三浦 俊也 新監督」
本日就任されました、三浦さんの記者会見の様子が 先程、コンサにアシストで流れました オファーをくれたコンサドーレに対し 是非、全力で目標を達成したいと言うふうに思います 今までの良いところ、それは勿論消さないで 足りないところを補って行きながら 何と言っても結果というものが、この世界は求められますんで そこは、ある程度優先して考えて行きたいな、と思います 対戦相手をしっかり分析して、相手の良さを出させずに、こちらの良さを出す そういうような戦略的な考え方、そしてチームが、やはり勝利というものが一番大事だという、 一丸になるというところ、その辺のメンタリティーとういのが、 是非もって行けるようなチームにしたいなぁ、と思います リザーブの選手も含めて、出られない選手も含め そして、スタッフ・フロントが一体になった時に、良い結果ってのが 往々にして生まれてますから、ファミリーと成ってやって行きたいなぁ、と思ってます 性格ですかァ?‥‥ 多分と思います どちらかというと、我慢強い性格だと思います 43歳 若いですねぇ(気おくれしそうです‥苦笑)
2007年01月04日
カテゴリーはコンサでは無い‥‥悔しいけど 札幌の快進撃の為に準備した、元旦国立の時間が残ってしまった 準決勝が終わったとき、正月休みの観光旅行にしようと思ってた2泊3日 試合後の忘年会(本当は新年会の予定だった)で、知人より観戦チケットを分けて戴いた(感謝感謝) それもSA席C列、ガンバ寄りのコーナー部分だった
朝、五反田のホテルから明治神宮へ初詣と向かった 思っていたより人は多く無かった。‥って言うか、きっと深夜日付が変わる頃が混んでいるんだろうけれど(笑) そこで何人か、青やら赤やらのニットマフラーを巻いた人を見かけた 私(亭主)と同じ思いで参拝してから、国立へ向かうようだった 神宮の通路脇に、お願いごとを書いて納める箱があった勿論、しっかりとお願いごとを書き込み、お金も同封して納箱してきた 国立の夢は国立のある街の神社だよね(笑) スタジアム通路入り口から見えるスタンド席は、既に真っ赤だった この日は先に、日本女子サッカー決勝もあった そこで女子サッカーの優勝チームが、メインスタンドの階段を登っていく姿を見たとき、急に涙が溢れた
コンサ以外の試合なんて興味が湧かなかった 他のチームが喜ぶ姿を見てるなんて、私には想像がつかなかったから‥ でも、あの階段に登っていたかも知れないと思った時、悔しさが一揆に噴出した 本当は準決勝までで終わってしまった事が、悔しくて悔しくてたまらなかったんだと、その時気付いた 応援だって、サポーターの数だって、サポーターの熱さだって、選手の気持ちだって、どれを取っても負けて無かったあの日 でも、これがサッカーなんだなぁ‥‥そう思うようにしていた G大阪のサポーターは、エコパの倍は居た(苦笑) やっぱ、舐められてたのかなぁ~遠いから?勝利を確信していたから? でも応援はやっぱり札幌のほうがいいよ、絶対いいよ 決勝戦なのに、旗振りポールは5本しか無い?!少なくないか? そんなGとは対照的なレッズは、サポの多さも旗の多さも、流石!とうならせるものがあった 一番凄いなぁ~と思ったのが「天皇杯」と織り込まれた、ニットマフラーを巻いていた事だった もしかすると、今回に限らず天皇杯用に作られた物なのかも知れない 毎年、天皇杯を戦うときだけ巻いてるのかも(笑) 選手入場時には、ユニ型ビッグフラッグが掲出され、その下から現れた人文字も素晴らしかった(ぅん、札幌だってやれるなっ)
試合前、オーロラビジョンに映し出された準決勝ゴールの映像 札幌の2失点目のシーンが映ったとき、近くに座っていたレッズサポからブーイングがあった 私の席の周りは、殆どがレッズサポだった 隣に唯一、関東サポさんがいたので、とても心強かったけど(笑) 試合中、ボソボソ話してる私達の会話が聞こえたのか「札幌の方ですか?惜しい試合だったんですよね」と前の方が声を掛けてくれた (そうなんです。旗が揚がってれば歴史は変わってたかも‥) そう言いたい気持ちをグッと抑えて 試合は一方的でつまらないものだった Gは大半を攻めていたのに、結果はレッズになびいた やっぱり、札幌にもチャンスは有ったなぁ~と、益々悔しい そんな貴重な時間を体験し、学ぶことも多かった天皇杯 今度チャンスがあったら、この経験を糧にしてしっかり勝利を掴みたい 帰り道寄ったカフェショップで、少しだけ寂しい気持ちに成った 私達なら名前も顔も知らない同士でも、コンサレプリカを着てたら ニッコリ笑って「今日はおめでとう!」とか帰りは「お疲れさまでしたぁ~」とか、声を掛け合うよね でも、沢山レッズサポがレプリカ着たまま休んでるのに、誰一人として声掛けないんだよね たった今、天皇杯優勝したんだよっ! 嬉しく無いはずないよね‥‥寂しいね 私は札幌のサポで本当に良かったよ‥‥つくづく
2007年01月04日
