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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。
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2008年09月08日
私は子供の頃、相撲が大好きだった。当時は北の湖と輪島の両横綱時代。 学生横綱出身のエリート輪島に対して北の湖は中学の時に北海道の田舎から出てきた叩き上げの相撲青年と全く好対照なところがライバル対決を一層盛り上げた。当時の北の湖は無愛想でふてぶてしく、憎らしいほど強かった。美男力士貴乃花(初代)の敵役としてヒールの横綱であった。 しかし、私にとっては道産子の横綱、北の湖は大ヒーローであった。口べたで相撲一途なところがまたカッコイイ。ひょっとして大鵬の優勝記録を抜くのではないかとも思ったが、晩年はさすがにケガに悩まされ、優勝24回に止まった。最後の24回目の優勝の時、弟弟子で同じく道産子の北天佑が隆の里に勝ち、兄弟子の援護射撃をしたときの土俵の上の北天佑と土俵下にいた北の湖が笑顔で顔を合わせてのは大相撲界に残る名シーンだったと思う。 そんな北の湖が引退し親方になり、理事長になった。北の湖理事長の口癖は「土俵の充実」であった。土俵一途、中学生の時から人生が土俵と共にあった北の湖にとっては「土俵の充実」こそが全ての問題を解決するためのキーワードだった。数年前、相撲人気の低迷を打開する方策を聞かれた北の湖理事長が「土俵の充実」と答えたのを聞いたときは苛立ちを覚えた。力士が皆北の湖なわけではない。「土俵の充実」で問題が解決するなら苦労はしない。大相撲が土俵を充実させることは当たり前のことであり「土俵の充実」という言葉は実際には「無策」と同じ意味だ。私はそう思い、北の湖理事長の理事長としての資質には大いに疑問を感じていた。というよりも、これ以上理事長を続けていけば名横綱、大横綱北の湖の名誉にどんどん傷が付いていく、それが耐えられない思いであった。理事長は1期で退いて、後は顧問的な名誉職に鎮座していてほしかった。 そうして今日、とうとうボロボロに傷つき、理事長を辞任する事になってしまった。事ここに至ってはもう辞任以外に道はない。私は今回の大相撲大麻事件、事の真相がどうというよりも、大横綱北の湖がズタボロになって理事長を辞任するということがとても悲しいのである。こんなに傷つく前に理事長職を辞めることはできなかったものか。 こういうことを書くと、「相撲界の名誉よりも北の湖個人の名誉の方が大切なのか」と相撲ファンには怒られそうだが、怒られてもいい。本当にこんなボロボロに傷つく北の湖は見たくなかった。それだけ私にとって北の湖は子供の頃の大ヒーローだったのだ。本当に残念。
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