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名前:ぺっち 札幌市内のコンサルの情報部門に勤務している30代サラリーマン。家族は奥さん+5ネコ。長女みや(楽な世界に長期出張中)、次女ねね、三女まき、長男にあ、次男ある。博士(システム情報科学)。2002年、厚別のS席で見たゴール裏の風景が忘れられず、いつしかB自由の住人に。以来ずっと、不遇にめげず通い続けています。

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死後

2007年06月25日

今日もスピリチュアリズムで行きたい。行かせて下さい。

スピリチュアリズムとは、死後の存在(死後存続という)を認めること。狭義には、生が死後の準備のための修行ないし勉強期間であること、あるいは存在は永遠に修行を重ねるために在ることを認めること。自分は後者の立場をとる。
ここ数年、江原啓之氏の活躍などでスピリチュアリズムがブームとなっていると思う。ブームは早晩、過ぎてゆくと思うが、種は播かれたように思う。感じるひとは感じただろうし、まだ感じることができない人も多いだろう。
いずれにしても、死ねばわかること。

ここで現実主義者の方に有利なお話を。
絶対優位の原則というものがある。企業等の利益追求主体において、いかなる場合にも利益を確保できる戦略を採用することを指す。そのような絶対優位の原則の立場から、「死後存続は認めたほうが有利」。
(出展は飯田史彦氏のWebサイト)

・死後生が存在しない場合
存続論者は死後生を信じ希望を抱きこの世を去ることができる。一方、否定論者は少なくとも自分の存在が消滅することを実感しつつ世を去るしかない。
・死後生が存在した場合
存続論者は持論の正しさを実感することになる。一方、否定論者は自分の誤りを知り、かつ唯物主義的人生を回顧して(おそらく)悔やむことになる。

まあ、自説に対する誇りという観点を除外した説ではあるが、一考に値すると思いませんか?

いずれにしても、長い人生。一度は考えてみたら?
例えばこんなサイトを通じて。
http://www.asahi-net.or.jp/~qr7s-tmym/ITC/ParaJ.htm

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いちばん好きな言葉

2007年06月23日

せっかくスピリチュアリズムというカテゴリを作ったというのに一度も書いたことがない。
たまには誰もがドン引きするような濃い内容で行ってみたい。
しかしながらいきなりあまりキツいのもどうか。自分のわずかに残されたジョーシキ感覚が拒む。

ということで、ここ2年ほどで学んだことがらを踏まえた中で最も好きで、最も美しい言葉を書き留めるにとどめたい。

 やらない善よりやる偽善

どれだけ長い論説も、どれほど厚い哲学書も、この言葉の前には無力と思う。どれほど迷ったときにも、どれだけ無力感に苛まれたときにも、この言葉を思い出すことで、地面を這いながら、土を舐めながらやっていけると思う。
この短い言葉の中に、どれだけ膨大な思いを詰め込め得ることか。

この言葉、出展は2chのとあるスレ。


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