2006年09月02日

ダラスの熱い12日間⑮

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行(最終回)

4月17日(月) 第11日目&第12日目

 早朝から慌ただしかった。選手たちの一部は朝6時半にはホテルに送られてくるという。月曜日の今日、仕事に出かけるホストファミリーの方々も多く、共稼ぎの場合は否応にも朝早くホテルに送ることになる。最後に各ホストファミリーの方々にお礼をするため、早々とホテルの前に立っていた。別れのスタイルはそれぞれ違う。涙を流す者、ニコニコと握手をして去る者。よく「出会いは別れの始まり。」と聞くが、それにしても別れはつらいものだ。

 他のチームの出発もありフロントロビーはごった返していた。その中にひときわ大騒ぎをして別れているチームがあった。イラクのユースチームである。あのイラクからも今回参加していたのか。米国とイラク。世の中の表と裏の関係を複雑な思いで見つめていた。しっかりと友好が育まれているではないか。いづれにしても平和は大切だ。スポーツには国境がないことが、今ここで証明されている。今後もずっとイラクが参加することを願った。

 さて、いよいよホテルを出発する。見送りに来てくれたホストファミリーもたくさんいた。バスに荷物を全て詰められず、特別にバンをもう一台用意してもらった。選手たちの経験や思い出もいっぱい詰まっていることだろう。

 空港に着き、今度はスムースにチェックインが出来た。皆も慣れたものだ。ミゲールさんもジョージさんもまた息子のマテウス君も見送ってくれた。来年の再会を誓って。そのためにはどうしても今年、国内で優勝しなければならない。しかもその前にまず北海道地区で代表に選ばれなくてはならない。選手たちにそんな強い期待と願いを抱きながら、機内へ乗り込んだ。

 成田空港に到着したら、すでに4月18日(火)午後になっていた。全ての荷物を受け取り、レオさんはここでお別れの挨拶をした。選手一人一人と握手をして、再会を誓い合った。選手とコーチ勢を見送り、ここで団長としての役目も終わった。後発便にて千歳着。千歳空港の夜もすっかり冷え、一人高速道路をひた走った。選手たちは無事に家に着いたのだろうか。家族の出迎えはあっただろうか。アメリカでできた新しい家族との経験によって、本来の自分の家族に再会した今、思いは出発前の時と変わっただろうか。けが人も一人のみで済んだ。今回の遠征を通して選手達は一人一人得難い経験をして、一回り大きくなったに違いない。

 終わり

posted by kadowaki |09:42 |

2006年09月02日

ダラスの熱い12日間⑭

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月16日(日) 第10日目

 最終日となった。いよいよ今日一日で遠征は終わる。今日は地元のクラブチームとの試合。適当な相手が見つからなかったため、どうやらU17のチームらしい。さすがに負けてはなるまい。最後ということもあってか選手たちも気合が入っていた。試合会場はまた街中のフェンスのないグランド。こりゃまたボール拾いが大変だ。どこへいくかわからない。但し今日は日曜日ということもあってギャラリーもたくさんきていた。このクラブは女子チームが有名で強いらしい。監督もわざわざブラジルから招聘しているぐらいだから本格的だ。その彼女たちも応援に来るという。俄然我がチームも張り切った。ところがキックオフの11時になっても審判が一人来ない。急遽ジョージの息子さんであるマテウス君が副審をすることになった。
 
 多少遅れて試合開始。開始10分で決着がついた。1歳違えばこうも違うのか。我がチームの攻撃が敵陣で一方的に繰り広げられ、ボコボコとゴールへ入る。ピッチのもう半分はほとんど使わなかった。相手も戦意喪失。後半に入っても変わらない。とうとうレフリーが途中で試合終了を告げてしまった。終了の挨拶が終わると相手方の女子チームのガールたちが飛んできて、一緒に写真を撮ってくれと言われていた。選手たちは唖然としながらもニヤニヤしながら写真に写っていた。嬉しそうだった。全てが開放された気分になっていたのだろう。バッジ等を交換していた。

