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98年室蘭の平塚戦からコンサにはまった。 かつて「頭が痛い、腹が痛い、仕事が進まない。そんな一週間でも、週末はいつも元気に厚別にいる」でクラシックをいただいた。 今は「試合がある、仕事もある、札幌にいない。そんな生活でも、試合の日はいつも心はスタジアムにある」てな感じでしょうか。
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2006年07月13日
今日帰ってきたら、ドアポストに郵便局の配達不在連絡が入っていた。 見るとHFCからの書籍郵便。 「夢に挑む」だ! 郵便局が近いので、直接受け取りに行った。 重厚なカバー付の大仰な一冊。 早速DVDを観る。 懐かしい顔が・・・ 懐かしい感動が・・・ チームの歴史と、自分の歴史と、仲間達との歴史と。 笑い、涙、悔しさ、喜び、夢、希望。 コンサドーレというチームに出会えた喜びをあらためて思い出さしてくれた。 カテゴリは気にしない。 そこにコンサがあること。 そこに自分がいること。 そして仲間がいること。 愛するチーム、愛する仲間に感謝。
2006年07月13日
平日厚別ナイター。 東京から行ける訳もなく、スカパー録画。 今日は午後新橋で客先との打ち合わせ、終了は17:00。 何事もなければ、このまま直帰で試合見れると思って電話したらトラブル発生とのこと。 俺 「戻らなきゃやばいか?」 部下「すいません、助けてください」 「馬鹿やろう」と思いつつ、仕事場に戻る。 あぁ、試合が始まるぅ・・・(笑) てな訳で、試合経過を確認することもせず、ひたすら「帰ってから観よう」と思っていた。 トラブル解決がちょうど試合終了時間付近。 でっ、メールが来た! 「試合結果のメール」なのは間違いないのに、つい見てしまった。 「勝っちゃったよ!」 あぁぁ・・・と思いながら、「勝ったから良しとしよう」と思うことにした(爆) そんな訳で、帰ってから録画を見た。 試合内容: 失点シーンは・・・だけど、全般的には良かったんじゃない? 審判: ビックリしたね、あの眉毛(笑)と闇雲なカード連発。 ノノも言っていたけど、カード出しすぎ。 フッキの2枚、あれはないよな! ジャッジに文句は一杯あるけど、フッキが次いないことは確定なので、それが不安。 次の相手は「新居」のいる鳥栖、フッキがいなくても勝てる自信を付けたいなぁ。 っつか、負けちゃダメ! でっ、相川はどうした??
2006年07月12日
歓喜、悔しさ、怒り、涙、笑い、そして寂しさ、いろんな出来事が起こった2006 ドイツW杯。 優勝のイタリア、ベスト4のフランス、ドイツ、ポルトガル。 4年に一度の楽しい一ヶ月をありがとう! でも、ワールドカップはチーム・選手たちののもだけではない。 サポーターにとっても、4年に一度の祭典だ。 4年前の日本(札幌)がそうであったように、ドイツでもこんなに素敵なサポーターが・・・ http://ohsan.consa12.com/2006WC/catalog.html
2006年07月09日
ドームでの愛媛戦をスカパーで応援した。 開始直後のフッキのゴールで、すっきり勝てるかと思ったら、その後はボロボロ。 同点にされたときは、どうなることかと思った。 相手のミスで何とか凌げたけど、まだまだダメだなぁ。 まぁ、前半ロスタイムに謙伍のゴールで勝ち越せたからよかったけど。 後半、千葉が退場になってからやっと目が覚めたのか、少しづつ連携が取れてきて、相手の退場もあり、ゲームを支配できるようになった。 そして、駄目押しゴールをスナが決めてくれて、一安心。(笑) 内容的にはひどいゲームだと思ったが、勝ったからよしとする(爆) これで前半戦が終了、なんとか5位につけることができた。 まだまだ、「強い」には程遠いが、「出来つつある」感じが救いかな。 第3クールの初戦は、柏。 ここで勝てれば、昇格の夢がちょっとだけ現実味を帯びてくるかも。
2006年07月04日
