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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。

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開幕に向けて

2007年03月01日

いよいよ開幕が近づいてきましたね。
残念ながら開幕戦は観戦出来ず、携帯速報チェックとなりそうです。
実際に開幕したら単純に一喜一憂する日々になるので、開幕前に自分の心境を書いておきましょう。

コンサドーレは今期もちろん目標として昇格を掲げていますが、その実現可能性は50%に満たないものだと思っています。どこのチームも昇格を目指しているのだから、簡単なことではありません。ただ、昇格争いをする上位6チームくらいの中に入る可能性は80%はあると見ています。ただ、可能性を論じることと、昇格を信じることは違います。可能性が低くても、それが実現すると信じることはできますし、私自身信じています。昇格出来なかったときの反動を恐れてチーム力を低く見積もって予防線を張るような気持ちはありません。

HFCにとってはどうでしょうか。内情はわかりませんが、昇格するかどうかと経営的問題がどのくらいリンクしているのでしょうか。昇降格にかかわらず安定的な経営が出来ることが理想ですが、実際なかなか難しい。観客動員を考えると、最低限、シーズン最後まで昇格争いに残ることが大切だと思います。観客動員だけを考えればブッチ切りの優勝より入れ替え戦出場の方がいいかもしれません。だからといって入れ替え戦に出場することを願うというのはおかしな話なのですが。
経営においても、やはり昇格の可能性を論じることと昇格を信じることは違うわけで、HFCには昇格ありきのような経営はしてほしくないと思います。

試合について、結果(勝利)と内容のどちらを求めるかといえば、これは難しいことですが、そもそも勝敗を競うゲームをエンターテイメントとして提供している以上は勝利が最優先なことは当然です。しかし、内容がつまらないと思われ、客足が遠のくのでは興行としては失敗です。どうしたら両立できるか。それは情報発信だと思います。チームのコンセプト、戦術の狙い、試合の見所などの情報発信を積極的にすることで結果以外のおもしろさもアピールすることが重要です。現段階では三浦監督のコンセプトについては情報発信が十分だとは思っていません。シーズンに入って三浦監督が何を語るか、注目したいと思います。

信じる力が全ての歯車を噛み合わせ、善循環に導く素だと思っています。チームにとっても、クラブにとっても、サポーターにとっても、スポンサーにとっても。だから素直に信じています。コンサドーレが昇格することを。観客動員が増えることを。HFCの経営が好転することを。サポーターにとって喜びの一年になることを。
開幕戦に勝利することを。


なぜ日本ジャンプ陣は弱くなったか

2007年02月28日

こうなったらこの機会にもう一発ジャンプ話。

団体銅メダルを取ったばかりだというのに、こんなことを言うのも何だが、やっぱり日本ジャンプ陣は世界のトップとは差があるのは事実。長野オリンピックを頂点とした90年代は世界一を誇っていた日本ジャンプ陣がなぜ弱体化してしまったのか。

直接的原因はルールの改正と言われている。スキーの板の長さの制限が変わり、ヨーロッパの長身選手に比べて身長の低い日本人は短いスキーしか使うことが出来なくなり、それが日本に不利になったと。確かに低迷のきっかけがそのルール改正であったことは確かである。しかし、その後身長170cmに満たないポーランドのアダム・マリシュが世界を席巻し、ルール改正を言い訳にすることはできなくなった。ならばなぜいまだに日本は低迷から脱せないのか。

ここで視点を変える。なぜカルガリーオリンピックで団体最下位という低迷から脱し、90年代に日本は強くなったのか。それはV字ジャンプという技術革命があったからである。V字ジャンプは80年代後半、ボークレブという選手が開発した。当初は飛型点が大幅に減点されていたが、とにかくクラシックスタイル(スキーの板を平行にして飛ぶ飛び方)よりもあきらかに遠くに飛んだのである。当時どん底だった日本は他国に先駆けてV字スタイルを研究、マスターしていった。80年代後半、世界の上位の国は逆にV字の研究習得に後れを取っていた。
V字スタイルが正式に認められ、飛型点で減点されなくなったのは1992年。そこから日本の隆盛が始まる。日本はV字ジャンプの先進国なのであった。

さて、そう考えると1998年の長野五輪と2002年のソルトレーク五輪の違いというのが見えてくる。長野までは「競技人生の中でクラシックスタイルからV字スタイルに変更した選手達の大会」であったのに対してソルトレークは「子供の頃からV字が当たり前の選手が登場する大会」なのである。実際ソルトレーク2冠のシモン・アマンは当時20歳。V字が正式に認められた1992年の時は10歳だ。
この段階まで来てしまったらもうV字先進国という日本のアドバンテージはない。そういう歴史の切り替えのタイミングがスキー板のルール改正と重なってしまったのが現実なのだ。

