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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。
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2008年01月12日
大相撲を見始めた頃は「輪湖時代」と言われていた。 輪島と北の湖の両横綱が毎場所激しい優勝争いをしていた。 あれだけ強い北の湖が輪島の「黄金の左」の前では分が悪いというのも相撲の奥深さを感じさせた。 相撲に関しては、単純な話、大人になってきて夕方4時~6時という時間帯にテレビを見ることができなくなったから、というのが自分の相撲熱が冷めた一因であるのは間違いない。しかし、やはりそれだけではないように思う。 自分が子供の頃から、あるいはそれ以前から北海道は相撲王国であった。相撲王国北海道というのは北海道民の誇りであった。大鵬、北の湖、千代の富士といった相撲史に残る大横綱は皆北海道出身。旭国や北天佑といった名大関もいた。中でも私は北天佑が大好きで、横綱になれなかったのは残念だった。 そんな相撲王国北海道も、今は見る影もない。道民としては寂しいばかりだが、やはりこのことはあまり熱心に相撲を見なくなった一つの要因ではないかと思っている。 大相撲は、一時期「若貴ブーム」で人気を博したが、その後の「若貴」は土俵外のゴタゴタが続き、そういったことに嫌気がした、という気持ちもある。 あと、力士の大型化というのも相撲内容を淡泊にし、妙味の少ないものにしてしまった一因であろうと思う。巨漢力士が体重だけで勝ってしまうとか、逆に重すぎて足がついていかずにすぐ前に倒れてしまうとか。そして力士の大型化は当然怪我につながり、やたらと休場力士が増えたとか。 今は以前ほど大型力士はいなくなったように思う。朝青龍がスピードと柔軟性、技の多彩さで魅了するように、土俵上の魅力は回復してきているのかもしれない。しかし、土俵外のゴタゴタについては以前以上に深刻である。 【ポイント】 見る機会の減少 相撲王国北海道の崩壊 土俵外のゴタゴタ 【コンサに寄せて】 道産子選手、ユース出身選手の存在はやはり道民にとってコンサを身近に、そして誇りに思う要素だと思う。この点はHFCも頑張っていると思う。 あと、ピッチ外のゴタゴタ、不祥事がありませんように・・・
平均
Re:私の熱が冷めたわけ~大相撲
2008/01/13 17:26
初めまして、平均と申します。 昔は、北海道からたくさん力士が出てましたよね。 最近はめっきり少なくなってきました。 どうしてかな?と考えたのですが、一つ思ったことは、 北海道ではスポーツとしての相撲が根付いていたのかな?ということです。草相撲の盛んな地域もあるかもしれませんが、私が知る範囲(道内内陸部の一部)ではあまり、相撲が盛んという話は聞きませんでした。 他にも相撲王国が崩壊した要因があるのかもしれませんが、私はこんなことを原因として考えています。 静岡県がJ1チームを2つも持っていて、若手の有力選手が次々と出てくることと比較すると、きびしいのかな?と思ってしまいます。 シーズンが始まったら、たこ焼き買いますね。
たじ
Re:私の熱が冷めたわけ~大相撲
2008/01/15 11:31
>平均さん こんにちは。 スポーツとしての相撲が盛んだったかは私もわかりません。 あまりそんな気がしないですけど・・・ てで、残念なことは確かですね。 ご来店お待ちしてます。
kaz8
Re:私の熱が冷めたわけ~大相撲
2008/01/18 08:53