コンサドーレ札幌(札幌) 6 - 1 ノーステキサスU17(ダラス)
 
 昼食を取り、いよいよスーパーグループ決勝試合の観戦だ。最後まで残っていたのは予想外にも地元ダラスのテクサンズ・レッド(ダラス)と我がチームと1回戦で戦ったメキシコのサントス・ラグ-ナ(メキシコ)だった。あのマンチェスター・ユナイテッドとレアル・マドリッドは準決勝で敗退したらしい。また2台のバスに乗りピザハットスタジアムのメインスタンドに向かった。キックオフは18時。太陽の日もうっすらと弱みがかっていた。さすが決勝戦だ。地元のチームがファイナリストでもあるからか、約1万5千人は集まっていただろうか、観客が多い。さらにダラスはメキシコからの移民も多いので、対するメキシコ人も数多く応援に駆けつけてきていた。またもやピザとジュースで観戦。ビールが飲みたいが、やはりない。
 
 試合は押し気味のメキシコ優勢で進められたが、アメリカも2人程ユース代表選手がいるらしく五分五分だ。北林豪元選手にそっくりな日系二世の選手が活躍していたのも印象的だ。しかし、どうもジャッジがおかしい。ワールドベースボールクラシックのアメリカ人審判を思い出してしまった。結局地元ダラスのテクサンズが優勝した。
 
 選手たちは各ホストファミリーへの家路に着き、最後の夜を過ごした。帰路の車の中はめずらしく静かだった。ミゲ-ルさんも何もしゃべらなかった。

posted by kadowaki |09:38 |

2006年08月31日

ダラスの熱い12日間⑬

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月15日(土) 第9日目

 いよいよ残すところ後2日。自分としてはもう1ヶ月以上も滞在しているように感じるが、選手たちはそうも思っていないらしい。慣れたせいか快適でずっと残っていたいような話をしている。それぞれのホストファミリーとの会話もしっかりしている。頼もしい。

 今日はアメリカ・フィラデルフィアのFCデルコ戦。9時にホテルを出発。昨日と同じ大学サッカー場での試合となった。この試合も親善試合だから入れ替えを自由にしようという提案が事前にあり、従うことにした。相手はわりと手強い。相手側も我々が日本代表のチームであると思い真剣にあたってきた。結果はスコアレスドローとなった。

 コンサドーレ札幌(札幌) 2 - 2 FCデルコ(フィラデルフィア)

 午後はまた自由時間をたっぷり与えられ、ホテルのプールで過ごす者、ホテル近くのウオルマートで最後の買い物をする者等、夕方まで各自自由に時を過ごした。

 夜はこの遠征で最後の夕食となるので、これもまた日本人の経営者でない日本食レストランへ行くことにした。やきとり、さしみ、てんぷら等々何でもあるが全てバイキング形式となっていた。本格的な日本食というわけにはいかなかったが、それでもミゲールさんとジョージさんは大満足していた。

posted by kadowaki |21:43 |

2006年08月31日

ダラスの熱い12日間⑫

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月14日(金) 第8日目

 今日からフレンドリーマッチが始まる。第1回戦だ。選手たちはもうすっかり現地に馴染んでリラックスしているようにみえる。試合会場も今までのビッグなサッカーグランドと違い大学のサッカー場になった。ピザハットパークが出来るまではここが会場となっていたらしい。ここもとてつもなく大きなフィールドだった。サッカーグランドが15面はあるだろう。ただフィールドの芝はあまり良いコンディションではなく時折禿げている。グランドも平らではなくホーム側からバック側のタッチラインが見えない。つまり馬の背のようにそりあがっているのだ。それでもちゃんと公式審判員がついた公式試合なのだ。

 この日はコスタリカのサプリサとのゲームだった。体つきは大きいがプレーは荒い。選手たちは相手のパスを通すことを許さず、我々の一方的な攻撃によって進められた試合だった。どうやら我がチームは外国人選手との戦い方をつかんできたらしい。いつの間にか選手交代は何度でも何人でも自由となっていた。我がY監督は厳しく抗議したが、フレンドリーマッチなだけにおかまいなしだった。

