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北海道西海岸に居を構える。札幌に別荘有り。コンサドーレ設立前は野球に傾倒していたが、軸足を少しずつサッカーへ。いまでは両足ともどっぷりサッカー。初観戦は1998年J1の厚別での京都戦。初観戦を勝利で飾って以来、厚別、そしてドームへと何度も足を運んだ。岳也のVゴールも見た。曽田のハットトリックも見た。勝利に歓喜することもあり、敗戦に肩を落とすこともあった。昇格の喜びも、降格の悔しさも味わった。いつも生活の中にコンサドーレ札幌があった。これからも、ずっとそうだろうと思う。
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2006年07月14日
届いた2冊の10年誌「夢に挑む」「ONE&ONLY」をじっくりと読みました。DVDも見ました。とても幸せな時間でした。DVDは本を全て読んでから見ようと決めていました。忘れていたことを文字で思い出し、そして映像で確認しようと思ったからでした。 本を読んだだけで、鮮やかにそのとき、そのときが蘇ってきました。そして、今日、DVDを見ました。不覚にも涙を流しながら見てしまいました。それは、コンサドーレの歩みの中にある厳しさや懐かしさに目頭が熱くなったのもありますし、その時々画面に現れる選手の熱い思いに胸が熱くなったせいでもあります。 でも、それ以上に、コンサドーレに関わってきた、自分自身、そしていつもつきあってくれた家族の成長とだぶらせたことがあるのだろうと思います。 私が初めて生で試合を見たのは1998年9月の京都戦でした。小学生だった長男と幼稚園の次男の二人の息子を連れて行ったのでした。行きたくていきたくてたまらない場所でした。テレビ画面でいつもあった、大きなフラッグが目の前で揺れている、大きな声で声援を歌うサポーターがそこにはいました。二人の息子にメガホンを買って、「コーンサドーレ」と叫びました。初めての試合が勝利で終わったこともありますが、何よりもテレビで見る試合とのちがいに驚き、会場へと足を運びました。息子たちを手なずけ、「サッカー見たいよな」と言っては妻を言いくるめ厚別へと向かいました。そのうちに、妻も一緒に行こうかなというようになったときには、三番目の子も一緒に見るようになりました。 ドームでの初めての試合は、何としても見たい試合でした。チケットがとれず苦労しました。やっと手に入れたチケットはB自由席で、ちょっと遅くなってスタジアムに着いた家族は座る場所に苦労しましたが、アウェイ側に席を取ることができました。播戸のゴールは目の前でした。延長まで行き、帰りはずいぶん遅くなり一番下の子どもを背負いながら満員のドームを後にし、地下鉄に乗ったのを思い出します。加えて次男は次の日が少年野球の大会出場のため、朝5時に札幌を起ち、西海岸へと向かいました。息子が寝不足でその試合でエラーの連続だったのは言うまでもありません。 今、観戦につきあってくれるのは、すっかりサッカー好きになった次男とドーム開幕戦で背中で寝ていた三男です。でも、大学生になった長男も二人が用事があり「今日は一人か」と言うと、「つきあってやるよ」と気を使ってくれます。そして、まるで中学生のときの、堀井のゴールを見たのと同じように、ゴールの時に一緒に立ち上がり、大声を出してくれます。(残念ながら1-6で負けた神戸戦だったのでそんな機会は一回しかありませんでしたが) 一つ、一つの文章を読み、映像を見ることによって今までを懐かしく振り返ることができるのも、ここに応援できるサッカーチームがあるからだろうと思います。 これからも、家族との思い出の中にコンサドーレがあるでしょうし、コンサドーレを振り返るとき、家族との思いでが蘇ってくると思います。 今日は一人でDVDを見ましたが、明日は、家族そろってもう一度思い出にふけろうと思います。 飲み過ぎのため、長文お許し下さい。(本当はもっともっと書きたい)
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北海道西海岸に居を構える。札幌に別荘有り。コンサドーレ設立前は野球に傾倒していたが、軸足を少しずつサッカーへ。いまでは両足ともどっぷりサッカー。初観戦は1998年J1の厚別での京都戦。初観戦を勝利で飾って以来、厚別、そしてドームへと何度も足を運んだ。岳也のVゴールも見た。曽田のハットトリックも見た。勝利に歓喜することもあり、敗戦に肩を落とすこともあった。昇格の喜びも、降格の悔しさも味わった。いつも生活の中にコンサドーレ札幌があった。これからも、ずっとそうだろうと思う。
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