2007年12月18日

CONSAISM classics #3

日付変わっちゃった。
第3回目の「classics」、今回は金銭感覚の話です。
すでにこのあたりからフットボールとかけ離れた話をし出してる気が……。


学生さんは金がない、というのはコンサのスポンサーのライバル会社のキャッチコピーですが、ご多分に漏れず僕自身もそれなりな貧乏学生生活を送っていました。ただ原因のほとんどはおそらく「遠征貧乏」だったのですが。

学生時代の毎月の生活といえば、奨学金と仕送りとバイト代で入るお金は公共料金やら専門書代やらを払ってしまえば結構吹き飛んでしまうので、それから残った金を二つに割って片方は生活費、もう片方はサッカーを見るための交通費やチケット代というふうにに充てていました。もし「サッカーファン版エンゲル係数」があれば、4年間毎月半分以上はサッカーの為につぎ込んでいたわけで、学生としては結構いいセンいっていたんじゃないかと思う事もあります。
そうして毎月暮らしていく中では、かなり遠くのアウェーを見に行くこともあり、そんな月はもっとエンゲル係数が上昇してしまい生活費にサッカー関連費が大きく食い込んでしまう事がかなりありました。あまりにお金がかかって「今回見に行くと、あと一週間は一日一食の生活」なんていう状況が見えるときはさすがに行きませんでしたが。
でも、それでもなんとかやりくりすれば行けるかな、という感じの時は迷わず節約モードに移行し、一日500円とか300円とか予算を決めてやりくりをしていました。もちろんこの予算は「一日で使うすべての金額」で、一日の食費、煙草や酒の嗜好品、図書館で使うコピー代まで含まれています。ゼミの発表とこの緊縮財政が重なると、このコピー代だけで一日の予算を食いつぶしてしまうこともあったりして結構きつかったのを思い出します。

そんな生活を4年間ほぼずっと続けてきて、いざ自分の頭と身体で生活すべての金を稼ぐ社会人生活に入り初めてもらった給料というのは僕にとってはかなり大きい額で、正直使い道に戸惑ったりしました。さらにそのお金で遠征に行くと、学生時代全く乗らなかった新幹線のチケットを買う事もあって、ああ自分も新幹線に乗るくらいの給料をもらっているんだと大げさに思ったりしました。
実際社会に出るようになって自分の自由になる金額というのはかなり広がりました。遠くの試合も行けるようになったし、見に行くサッカーの試合も増えました。時には「日曜日だけど、近場で試合がなくて暇だから」という理由で新幹線に乗ってJ2を見に行くなんて言う突飛な行動もしたりしました。

ただ、それで札幌につぎ込む金額は増えたかというと実はそれほど増えていません。交通費などの間接的な費用は確かに増えましたが、直接的に何かグッズを買ったり、というような事はあまりないような気がします。僕自身が昔からグッズをあまり買わない性分だった、というのもありますが、根底には「金を出すより声を出す方がずっと大事」という思いがあります。お金がなかった学生時代、とにかく行ける限り試合に行って声を出して応援するという気持ちがそのまま今でも自分の応援につながっているのかもしれません。また、普通列車や夜行バスといったかなり体力を使う移動手段で遠征するのに比べて、今はそれなりに余裕の持てる移動が出来るのだからその分もっと応援そのものに力をそそぎ込めるはずだ、という思いもあります。ただ、他の人のようにお金も声も出す人をみるとその気持ちがぐらつくこともあるのですが。
 
たしかに社会人になってお金が増えて、サッカーも見る機会が増えたのは事実ですが、変わったのはそういうお金の使い方だけなんじゃないかと思います。根底に流れているのはやはり「現場第一」の気持ちですし、それはこれからも変わらないんじゃないかと思います。さらに、社会人になってより「(サッカー以外の)日常生活」に置く比重というのは増えているわけで、そういう社会の複雑さというか猥雑さのようなものが大きくなったからこそ、割り切るときは割り切って、試合の時はシンプルに自らの声だけで勝負すると言うことはすごく大事なことなんじゃないのか、と考えています。
 
さて、ここまでは僕が「どのように生活とサッカーを考えているか」という事について話を進めさせていただきましたが、次回はそういう「割り切り」では自分の中で語ることの出来ない、ある一つの過去の話をしていきたいと思います。

posted by retreat |00:26 | classics | コメント(0) | トラックバック(0)

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