 コンサドーレ札幌(札幌) 4 - 1 サプリサ(コスタリカ)

 試合後、選手たちのホストファミリーが一団となってダラスのロデオを見学させてくれるというので、残りの選手一部とコーチたちは、また別の街のショッピングへいくことになった。
 
 この日もまた英語で面白いやりとりがあった。ホテルを出発する際、Fコーチだったか、ジョージに「ちょっと、待って。忘れ物しちゃった。取ってくるから。」というと、「オーケー。アンモニアタイム。」というのだ。自分もちょっとそう聞こえた。Fコーチは「エッ、アンモニアタイム?ノートイレ。」あとでレオさんにじっくりとこのいきさつを話し解説してもらった。答えはこうだ。「I’m on your time.」が、「アンモニアタイム」に聞こえたのだ。「どうぞ、お好きなように」という意味だって。なるほど、また一つ勉強になった。

posted by kadowaki |21:39 |

2006年08月30日

ダラスの熱い12日間⑪

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月13日(木) 第7日目

 今日は公式予定が全くない。その傍ら、予選敗退をしたチームによって行われるフレンドリーマッチの受付が行われていた。ミゲールさんが我々の実力にあったチームを探してくれた。明日第1日目はコスタリカのサプリサU18、第2日目はフィラデルフィアのFCデルコ、そして第3日目は地元ダラスのノーステキサスU17に決まった。

 午前はボールボーイにとっては恐怖のサッカー場での練習だ。少しは健康のためにと思い、選手達の年頃の自分を思い出し高校時代は野球をし,大学では庭球部だった多少の自信も手伝って、今日は一人でグランドを5周しようと張り切ってみたが、2周で挫折した。並みの広さではない。午後はショッピングにいく予定となっており、向かう途中スナック系のレストランに入り昼食を取った。誰(ジョージさんかミゲールさんか)が選んだのか、バニーガールがサービスするちょっと場違いのスポーツバーだった。選手たちはまだ若いとはいえ目が違った。もちろんコーチ陣もだ。選手たちはこの際と思ったのか英会話の特訓を始めた。やはり上達はこういうところからが一番早い。帰り際にはそれぞれが彼女たちと記念写真をばっちり撮り、バスに乗り込んだ。

 ダラス最大のアウトレットショッピングはダラス空港の西側郊外にあった。ジョージさんはホテルのフロントでルートを聞いて出かけたのだが、40分で着く予定が1時間経っても着かない。ミゲールさんが「もしかしたら・・・」と言ったとたんガソリンスタンドに入った。ガス欠かと思ったものの、スタンドを素通りしてコンビニに飛び込んだ。やはり道を聞いたらしい。どうやら我々は空港の東側のフリーウエイをひた走っていたようだ。そこから目的地までさらに30分かかった。到着すると前には地上3階建ての大きなショッピングアーケードがそびえ立っていた。そこで約3時間のフリータイムとなった。何を買うあてもなく一人2周した。ランニングより疲れた。皆それぞれたくさんの土産を手に、集合場所へ集まった。

