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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。

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審判のこと

2007年06月19日

既に徳島戦も終了しているので、冷静になって愛媛戦の審判のことを書いてみる。

イエロー8枚、レッド2枚も出たのでは試合がぶちこわしなのは当然である。
唐紙氏は主審7試合目と経験が浅く、そのうち3試合が愛媛戦であり、例外なく愛媛の対戦相手にカードを出しまくっている。偶然と言うにはあまりにも不自然なジャッジの偏りだが、私は別に意図的な不正ジャッジだとは思わない。

ジャッジに関しては本当は審判の個人攻撃をしても仕方がないと思っている。
以前「映像技術の進歩と判定」で書いた通り、現行体制では誤審が問題となるのは仕方がない。映像技術の進歩に審判技術が追いついていないのだから。審判の人数を増やすとか、映像、機械などを利用するとか何らかの判定精度向上策を講じなければ問題は繰り返されるだけである。いや、映像技術はさらに進歩していくのだから状況は今より悪化していくことが予想される。

審判の権限は絶対である。そうでなければゲームは成立しない。
確かにそれはそうなのだが、そこには一つ欠落した視点がある。
審判は選手のファールを判定し、異議を唱える選手に対してカードを出し、退場させる権限がある。
がしかし、不審な判定にブーイングしたり野次を飛ばしたりした観客に対して審判がカードを出せるわけではない。審判の持つ絶対的権限は観客には及ばない。
ピッチだけを見れば審判は絶対だが、スタジアム全体を見れば審判の権限は絶対ではない。
だから「審判の権限は絶対」「(誤審を含めて)それがサッカー」という理屈は、私はピッチ上だけの、観客を置き去りにした理屈だと思っている。

現実に戻る。
最近のコンサドーレはプレーでイエローを貰うばかりではなく、異議でイエローを貰うケースが多い。これは大いに反省点である。現実には審判の機嫌を損ねないような、マイナスの先入観を持たれないような小賢い処世術(プレー)を身につけなければいけない。ちょっと悲しい。


post by たじ

12:26

コメント(2)

この記事に対するコメント一覧

consa.kazu

Re:審判のこと

2007/06/20 00:06

主審の技術の未熟は、副審が補う必要があるのだが、それが出来ていないのも問題である。 確かに、意義を唱えてカードをもらうのは、いただけない。 意義は選手が唱えるのではなく、HFCが資料を添えて唱えるのが一番の方法と思う。 その点、西澤は決して意義を唱えるところを見たことがない。 他の選手も見習って欲しい。

たじ

Re:審判のこと

2007/06/20 13:11

>consa.kazuさん 西澤は「できの悪い映画」なんて言ってましたね。 微妙なユーモアで面白いですね

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