ルール改正によりそれまで上位だった選手が下位に沈むことはよくあることだ。そして、そのまま浮上出来ずに選手生活を終えてしまう、というケースは別に日本だけのことではない。問題なのは、日本は新ルールに適応出来る新しい人材が登場していない、という点にある。要は選手層の薄さ、競技人口の減少こそが最大の問題点だといえる。

今回の団体銅メダル、そして栃本や伊藤謙司郎といった若い力の台頭が今後の日本ジャンプの競技人口増加のきっかけになってくれればと思っている。


post by たじ

13:54

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伝説の長野のこと

2007年02月27日

ジャンプの話が止まらなくなってしまった・・・

オリンピックの名場面といえば必ず出るのが伝説の長野オリンピック、ジャンプ団体の金メダル。もうさんざん語り尽くされている感もあり、私にとっても最も印象深いオリンピックシーンでもある。

リレハンメルの原田の失敗ジャンプから4年越しの原田物語であった。1本目の原田の失敗ジャンプ、悪天候、テストジャンパーの頑張り。そして2本目の原田の大ジャンプ、ラストの船木を見守り、原田は「ふ~な~き~」と声を絞り出す。そして船木のジャンプで見事に金メダル。日本中が歓喜に湧き、涙した名シーンである。
がしかし、一連の物語は実は一部意図的にある事実をカットして編集され、語られているものがほとんどである。確かに、原田を主役にした原田物語として語るのが最も盛り上がるのだが。そのカットされている事実とは・・・

1本目、2人目の斉藤が跳び終えた時点で日本は1位だった。そして3人目の原田のときに天候が悪化。そして原田は79.5mという失敗ジャンプで日本は首位転落。しかし、このときの日本の順位は2位なのである。この3人目の時は悪天候のため、他の国のジャンパーも軒並み飛距離を伸ばせなかったのだ。確かに原田のジャンプは失敗だったとはいえ、それは悪天候のためであり、その時点ではメダル圏の2位なのだから、原田の失敗は決定的なものとは言えなかった。そして4人目船木。団体戦の緊張なのか、ラージヒル金メダルの船木のジャンプは固かった。各国エースがK点を超えていくなか船木の飛距離は伸びず118.5m。1本目終了時点での日本の順位は4位となったのである。

しかし、後日この団体戦が語られるときは3人目終了時点の「2位」という順位はカットしていきなり1本目の日本の順位が「4位」と語られるのである。原田の失敗ジャンプのせいで4位というメダル圏外に落ちたと思わせるために。そして2位から4位に順位を落とした船木の失敗はほとんど語られることはない。

原田を中心とした物語に編集する事自体に文句はないのだが、意図的に事実を伏せた編集を見るとやはり釈然としないものを感じるのである。


post by たじ

10:44

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見事な銅メダル

2007年02月26日

いよいよ今週末にはJリーグ開幕なのだが、もう少しノルディックの話。

今回の札幌大会について私は2/21に
現在は世界のトップレベルで戦える選手はいない。正直、今回の世界選手権で日本のメダル獲得数は「0」の可能性が大である。
と書いた。もしメダルを取れるとしたらジャンプの団体であろう、とは思っていたが。
確かに世界のトップレベルで戦える選手はいないのだが、日本ジャンプ陣は世界のトップレベルで戦える集団だった。見事な銅メダルである。

もちろん地の利があった。他チームが意外に失敗ジャンプが続いた。特にフィンランドは本来優勝候補だったのだが、驚くべき失速である。
がしかし、日本はそれぞれがそれぞれの役割をキッチリ果たした。オーダーも成功した。1番手栃本はまだまだ力が足りないとは思うものの、若さと勢いで飛び、各国が失速する2番手のポジションでK点ジャンプを2本揃えた大ベテラン岡部が順位を押し上げる。伊東大貴の大ジャンプはあの試合展開と3番手というオーダーがもたらしたものだと思う。ここのところ不調で苦しんでいた彼だが、今回のジャンプできっかけをつかめたのではないか。アンカーのエース葛西はさすがと言うしかない。最後のジャンプは得点差がキッチリ計算された完璧なジャンプだった。

今週末には宮の森でノーマルヒルがある。団体銅とは言っても個人レベルでは世界のトップとは差があることはこの団体戦を見ていてもはっきりしている。それでも今後の日本ジャンプ陣の浮上に期待したい。岡部、葛西の両ベテランが頑張っているうちに伊東大貴や栃本、伊藤謙四郎といった若手が世界で戦えるように成長してほしいし、今回の銅メダルによって今後に明るい兆しが差し込んだことは間違いない。