 その日は、何事もなく終わった。

posted by kadowaki |23:16 |

2006年08月30日

ダラスの熱い12日間⑩

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月12日(水) 第6日目

 いよいよ予選リーグ最終戦。今のところ2戦2敗。今日相手となるイギリスのブラックバーン・ロバーツも2敗しているらしい。最下位争いとなる。なんとか一矢を報いたい。

 11時にホテルを出発。ピザハットパークのピッチサイドでスナックを食べてから14時のキックオフに臨んだ。今日はとりわけ動きが良い。プレスもよくかかっている。セカンドボールの拾いも良くパスが通る。相手チームのパスワークはすべて上に浮かせ、ドリブルに切れ味がみられない。逆に我がチームはグラウンダーを利用し巧みに足もとのパスを繰り広げる。この違いがまず我々の先取点に繋がった。前半は1点リードのまま折り返し後半に入った。後半も変わらず攻め続け1点ゲット。残り数分のところで1点返されたが、みごと初の勝利をもたらした。皆大喜びでグランドは湧き上がった。ミゲールさんも飛んできて、「よくやった。イギリスの選手はドリブルとショートパスに弱い。まさにその弱点をついた良いサッカーだった。」わかっていたなら最初から教えてくれればいいのにと思ったが、うちのコーチではないのでこちらから質問しないと答えないということがわかった。後で我がチームの総評をしてくれたが、さすがプロだと思う観察力だった。久しぶりに良い気持ちでホテルに戻り、選手たちもホストファミリーが迎えにくるまでホテルのプールでくつろいだ。

 コンサドーレ札幌(札幌) 2-1 ブラックバーン・ロバーツ(イギリス)

 夕食はレストランにてブラジル料理ときた。ミゲ-ルさんの郷土料理だ。さすがにうまかった。またミゲ-ルさんの講習が始まった。今日で大会も終わり概ね総括だ。彼いわく、まだ20歳未満の選手は1才違うだけで体力に大きな差がつく、イギリスの選手はドリブルとショートパスに弱い、メキシコと日本はサッカースタイルが似ている、日本の選手は速いが球捌きが不得意、来年も是非国内で優勝して来て欲しい、等と言っていた。すべてに通じることがありなかなか参考になった。

posted by kadowaki |23:09 |

2006年08月28日

ダラスの熱い12日間⑨

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月11日(火) 第5日目

 今日は我々スーパーグループの試合がない日である。初めてのオフだ。午前中に軽い練習をして、午後は観光というスケジュールになった。観光といってもダラスのJ.F.ケネディ博物館しかないのであるが。まずはまた2台のバンに分乗、ジョージさんとミゲールさんの運転で出発だ。今日はまた練習会場が違うらしく、地元のクラブチームが使うサッカー場を使わせて頂いた。この練習場は左側にも右側にも道路が行き交う、比較的町の中心部に位置していたが、やはりフェンスがなかった。まったく、普段危険なことは起きないのだろうか。そこはフルピッチのグランドが5面はあったが、芝は誉められたものではなかった。一番コンディションの良いピッチを選んで練習が始まった。

 炎天下のボール拾いは忙しく、きつい。ボール拾い係りは練習中には主立った使命がない団長とレオさんしかいない。特にゴールキーパーの練習はプレーヤーがゴールに向かってバンバン打ち、キーパーはそれを跳ね返すので必ずボールは飛び出す。二人で必死に追いかけるがどうしてもボールがコロコロと道路に飛び出してしまう。車が走る中まさに命がけである。2回ぐらい急停車をくらった。基礎練習から始まった練習を終え、最後のメニューである10分の紅白試合が始まった。これが終われば昼食。今回初の日本食が食べられる。そろそろ全員日本食に飢えていたのだ。

 突然だった。大きな悲鳴がピッチの中央から聞こえた。一人の選手が倒れ込んでいる。特段ひどくぶつかりあったわけではない。おそらく交わそうとして足でもひねったのか、大声で「痛い、痛い」と叫んだ。どうやらただ事ではなさそうだ。すぐにMトレーナーが氷で膝のあたりをぐるぐる巻きに湿布する。よほど痛いのか、本人は「すみません。すみません。」と言いながら顔をゆがめて傷みをこらえている。靭帯を切ったのだろうか。いずれにせよ病院に連れて行かねばならず、本部に連絡、病院の手配をし、患部を氷で冷やし、それでもまず昼食を取るレストランに向かった。けがをした選手は仲間の肩で支えてもらいながら全員レストランへ向かい、皆の表情も暗いままおにぎり、てんぷら、みそ汁等をたっぷり食べた。本人も少し落ち着いてきたらしく、にこやかになってきた。昼食後レオさんが本部のスタッフに出迎えをお願いし、病院へ直行した。