昨夜、帰宅してからニュースで知った。 予感があったので、突然とは思わなかった。 彼が、Jリーグでプレーしたのは僅か3年。 98年のフランスW杯で評価を受け、セリエA移籍。 そして、その後ヨーロッパで7年、しかも全盛期にはスクワッドも手にし、移籍金は31億円にも及んだ。 彼に続けと、J選手が勇んでヨーロッパリーグに乗り込んだが、みんな彼ほど輝くことはなく、ワールドクラスと認知されつつあるのは俊輔だけかと。 私がコンサ(サッカー)にはまったのは、98年室蘭で彼が率いるベルマーレ平塚との一戦だった。 彼を通して、ひとつの時代の始まりとその終焉を見させてもらった想いがある。 日本が、初めてW杯本大会に出場した98年からの3大会、これは彼の歴史だ。 今後、98-06を語るとき、彼を語らずにはいられない。 「孤高」と言われ続けたプレースタイル&ライフスタイル。 彼は、これから、我々には想像もつかないような「旅」を始めるのだろう。 彼には「お疲れさん」と共にYELLを贈りたい。 ありがとう、ヒデ。 そして、次の時代は残されたJAPAN戦士が創る。 どんな時代が来るのか、彼らの飛躍を祈るばかりだ。
2006年07月02日
5連勝を目論んで、今年も平塚に乗り込んだ。 札幌からのOSC仲間2人+関東サポ2人+私、それぞれのルートで、(負けない)平塚に集合。 こっちの感覚では、気温は大したことはないけど、雨交じりで湿度は絶好調(笑) 「15:30に平塚待ち合わせ」のために、東海道線快速アクティに乗る。 昨夜の「スポーツカフェで朝までW杯」の影響で、とっても睡眠不足だったので、楽に行きたいとグリーン車に乗る。 案の定、横浜を過ぎたあたりで爆睡モードに突入。 「あのう、お客様」と女性車掌さんに起こされた。 「どちらまでですか?」と女性車掌さん 「平塚ですが」と私 「平塚は今通過しましたが」と女性車掌さん 「はぁぁぁ・・・・」と私(愕然) 平塚で待っているOSC仲間にごめんねメールを送る。 国府津で降り、折り返しの電車で平塚へ。 結局、平塚に着いたのは16時過ぎ。 (なんか縁起悪いなぁと思いつつ) OSC仲間と平塚競技場へ。 平塚初めての彼女に「道覚えておけよ」って言ったんだけど、帰りに「覚えた?」って聞いたら「今度来るときも駅で待ってるから迎えに来て!」だった(爆) 平塚競技場までは通いなれた道。 ポツポツ雨が落ちるが、傘を差すほどでもない。 いつもの6ゲートに到着。 いつものように赤黒の面々がいる。 でっ入場。 「加賀健一」ダンマクを張りにゴール裏席に侵入! いつもの通り、ビールを片手に喫煙所で一服していると、サポが声をかけてきた。 一回だけ「YELL」(もうないの?)で一緒に試合を見たFさん。 しばし歓談。 一期一会。一回だけ一緒に応援した時間を共有しただけのお付き合いだけど、覚えていてくれた。今度は一緒の席で応援しようか(^-^) でっ、負けました。 全然ダメ。 フッキはそれなりに自分の仕事をしていたと思うけど、他は西谷以外全部ダメ。 謙伍は決定的なチャンスをことごとくはずしまくりで、元気と交替。 元気は元気で、ネタでしか使えないプレーの連発。 前節よかった西嶋も全然ダメ。 池内の同点ゴールで、何とかなるかと思ったけど、勝ち越すどころか相手に勝ち越しを許しちゃった時点で終わり。 最後にチャンスは一杯あったんだけど、決定力皆無。 平塚駅までの道のり、一生懸命楽しい話題にしようと思ったけど、結局ため息ばかり。 まぁ、しょうがないと思いながら、今季まだ生勝利を経験していない関東サポ2人が可愛そう。 試合後、(一部サポから)ブーイングではなく拍手が起きたのはビックリした。 もちろん俺たちは拍手などするはずもない。 評価に値しないレベルの試合だったような気がしてる。 今日復刊した「CWP(コンサドーレ札幌ウェルカムプログラム)」にHITOMIさんが書いているが、「勝ちを見たい」ではなく「勝たせてやる」気持ちがサポの定義だと思う。 ゴール裏で、応援歌を小さな声で口ずさむ人がいる、歌っているのだ。 俺は、できる限りの大声で、「選手に届いてくれ」の思いで歌う(叫ぶ) さて、連勝が止まってしまったコンサはどんなコースに入っていくのか。 次節、ドームの愛媛戦って結構重要だぞ! 加賀健のダンマク張りに初めて平塚のゴール裏に侵入しました(笑) ゴール裏から見るバックスタンドはこんな感じでした。見慣れた平塚ですが、今日はナイターです。 あの2000年昇格決定試合もナイターでした。
2006年06月25日
6月24日、東京はいい天気。 悔し汗を洗い流し、役目を終えた「勝ちT」はベランダで寂しげに風に揺れていました。 そして、厚別! 気持ちよかったねぇ。 確かにベルディはひどい状態だったけど、完勝だもんね。 自信ができるとこんなに違うんだ。 リードしていてもゴールを狙い続ける気持ち、最後まで走り続ける気持ち、監督と仲間を信じる気持ち、やっとチームが出来たのかな(^-^) ひとつだけ残念だったことは、俺が厚別にいなかったこと。 試合後、在京の友人サポと品川で祝勝会。 未だ勝ち試合を見ていない彼女は、「平塚に行って負けたらどうしよう」と悩んでいた。 でも結局「行くぞ!」(笑) 平塚での5連勝は、この目で見届けるぞ!
