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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。

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世界陸上と世界水泳

2009年08月25日

さて、ついこの間世界水泳があったかと思ったらもう世界陸上も終わってしまったのだが、この両大会が連続的に開催されたことで感じたことを一つ。

まぁ、言わずもがなではあるが、この両大会では出場する選手、そして活躍する選手の顔ぶれというか、人種が極端に違う。水泳では、トップクラスの選手に黒人はほとんどいない。というか黒人スイマー自体が珍しい存在である。一方陸上はボルトやゲイのように黒人選手がトップクラスに名を連ねる。特にトラック競技では、水泳とは逆に黒人以外で決勝に進める選手はごく一握りである。あまりにも対照的だ。

陸上も水泳もシンプルな身体能力を競う競技なのになぜこうも違うのか。
一説には、黒人のゴリマッチョ体型は脂肪が少なく、水に浮きにくいので水泳向きではないから黒人の水泳選手が少ないのだという。なるほどそれも一理あろうとは思うが、それだけでここまで極端な状況になるとは考えにくい。
水泳はプールを使う競技だが、かつて白人による黒人差別がいまよりも横行していた時代、白人は黒人と同じ水の中にはいることを嫌悪したと言われる。よって黒人はプールから排除され、黒人スイマーは誕生しないことになる。現代において、このような差別がどの程度存在しているのかいないのか。詳しいことはわからないけど、こういった歴史の背景が結局現代の陸上、水泳両競技における顕著な競技人種構成の違いを生み出しているのであろうことは想像に難くない。

人種や民族の枠を超え、能力さえあれば誰もが輝けるのがスポーツでありたいものだと思うが、現実はそう簡単ではない。特にフィギュアスケートや新体操、シンクロなど芸術系採点競技ともなるとその傾向はより一層際だつ。
いち観戦者としては目の前の選手達の素晴らしいパフォーマンスに一喜一憂すればいいだけなのだが、現実には乗り越えなければならない社会の壁はスポーツの世界にも確実に存在する。この夏世界水泳と世界陸上を立て続けに見て、改めてそのことを再認識した。今更な話だけど・・・


post by たじ

10:05

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