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ゴール裏メイトな二人が出会ったのは、J1に昇格した翌年、岡田政権3年目で最後の指揮を執った2001年の年明け早々。この年に行われたサポータによる新年会。2年間の暗黒の時代を乗り越え、2人ならJ2も怖くないと降格した2003年1月に入籍。おかげで家計の歳出先の主がコンサドーレになり、恐ろしい事にジョアンカルロスと共にキャンプに同行(正確にはおっかけ)するまでに。ヤンツー勝負の3年目2006年1月にサポーターが1人増ました。BLOGタイトルはコンサドーレジャンキーはいつでもこんな状態だという意(本当はかーさんの口癖)。
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2006年03月23日
前回エントリーは全く評判になっていませんが、今回も勝手にお送りする「次節対戦相手の道産子選手を探る」自己満企画第二弾。 今回は横浜FCの道産子選手。といえば言わずと知れた城彰二選手に迫る--- と言ってみたけどやっぱり迫らないw 今回もGoogle先生に尋ねたところ、約 64,200 件もあり、しかもどこを見ても断片的で、ほとんどが横浜FM時代の
ギャルによる役にたたない情報や、98年ワールドカップフランス大会で時間が止まっているような情報ばかりで、調べたい情報が埋もれて探せませんでした。と、言い訳ではじまる最悪の滑り出しになりましたが、ご想像の通り今回は面白くないので読み飛ばしてくださいw 前回も面白かったのか?と言えば、そんな事ないんですがねw
城 彰二 Shoji JO |[背番号] 9 |[ポジション] FW |[生年月日] 1975/6/17 |[身長/体重] 179/72 |[血液型] O |[出生地] 北海道室蘭市 |[前所属チーム] 中島旭ヶ丘サッカー少年団(中島小)-加治木中-鹿児島実高 | -ジェフユナイテッド市原-横浜マリノス/横浜F・マリノス | -レアル・バリャドリード(スペイン)-横浜F・マリノス-ヴィッセル神戸 | -横浜FC(2003年加入) |[ニックネーム] たぶん無し |[利足] たぶん右 |[得意技]皮肉な笑い最近見ないけど宙返り |[選抜歴] 1990年 ジュニアユース代表 | 1992年 ユース代表 | 1996年 オリンピック代表 | 1998年 ワールドカップフランス大会出場 |[出場記録] | 国際Aマッチ:36試合出場7得点 | Jリーグ:J1、230試合95得点、J2、96試合28得点 | 合計326試合123得点中 (2005年9月9日現在) | スペイン1部リーグ:15試合出場2得点 |[資格] 財団法人日本サッカー協会公認 C級コーチライセンス |[所属事務所] 株式会社ボランチ (ノノと同じ) |[家族] 奥さん一人 娘一人 たぶん あとはコレを読んでください。 河野 浩一 (著) 不屈のゴールハンター 城彰二 って、なんだこのやる気の無さはw もう少し頑張ろう。 いまやジャンクスポーツ出演やJリーグ30横浜FC編で司会を務め、過去にはデカビタCのCMに出演、今年からはスポニチにコラムを書くなど、マルチタレントとして活躍している。 J2サポなら知っていると思いますが、J1サポの方には念のため言っておきますが、まだ引退していませんよ。 市原に入団して1年目で開幕から4試合連続5得点の活躍で一気に時の人に。 城彰二=水かけ事件と言えるほどの代名詞になっていますが、他にもシューズを観客席に投げ込んだらサポから投げ返されちゃった事件とかあったと思うんですど探せませんでした。 以上 って、ほんとやる気で無いなw それは、余りにも知られているせいもありますが、それよりも道産子と思えないからだろうなw ほとんど鹿児島人でしょ。クサナギに学生服着させて高校生ですとか、特番でマギー四郎に超魔術をやらせるとか、翼君が中田と一緒にフル代表で戦ったりとかするぐらい無理がある気がするんですが。 しかし、室蘭日報では城の室蘭凱旋とカズのW効果で動員2,000人増を目標と期待を寄せており、その部分では大いに頑張っていただきたい。2,000人増じゃ淋しいけどね。 昨季は12得点、得点ランキング11位とそこそこ結果を残し、今オフにはJ1セレッソ大阪から完全移籍のオファーがあったらしい。 横浜FC・城が契約更改 横浜FCのFW城彰二が契約更改交渉を行い、微増の1500万円(推定)でサインした。 契約期間は1年。なお、同選手にはC大阪から完全移籍でのオファーが届いていた。 契約交渉した際、横浜FC側の提示額の低さに 「こんなんじゃティッシュも買えない」 と吐き捨てたセリフは忘れられない名言になるだろう。 あと、興味のある人はコレを覗いてみてください。 [[【スペシャルインタビュー Vol.10】横浜FC:城彰二選手 「代表復帰も不可能じゃないと思うし、それまでは努力して現役を続けたい」 [ J's GOAL ]|http://www.jsgoal.jp/club/jsgoal/00023404.html]] やっぱり最後は手抜きでした。すいません。
横浜FCとは公式戦にとどまらず、その相性の悪さは練習試合にまで及ぶ程で、横浜FCの選手にも「札幌には負ける気がしない」とまで言われた過去があります。しかしながら、昨年は2勝1分1敗と初めて勝ち越し、通算成績も2勝6分4敗としました。つまり、去年勝ち越したどころか、初めて勝ったチームです。 その中の城にはかなりやられているイメージがありますが、実際はこんな感じです。 1998年04月11日 三ツ沢 4●0 横浜FM *1得点 1998年10月03日 厚別 0●2 横浜FM *1得点 1998年04月11日 三ツ沢 4●0 横浜FM *1得点 2003年03月15日 札幌ド 1●3 横浜FC *1得点 2003年07月30日 厚別 2△2 横浜FC *2得点 2003年11月23日 横浜国 2●0 横浜FC *1得点 2005年10月05日 西が丘 1△1 横浜FC *1得点 *=城の得点 2003年07月30日の2得点のイメージが強いだけで、意外とやられてませんね。勝ててないけど。 それでも100ゴール以上あげている選手に、たったの8失点だしね。母数が少ないけど。 対戦回数をだして得点率を計算するなんて、ネガ計算はしませんよ。 彼のシュートよりキープ力の方が怖いので、その辺をよろしくね。大塚とか大塚とか大塚。
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ゴール裏メイトな二人が出会ったのは、J1に昇格した翌年、岡田政権3年目で最後の指揮を執った2001年の年明け早々。この年に行われたサポータによる新年会。2年間の暗黒の時代を乗り越え、2人ならJ2も怖くないと降格した2003年1月に入籍。おかげで家計の歳出先の主がコンサドーレになり、恐ろしい事にジョアンカルロスと共にキャンプに同行(正確にはおっかけ)するまでに。ヤンツー勝負の3年目2006年1月にサポーターが1人増ました。BLOGタイトルはコンサドーレジャンキーはいつでもこんな状態だという意(本当はかーさんの口癖)。
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