 我々は複雑な気持ちになりながら、ダラス市内のJ.F.ケネディ博物館へと向かった。今日もとても熱い日で、近くの駐車場から狙撃したとされる古い倉庫のようなビルまで歩くだけも長く感じた。入り口で日本語のイヤホンを貰い、各自エレベーターで6階の狙撃現場へ上がる。そこから日本語案内の音声を聞きながらケネディ氏の生い立ち、暗殺、犯人逮捕、謎の黒幕の状況証拠まで、きめ細かく約30分間見学した。自分はこの出来事をまさに日本で経験しているだけに、歴史の重みをしかと受け止められるが、選手たちは果たしてどう感じたのであろうか。当然彼らはまだ生まれていないわけで、良く理解できなかったかもしれない。

 選手たちは我々歴史体験者よりもサッサと早く出て、土産物を買い込んでいた。外に出ると炎天下の中ケネディ氏がちょうど狙撃された場所へ案内される。現在もちゃんとした道路として使われているが、狙撃されたとする場所にポイントマークが描かれていた。そこをバックに記念写真を撮る観光客で道路はごった返し、しばしば車の渋滞が起こる。単なる街の風景だが、ここから歴史が大きく変動したと思うと、来た意味は多いにあったのかもしれない。

 ホテルに戻って、選手たちは各自ホストファミリーに分かれ帰っていくが、けがをした選手の状況がまだ一向に判らない。病院に行ったままだ。当然レオさんも戻っていなかった。彼らが戻ってくるまで夕食を取らず待つことにした。20時半ごろレオさんがようやく戻ってきた。靭帯の損傷らしいが詳しくは帰国しないとわからないらしい。本人は松葉杖をついてホストファミリーの元へ帰ったそうだ。ホストファミリーもびっくりしていたが、松葉杖を買ってくれ、その後もずっと病院に付き添ってくれたと聞いた。診察には6時間程待たされたが、結局たったの3分で診察が終わったとか。しかも600ドルもかかったそうで、いかにアメリカの医療費は高いか目の辺りにしてしまった。幸い患部の腫れは治まり、どうやら大きな症状ではなさそうだ。まずまずホッとした。

 今夜も遅い夕食となった。車で近くを走っていると日本語の「神戸ステーキ」という看板が気になった。早速レストランに入ってみると日本人はいない。日本人的な顔をしていても全然日本語を話せない。どうやら韓国人らしい。英語のみが通じる日本食レストランだった。しかしFコーチはすごい。良く食べる。以後彼は我々の残りを引き受けてくれるようになった。

posted by kadowaki |09:13 |

2006年08月27日

ダラスの熱い12日間⑧

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月10日(月) 第4日目

 そろそろ選手も我々スタッフも日常の生活にも慣れてきた。スタッフは各自で朝食を取ることになり、10時には昼食のスナックを準備し、バス2台で出発した。今日は1正午から第2戦、対アイントラフト・フランクフルト(ドイツ)との試合だ。11時前には会場のピザハットパークに到着、軽く昼食を取り、予定通り正午にキックオフされた。このチームも大型の選手を揃え、テクニシャンの揃えているチームだ。ボールを左右に振りサイドよりポンポンとゴールめがけて放り込んでくる。高さがあるだけにセカンドボールのコントロールも正確で、残念ながら完敗。力の差をまざまざと見せつけられた試合内容だった。

コンサドーレ札幌(札幌)0-4 アイントラフト・フランクフルト(ドイツ)

 選手たちも大会3日目になるとある程度の慣れと時差ボケに悩まされ、疲労もピークに達する。いわゆるプレスが弱い。出来ても跳ね飛ばされ転ぶ。チームの一番の課題がここにあった。これをどう打開するか。チャンスはないのか。世界の壁は厚い。

 敗して早々今日は早めに切り上げ、ショッピングの下見ということで、ダラスで有名な5番街に行くことにした。どこのショッピングアーケードもやたら広い。見て歩くだけで疲れてしまう。まだまだ買い物の気分ではないので、ここも皆さっさと切り上げた。