今日はきっと道内スポーツ紙一面はみんなジャンプだろうな。たくさん買い込もうっと。


post by たじ

10:56

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札幌ドームに行ってきた2

2007年02月25日

最初の競技はスプリント団体予選男子。
1組目に日本。5位までが決勝進出だ。
札幌ドーム内のスタート地点から勢いよく選手が飛び出していく。会場では日本語と英語で交互に実況が放送されている。クロスカントリーは1カ所からレース全体を見ることは不可能で、ドームの外に出てしまうとレースの状況がわからないのだが、ドーム内のビジョンでレースの状況を映し出し、それに合わせて実況。ビジョンには順位や選手名などが映し出されていてわかりやすい。がしかし、ここで私は失敗に気づく。オペラグラスを持ってきていなかったのだ。ビジョンに映し出される選手名は英語表記で日本語は無し。私の視力ではほとんど判別出来ない。ちなみに選手のゼッケンの数字も読めないので、実況と雰囲気でレースを感じるのがやっとであった。
さて、日本チームは序盤8位~9位と出遅れ気味も3周目からは激しい5位争いに。最終周、恩田がドームに戻ってきた時には興奮して、涙がこみ上げていた。こんなにも興奮して感情移入するとは自分でも驚きだった。しかし、惜しくも足先の差で6位。決勝進出ならず。

あんまりにも興奮したのでその勢いでノルッキー(小)を買ってしまった。
そしてスプリント団体予選女子。1組目に日本。もともとトリノで8位になっている種目だし、昨日の夏見の快走もあって、予選突破が見込まれる有力種目だ。
1走福田がスタートダッシュでトップに立ち、会場は沸き返る(人数は少ないのだが)。2周目以降は4~5位と決勝進出ボーダーラインだったのだが、ズルズルと後退していく。どうも、夏見は昨日の疲れが残っているのか、動きが重そうだ。ラスト1周になったときには6~7位に。決勝は厳しい状況。最終周、夏見がドームに戻ってきた時には7位。6位ともやや水を開けられ、無念の予選敗退。

日本は男女とも予選敗退と残念な結果となったが、その後競技は決勝へ。なにせ観客が少ないので、好きなとこに座り放題。レースごとに座席を変えていろんな角度から見てみた。角度によって結構見え方が違うようで面白かった。

スプリント団体男子決勝はイタリアとロシアのデッドヒート。同タイム写真判定でイタリアの勝利。如何に足を伸ばすかが勝敗を分けるのだ。スプリントはこういった接戦が多く最後の直線勝負は本当に見応えがある。日本男子が100分の1秒差で決勝進出を逃したのはひょっとしたら東洋人は西洋人に比べて足が短いせいかもしれないと本気で思う。
スプリント団体女子決勝はフィンランドとドイツの争いでこれも接戦の末辛うじてフィンランドが制す。

競技が終わり表彰式なのだが、なぜか表彰台がスタンドに背を向けていて選手が見えない。これは全く私には理解不能で、スタンドにいる観客は表彰式の模様をビジョンで見ているだけなのだ。これならテレビで見るのと何も変わらない。表彰台に上る選手を直に見て拍手を送りたいではないか。この点が今回一番疑問、不満に思った点だった。

スプリント団体が終わり、ここで場内アナウンスが入る。コンバインドスプリント前半ジャンプの結果だ。後半のクロスカントリーがここドームで行われるので、この結果がドームの盛り上がりを左右する。が、小林範仁が27位、加藤太平が33位、渡部暁斗が34位、そしてエース高橋大斗は最下位(棄権)とのアナウンス。なんだか会場の空気が冷えてしまった。ここで帰る人もたくさんいたようだ。

19:00になってコンバインド後半が始まる。
日本選手3人はスタート時点でトップから3分くらい離されていて、競技的な興味は必然的に優勝争いに。日本語実況も日本人選手の動向にはほとんど触れずに優勝争いの実況に熱が入る。3周目までジャンプトップのキルヒアイゼンがリードを保っていたが、最後は無冠の帝王ハンヌ・マンニネンがトップでドームに帰ってきた。追いすがるモアンを振り切って、マンニネンが五輪、世界選手権を通じて初めての金メダルを獲得した。W杯歴代最多勝で長年コンバインドの王者として君臨してきたマンニネンの悲願の金メダルはコンバインドファンの胸を熱くしたことだろう。

それにしてもこのドームでのクロスカントリー観戦は楽しかった。ドーム内という快適な環境の中、実況や映像もついてレース展開がわかり、ゴール前のデッドヒートは圧巻である。ただ、やはりオペラグラスを持って行かなかったことが悔やまれる。
それと、観客があまりにも少なかったこと。一応公式発表では15300人だ。レースは何本もあり、人の出入りがその都度合ったし、途中から来る人、途中で帰る人もいたのだから、15300人が同時に競技を見ていたわけではない。とはいえ、やっぱりスタンドをざっと見た印象はやっぱり2000~3000人程度だったと思う。これが本当に残念でした。

あー、でも前日に来て私も「マドカ」コールしたかったな・・・

P.S.家に帰ってから高橋大斗選手の衝撃の転倒シーンを見ました。一日も早い回復を祈ってます。


post by たじ

07:30

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