私が小学生のころは、近所の公園(ちなみに「平和通公園」という名前ですがネットで検索してもあまりいい情報が出てこないぐらい地味な公園です)には土俵があり、白石神社の例大祭に合わせて、町内会では小学生による相撲大会が毎年行われていました。 さすがに今もその大会が行われているかどうかは不明ですが(町内会、という組織そのものが崩壊の危機にある、という話をちらっと聞いてますけれど)、かつては、相撲というのは、盛んとかそういうレベル以前のもっと身近なものだったような気がしないでもありません。ちょっと話がずれますが野球だってスポ少に入って本格的にやらないまでも、近所の公園とか道路とかそういうところで楽しんでいましたからね。 この問題、考えれば色々なことが出てきそうです。 あと、この「私の熱が冷めたわけ」シリーズ。毎回興味深く読ませていただいております。私も便乗して何か書きたいなあ、とは思っているんですが、問題は教訓を何かひねりだせるか、なんですよねえ。そこを外してしまうとただの思い出話になっちゃいますからね(^^;;; 今後も期待しております。 ※トラックバックがうまく飛ばなかったのでコメントという形にさせていただきました
はかたん1号
相撲王国衰退の理由
2008/01/18 10:30
私見ですが、「交通網の発達」にあると思います。 つまり、かつては北海道からスカウトされて都内の部屋に入門した場合、 けいこやしごきが厳しくても、国鉄(当時)や航空便は10代のガキには 高嶺の花で、帰るに帰られない状況だった。耐えて土俵にしがみついている うちに、やがて花開いた。案外、そういう力士が多かったのではないでしょうか。 千代の富士がスカウトされた際の口説き文句が「飛行機に乗せてやる」だった という逸話は、当時の交通状況をよく表していると思います。 また、「相撲王国=交通難所」という観点で見ると、青森が現在も関取を多く輩出している というのも妙に納得できます。ワタシも元・青森市民なので。 「帰りたくても帰れない環境」を生めば、いずれ花開く。 ならば、しまふく寮の「帰りたいと思わせない環境」はベクトルは違うが望ましいのかも? ちなみに、ワタシら夫婦は今も九州場所に出かけたりする相撲ファンですが、 それでも「最近の相撲はつまらないねえ」と嘆き続けています。 それは道産子力士が少なくなったというよりも、素質と学生時代の貯金だけで 相撲をとっているような力士ばかりになったから。 出世は早いが壁にぶち当たるのも早い。そんな力士が増えたような気がします。 そして、もう1点。四股などの基本の所作がしっかりした力士も少なくなりました。 いまは十両に落ちてしまいましたが、片山という力士がいます。この人の四股は いわゆる「足の裏が天井を向く」スタイルで、その美しさだけで観客がどよめきます。 逆に言えば、そんな美しい四股を見せる力士、教える親方が減ったというのは寂しいことです。 札幌の選手たちには、普段の練習でのパスやトラップにも「やはりプロは違うなあ」と 思わせるものを見せるように心がけてほしいですね。
たじ
Re:私の熱が冷めたわけ~大相撲
2008/01/18 23:59
>kaz8さん 確かに昔神社のお祭りで相撲大会ありました。あと、学校の体育館には相撲マットがあっていつも休み時間にみんなで相撲取ってました。相撲がかなり身近でしたね。 あと、この連載のご紹介ありがとうございます。 オフのネタ切れ防止企画なので、結構教訓はこじつけです(笑) >はかたん1号さん なるほど、交通網の発達ですか。 確かに、それも含めてハングリーさは相撲に無くなってきましたね。 あと、学生相撲出身が多くなるといわゆる「ちゃんこの味がしみてない」力士が増えたことも今の現状に関係あるかもしれないですね。
luchun
Re:私の熱が冷めたわけ~大相撲
2008/01/19 00:04
いつも興味深く拝読しています。 祖父が大相撲好きで、父がプロ野球(というか巨人)好きだったため、 どちらもよく見させられていました。 昔の道産子力士が強かったのは、北海道が内地に比べて貧しくて、 子供たちが親を助けるためによく働いたからだと思います。 今も経済格差はありますが、子供に肉体労働はさせないでしょう。 道産子に限らず、日本人全体の体力が落ちていて、競技レベルを 保つには外国人力士に頼らざるをえない状況にあるように思います。
たじ
Re:私の熱が冷めたわけ~大相撲
2008/01/19 08:33
>luchunさん たしかにそうですね。 日本全体が豊になってきて、徒弟制社会の大相撲に入門する人自体が減ってきたということもあるかと思います。
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