 帰りのバスの中での会話がまた面白かった。そう、出発前に聞いていたとおり、ミゲ-ルさんは運転中、話が夢中になると助手席のほうを向いてハンドルから手を離して身振り手振りで話してくる。ウィンカーもつけっぱなし。「ミゲ-ル、ウィンカー。」「オー、サンキュウ-。」ニコッとしながらもこちらは気が気でなかった。挙げ句の果ての落ちはホテル周辺でこんな話から始まった。ホテル内のサウナは混浴であり、相当自信がない限り日本人の男性は皆圧倒されるそうだ。しかも面白いことには女性専用ではなく男性専用のサウナがあるという。そんな話を聞いているうちに右折するのを忘れてとうとうホテルの周辺を2周するハメに。「オー、マイゴッド!」それ以降、ミゲールさんには帰りにホテルへ近づいたところで「ミゲ-ル。ところでホテルのサウナはどうなの?」と聞くと、「もう。その手にはのらないよ。」

 選手たちは迎えに来てくれたホストファミリーの家へそのまま帰っていき、我々スタッフはレオさんの会社持ちで韓国式焼き肉料理に連れて行って頂くことになった。ダラスで一番といわれている焼肉屋はあいにく定休日で、韓国街といわれる街の焼き肉屋へたどり着き、またミゲ-ルさんのお話を中心とした夕食会が始まった。

posted by kadowaki |10:44 |

2006年08月25日

ダラスの熱い12日間⑦

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月9日(日) 第3日目(2/2)

 試合終了後、そのままメインスタジアムで開会式が始まる。全員着替えて開会式場であるピザハットパークスタジアムに入った。このスタジアムがまた驚きだった。一口で言えば巨大な穴の中のスタジアムというべきか。外見はただ,3階建て程の普通の建物に見えたが、入口から中に入ると足元から観客スタンドが下に降りていく形で巨大アリーナが中央の1面のみのフィールドを囲んでいる。スタンドは2万人収容だという。したがって外からみると大きく立ちはだかっているいわゆる巨大なスタジアムには見えない。随分シンプルな感じがする。椅子は札幌ドームと同じような肘掛の固定椅子だった。

 まだ沈まない太陽の日が差すなか、午後5時から音楽とともに入場行進が始まった。各チームの前に地元の少女たちがプラカードを持ち、チームごとに紹介される。スーパーグループは最年長グループなので比較的最初の方に入場していた。ところであの竿はどうしたのだろう。ふと思った。成田空港で置き去りにされた竿。到着の翌日、アメリカン航空から無事ホテルへ届けられたらしい。堂々の入場行進だった。皆明るい顔している。大きく手を振りながら歩いている。ここではかわいい少年に見える。そしてとにかく入場行進は長い。選手が多い。U12までの選手全員が揃うまで1時間以上延々と行進は続いた。

 そしてとうとうピッチ内に4千人全員が揃うと、開会宣言もなくあっという間に解散だった。スタンドに1万人はいただろうか。お目当ては19時から始まるスーパーグループU19のAグループ、マンチェスター・ユナイテッドU19対レアル・マドリッドU19の試合だ。今大会のビッグイベントマッチというところか。これを目当てに大勢の観客が集まっていた。我々はどっちを応援しようと思うまでもなく、試合観戦を前半で切り上げた。内容的にはそれほど参考となるプレーはなく、良い試合とはあまり思えなかった。(後で聞けばマンUが勝ったそうだ。)

 ところでさすがピザハットスタジアムだけにピザしか売っていない。飲み物もソフトドリンクのみ。ここでもビールが売られていないのには驚いた。アルコール類は一切売っていない。なんせここは禁酒王国なのだ。ホテルに戻ってからもう一度夕食を取ることにした。既に午後10時を過ぎていたので、またパスタしかなかった。ホテルのレストランで頼んだたった一杯のグラスビールは最高にうまかった。
 