2007年も、いまこうしてPCの前に座ってる間に3日から4日に変わっていく コンサドーレ札幌のゲームを、初めてスタジアムに見に行ったあの日から、 もう9年が経過した クラブ10周年記念の年は、天皇杯準決勝まで勝ち進み 夢だと思っていた元旦国立での決勝戦も、それ程遠い夢じゃ無かったんだ ‥っと、現実的に思わせてくれた
リーグ戦でも遠征は年間5~6回ほどなのに、この2ヶ月間の遠征費は‥笑 「今行かなきゃ、一生後悔するよっ」と言われたり 「こんな事、もう死ぬまで無いかもしれない」とも言われたり‥‥言い過ぎだよん凹 準決勝当日、羽田には予定より15分遅れで着いたおかげで、新幹線乗り継ぎが危うかった 預けたポールもなかなか出てこない やっと荷物を受け取り、それからはJRに乗っていても気持ちは走り 新幹線乗り継ぎでホームに降りた時は、駅員さんを捕まえて 「新幹線に乗るんだけど!どっち~?!」っと、きっぷを握り締めて叫びながら走り続けた(あとでその姿を想像したら。笑) お陰でツアーのみんなに追い付き‥‥もぅ、死ぬかと思ったよ私がエコパに着いた頃は、もうピッチ練習が始まっていた 急いで、札幌から運ばれてきた3連ビッグフラッグ掲出の準備に参加した 選手入場から繰り広げられた応援も、サポーターの数も、G大阪など敵じゃなかった 試合中、G大阪の応援は聞こえなかった 札幌の応援が切れたときだけ、少し聞こえた程度だった 失点しても、ちっとも負けてる気はしなかった むしろ相川の綺麗なシュートは、鳥肌ものだった でも、札幌の2006年は全て終了した フクアリや、ユアスタで無くて、エコパに漂ってるものがあった それは、4強を褒める満足した空気だった 準決勝まで勝ち進んだのはとても嬉しいけど、この試合に勝利して決勝を戦うのが最終目標のはず 勿論、エコパに来てるサポーターみんなが描いてるはず でも「もう此処まで来られたんだから、負けても悔いは無いよねぇ」と言う会話は、どこにでも流れていた 本音は「負けても立派な成績だよ」と言うほうで 建前は「今日勝って、国立へ行くんだ!」だったように感じた そう言ってる私にも、そんな気の緩みが無かったか?と自問してみたり‥‥ もう誰もが思ってることだけど、これが実力だったのかも知れない あの時、旗が揚がってたら歴史も変わってたのかも知れない でも、もし延長戦に成ったら勝てたのだろうか? 前半1点先制のままハーフタイムに入ったとき、正直もっと得点されると思っていたから 「なんだ、札幌にも勝機は有るよ」と話していたのだが‥‥ どう見てもGの選手は上手かったし、ゲームが進むにつれて 札幌のプレーにも馴染んで来てたようにも見えた でも、それを認めたく無かった 札幌だって頑張ってた 選手同士でプレ-をフォローし合ってたし、スピードにもあたりにも負けてなかったしね 終わって挨拶に来た選手は、誰もが満足感と清々しい表情だった 記者会見後戻ってくれた監督も、送る私達は感極まって涙だったけど 監督はやり終え、肩の荷を下ろしたように見えた
同じ絵を描くのは、何も選手だけじゃ無いと思う 天皇杯で国立に行こう!と歌ったサポのみんなも、同じ絵を描いていたよね フロントだって始めは、何処まで勝てるのだろうか?と思っていたはず でもちゃんと元旦まで、優勝報告イベントの準備まで考えていたと聞いたとき みんな同じ絵を描けるように成ったことが嬉しかった この10年間は無駄なんて無かったと思いたい 過ぎ去った全ての時間はこれからの糧に成り、2007年からの目標もしっかり見えて来たと思う 何だか、今までで一番手ごたえを感じる春が来たと思ってる *追記 この歴史の1ページを残しておきたい http://www.jsgoal.jp/news/00042000/00042645.html http://www.jsgoal.jp/news/00042000/00042722.html
2007年01月01日
新年明けましておめでとうございます
昨夜は、五反田のホテルにてゴロゴロとしていました
街を歩くも、大晦日にあいてるお店は少なく(当たり前だよね)
でも、地元のお蕎麦屋さんで美味しい年越し蕎麦は、たっぷりと満喫しました
これから明治神宮に初詣をして、国立競技場に向かいます
今日の試合がG大阪での最後のプレーに成る、宮本選手でも見てきます
札幌だったら、会場が真っ赤だったのにねぇ
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強くたって・弱くたって(強く成るさっw)、他人にののしられても、無条件にコンサドーレを愛し・応援し続けますと誓った1サポです。 いつかきっと、J1でも『優勝パレード』やるぞぅ♪… コンサネタばかりじゃ無いからつまんないと思うけど、たまには遊びに来て下さいませ‥‥
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