2006年06月24日
かすかな期待を胸に、未明の試合を見た。 圧倒されながらも、前半は何とか堪えて、しかも玉田のビューティフルゴールで「ひょっとしたら」と思わせたが、先制してからまた悪い癖(ビビり?)が出て、ラインが下がりすぎるは、マークは甘くなるは、しまいにボールウォッチャーになってしまってはブラジルに勝てるわけもなし。 ロナウドをフリーにしちゃ、・・・だよ。 結果は、(予想どうりの)完敗。 センターサークルで泣いたヒデ、インタビューにもほとんど応えられなかった俊輔。 何を悔やみ、何を拾ったか、そして、何をすべきか。 日本が2006W杯に参加した成果を、いかに把握し活用するかが鍵なのだろう。 メンタルも、フィジカルも、技術も、ワールドクラスでは通用しないことを思い知らされた2006W杯。 2002の時は、日本も韓国も開催国特権があったので決勝トーナメントに進めただけなのかと思わせるアジア勢のグループリーグ結果だった。 これできっとアジア枠は減らされる。 しかも次回からはオーストラリアもアジア枠に入ってくる。 これからの日本は、本戦出場自体が厳しいことになるが、ある意味、その方がいいのではないかと考える。 「参加することに意義があるオリンピック」とは違い、ワールドカップは、本戦参加資格を満たすクオリティを持ったチームが出場すべきなのではないか。 今後の日本サッカー協会がどう動くか、不安と期待を抱きながら、4年後の南アフリカ大会に思いを馳せよう! それでも、俺たちはきっといつまでもNIPPONサポーターであることに変わりは無いのだから。
2006年06月23日
今、E組のイタリアvsチェコ戦を見た。 イタリアが勝ち、ネドベドのチェコはグループリーグ敗退が決まった。 アメリカもガーナに負け、グループリーグ敗退。 これがワールドカップなのだね。 正直、これから始まる日本代表とブラジルとのゲームで、日本が勝つとは思っていない。 勝てなくても、いい試合をして欲しいと願うだけ。 ワールドカップでブラジルと戦える事自体が素晴らしいことなのだから。 今願うことは「ドルトムントの奇跡」 グループリーグ突破云々ではなく、ブラジルに勝つこと。 グループリーグ突破は完全に他力本願、たとえブラジルに10点取って勝っても、オーストラリアが勝ってしまえば、2006年の日本のワールドカップはお終いなのだから。 オーストラリア戦での(ジャッジミスだけど)勝っていながらのまさかの敗戦。 クロアチア戦での柳沢のまさかのシュートミス。 悔やまれるプレーは山ほどあるけど、ようするに日本は弱かったということ。 どんな奇跡が起きたとしても、現実として今の日本代表は世界との差を骨の髄まで感じるべき。 4年後の南アフリカ大会、8年後の南アメリカ(きっとブラジル)大会に向けて何を考え、何を反省し、どこを鍛えるか。 次に向かう歴史と経験を期待する。 さて、いつもの赤黒ではなく青い「勝ちT」と青いタオルマフラーでグループリーグを迎えることにする。 なんだかんだ言っても、もちろん日本の勝利を願って!
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