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1975年北海道余市郡余市町出身。 小中学校は余市町、高校は小樽市、大学は札幌で過ごす。 中学高校時代は一応サッカー部。 大学時代に東芝サッカー部札幌移転、を聞き心を躍らす。 初・生コンサは初年度の7・7ブランメル(現ベガルタ)仙台戦@厚別 (3-0勝ちだったよな) コンサ設立2年目からバックスタンドやゴール裏に出没。 大学卒業とともに、全国に転勤の有る企業に就職。 1999年~2004年まで宮城県仙台市、2008年3月まで山口県山陽小野田市で過ごし、ついにアウェーの聖地東京に転勤。 アウェーサポ歴10年目。 一応シーチケ(自由席ね。)とユニフォーム、持株会(4万円分減資されちゃったけどさ。)でお金の支援。 アウェーゴール裏で声の支援。

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隙の無いクラブになってくれ。(長め)

2006年11月22日

柳下氏をいち早くコーチにしなければならないのにも関わらず、3年の長きにわたって無駄な日々を積み重ねねばならなかったたこと、残念です。
育成の手腕に秀でていたのかも知れませんが、2004年の夏の水戸戦でしたかね?勝ちにいける試合を捨ててまで、自己満足に走った時点で「この監督は勝負師じゃないな」と思いました。日々その思いは強くなりまして、他人任せのコメントや自虐的な話で逃げるといった、マネジメントの無策が目立つようになりました。
一番の育成は勝利である、と私は考えます。(内容悪い勝利、もありますね)
いかに勝利するか、を考えられるようにするのがサッカーアタマの育成ではないでしょうか? その後にカラダ・技術・戦術と進んでいくのが本当の育成です。

懲罰的な意味も含めて、来期コーチに降格というのが私の意見でしたが、そんなことはHFCは考えていなかったのみならず・・・

「選手を家族として見ながらチームづくりができる人材」
(北海道新聞Web版より)
だそうですよ。報道の信憑性は分からないが、一応スポンサーの新聞の紙面に載ったものとして勝手に信じさせていただきますがね。

断固反対します。本当に必要なのは「熱意のある選手だけを、有無を言わさず闘える選手に育て上げる人材」です。家族として、ならばどれだけ不甲斐ない試合を重ねても「よくやったねぇ・・・」といって選手を拍手で迎える世界有数のヌルイサポが札幌には居るじゃないですか。もうたくさんです。

柳下氏よりももっと厳しい監督が必要です。具体的に誰、とは思いつきません。ここが私の浅学な点です。辛い・・・ 
しかし、一例を出すと広島のペトロヴィッチ監督の練習を評す際に「立ったままでも寝られるくらい辛い練習」という言葉がありました。必要なのはこういった人材なのです。ぬるま湯さえ冷めそうなチームを変えられるのは。さして巧い選手が多くない、金のない、そして方向性の薄いコンサドーレを導ける人・・・ 

とにかく児玉社長、本気でそんな事をお考えなら、お辞め頂きたい。サッカーをご存じないならそれなりに身を引いて頂きたい。
サポーター持ち株会員として然るべき手続きに入らせていただきます。

どんな文脈にしても「ウチの監督、活躍すると叱るんですよね(意訳)」って言わせるような選手の居る緩いクラブは要りません。
隙の無いクラブになってください。イメージ悪過ぎます。

私の思いが杞憂なら良いのですが・・・


post by ryo-naga

20:11

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