 またまたミゲールさんの2回目のサッカー講義が始まった。サッカーの公式審判員もしたことがあるそうだ。ちょうど、我がトップチームのフッキ選手がレッドカードで退場となったこと等、御難続きだったのでどうしたらよいか相談した。彼いわく、まず審判と仲良くなること。普段から話し掛け、挨拶をきちんとする。要するに印象が良ければ、迷った時にはなかなかファールの判定を本人にしづらいそうだ。話も盛り上がっていたが時はあと1時間ほどで3日目の今日も終わろうとしていた。解散後、なんと彼はその後サウナにいったとか。

posted by kadowaki |19:34 |

2006年08月22日

ダラスの熱い12日間⑥

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月9日(日) 第3日目(1/2)

 いよいよ大会本番の日だ。午前9時半に全員集合。体重検査。各自面談をし、コンディションをみる。今日は14時からのキックオフなので、午前11時からホテル周辺を散歩した。今日も熱い。結構な距離を歩いた。郊外型のホテルなだけに緑も多く非常に気持ち良く歩けた。その時の話だった。ある選手が昨日練習していたらゴールの近くで紙幣35ドル拾ったというのだ。実は夕べホテルに戻って着替えをしているときに、自分の小銭、つまりジャージに入れていた紙幣がなくなっているのに気づいた。どこを探してもない。もしかしたらルームメードにやられたか・・・と思いつつ諦めていたのだ。それが今、めったに動かさない体を思い切り動かしていたものだから、その時にジャージのポケットから落ちたのだと判明した。選手たちの嬉しそうな会話を聞けば、最後までそれが自分のものだと言い出せず、じっと我慢して諦めた。皆は早めの昼食をホテルのハンバーガーでまかなった。

 正午、ホテルを出発。会場まで道に迷わないことを運転役のジョージさんに祈る。フリーウエイを通り約40分、サバンナ特有の殺伐とした荒野の中に忽然とサッカーパークが現れた。2万人収容のピザハットパークスタジアム、17面のサッカー場(6面天然芝、11面人工芝)だ。とにかくでかい。しかしまだ歴史が浅いせいか、立ち木も小さく日陰をとれるところが全くない。まさにこれは火傷を覚悟せざるを得ないところだった。また、ここも周囲に1メートル強の高さのフェンスがあるのみで各コート間の金網は全くない。試合中でもボンボンと別コートのボールが入ってくる。

 周りの施設を一回りしてようやく我々の試合会場である7番コートにたどり着いた。すでに対戦相手のメキシコ代表サントスはウオーミングアップをしていた。昨年この大会のスーパーグループで準優勝をしたチームだ。とにかく体格が良い。見渡す限りの選手と比べてみれば、うちのチームはとても小柄だ。確かにこのスーパーグループはカテゴリーでいえばU19。今年の8月1日まで19歳であれば良い。いわば我がトップチームに所属しているフッキ選手みたいなのがゴロゴロしているのだ。我々は、この大会中に18歳の誕生日を迎える選手が最年長。えらいところに来たものだ。これは玉砕しかない。世界の胸を借りることにしよう。

 ひと通りの儀式を終えて、ちょうど14時00分キックオフ。日曜日でもあり各ホームステイの家族がたくさん応援に駆けつけてくれていた。もうすでに家族の一人と見られていて、名前も皆ファーストネームで呼んでいる。試合はしばらくは模様眺めで進んでいた。意外と好戦している。突然セットプレーから得点を入れた。左45度から足でボレーシュート。見事に決まった。これはいける。と思ったらつかの間、相手側が焦ったのであろう。相手側が突然目を覚ましたように怒涛の攻撃を仕掛けてきた。5点も入れられてしまった。実力的には遙かに相手が上だと認めざるを得ない。いや、最初にしては良くがんばったと思う。まだ時差ボケもあるのか、この熱いところでは最後は誉めてやるしかない。次の試合に期することにした。

 サントス・ラグ-ナ(メキシコ)5 - 1 コンサドーレ札幌(札幌)

posted by kadowaki |20:45 |