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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。
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2009年01月10日
昨日のエントリーで、ぴん@コンサ隊さんから「朝のワイドショーではGPFで優勝した浅田真央選手に対して否定的なコメントをした」とコメントをいただいたので、その件について書いてみたい。 これはフジテレビ朝の情報番組「とくダネ!」のことである。浅田真央が優勝したのに、なぜかその翌日の朝に「実力はキム・ヨナの方が上」というなんとも不可解な放送がなされたのである。その内容とは・・・今回の真央の勝因について、ジャンプのミスがヨナが2つに対して真央は1つだけだったことをあげている。もしヨナのミスが1つ少なく1ミス同士だったら、或いは互いがノーミス同士だったらヨナが勝っていた。そして、表現力、芸術性はヨナの方が真央よりずっと上で、要は今回の真央の勝利はヨナのミスに救われた結果であって、実力的には真央はヨナに及ばない、というのが番組の要旨であった。 そもそも、そんなタラレバ言ってまでヨナが真央より上だということを主張する番組というのも全く不思議なのだが、それ以前の問題として、その「互いにノーミスだったらヨナが勝っていた」というタラレバ自体が重大な事実誤認(意図的な捏造?)なのである。実際には真央のミスしたジャンプはコンビネーションジャンプなので、成功していたら大きな得点になっていたはずなのに、番組ではそれを単独ジャンプとして計算し、真央の得点を低く見積もっていたのであり、互いにノーミス同士だったらというタラレバを持ち出しても、やっぱり真央の勝利は動かないというのが正しい。当然フィギュアスケートファンからは抗議殺到、「とくダネ!」はその後「訂正」の放送をすることになったのである。 さて、技術点の計算間違いを認めた「とくダネ!」ではあるが、トリプルアクセルを跳ぶ「技術の真央」と「表現力のヨナ」という全体の論調は訂正していない。しかし、これはいわば印象操作とも言うべきものだと私は考える。果たして本当にヨナは表現力で真央を上回っていると言えるのか。そもそもヨナの強みはどこにあるのかを今期のグランプリシリーズの2人の得点から見てみたいと思う。 フィギュアスケートの得点はいわゆる「技術点(TES)」と「芸術点(PCS)」の合計で争われる。2人のグランプリシリーズ3戦の芸術点の平均(ショートとフリー合算)はヨナの90.62に対して真央は89.70。その差はわずか0.92。この程度の差は試合やジャッジ次第で変わる誤差の範囲と言える。実際今期の芸術点の最高点は真央がNHK杯で出しているのだ。確かにこの3戦の平均では僅かながらヨナが上ではあるが、正直この結果をもってヨナが真央より芸術性が高いとはとても言えるものではない。 一方技術点について。技術点はさらに「基礎点(BASE VALUE)」と「出来映え点(GOE)」に分けられる。実はヨナが真央より上回っているのは出来映え点(GOE)なのである。ジャンプやスピンなど、一つ一つの技に対してその出来映えによって点数がプラスされたりマイナスされたりするのだが、ヨナの3戦平均GOEは12.81。対して真央の3戦平均GOEは8.97。その差はなんと3.85点にもなるのだ。つまり、トリプルアクセルを2回入れるなど、もともとのプログラムの基礎点自体は真央の方が上なのだが、技の出来映えを加味するとその差が無くなる、というのがヨナの強みなのである。 確かにヨナは素晴らしいスケーターに違いないが、真央との比較で言うなればその強さのポイントは「表現力・芸術性」よりも「技の出来映えで加点が多くもらえる」ということなのだが、なぜか世間では「表現力のヨナ」のように印象操作されている。しかしそれははっきり言って誤解である。 しかし、多くのフィギュアファンはこの説明でも納得はしない。GOE加点でヨナに点数が多く付き真央との差がなくなるというのは、今のジャッジシステムの欠陥だと考えているのだ。ジャンプが回転不足になると「基礎点」と「出来映え点」の両方減点されるという二重減点システムがあまりにも理不尽なのである。真央のように難しいジャンプにトライする選手はわずかな回転不足でも大幅減点されてしまう。たとえそれが解説者がスロー再生で見ても判断付かないような微妙なものであったとしても。真央とヨナの比較で言えば現行ルールはあきらかにヨナに有利、真央に不利であるが、誰に有利かということとは関係なく、現行の二重減点システムは見た目の印象と点数の乖離が激しく、多くのフィギュアファン、或いは関係者から欠陥と指摘されている問題なのである。 さて、上記を踏まえて今後バンクーバーオリンピックまでの二人の戦いを考えてみる。真央は今取り組んでいる課題を一つずつクリアしていけばバンクーバーでの金メダルは高い確率で手中に収めることができるのではないかと私は思う。つまりそれは真央の方がヨナよりも延びしろが大きいということだ。既にGOE加点を十分にもらっているヨナは、この部分ではあまり得点を伸ばす余地は少ない。従って得点を伸ばすためにはどうしても技の基礎点を上げる必要があるが、ヨナのプログラムを見ても高得点を狙える新しい技に取り組んでいる様子は伺えない。一方、真央は回転不足になっているジャンプを跳び切れれば基礎点も出来映え点も大幅に上がる。これは技術的に練習を重ねることで克服できる課題であり、現に真央は今その修正に取り組んでいるところである。二重減点にも負けないようにジャンプを磨いたなら真央に敵はいない。 技の完成度を磨き、出来映えで加点を積み重ねるヨナと、より高い得点の技にチャレンジする真央。ヨナの出来映え加点は上限に近くなってきたのに対して真央にはまだまだ得点を伸ばす余地が大きいと言える。もちろん、伸びシロが大きいからといってその通り順調に伸びるかどうかはわからないが、より高い次元にチャレンジを続ける浅田真央ならば、きっとその高みに辿り着くと私は信じている。
2009年01月09日
スポーツ中継にタレントを起用することには反対意見の人も多いかと思うが、私はわりと肯定派である。もちろん、どんな中継でどんな人を起用し、どんな役割を持たせるかによって違ってくるとは思うが、基本的には同じ人が継続的に出演し、そのタレントがその競技のファン、理解者になる、というのが望ましいありかただと思っている。そういう点で私が注目しているのはフジテレビのフィギュアスケート中継に起用されているTOKIOの国分太一だ。 彼は2004年~2005年シーズンからフジテレビのフィギュアスケート中継のキャスターを務めている。今年で5シーズン目だ。最初のシーズンは荒川静香が世界選手権で金メダルを取り、安藤美姫が全日本初制覇した直後のシーズンであり、又トリノオリンピックの前のシーズンということで、一気にフィギュア人気が高まった頃だった。このとき浅田真央はまだジュニアの選手で世間的にはあまり知られていなかった。 当初は国分もほとんどフィギュアスケートに対する知識もなかったと思う。安藤美姫や荒川静香、浅田真央など選手にインタビューをするときも「スケート中継のキャスター国分太一」ではなくてあくまでも「TOKIOの国分太一」がインタビューしているという雰囲気がテレビ画面からも伝わってきた。 しかし、本人の希望かフジテレビの意向か、その後もずっと国分はフジテレビのフィギュアスケート中継のキャスターを続け、5シーズン目。取材として練習を見学する。選手に直接インタビューをする。大会をキャスターとして現地で観戦する。わからないことがあれば解説の八木沼純子や荒川静香が教えてくれる。こういうことを5シーズンも続けているのだから、当然現在では相当のフィギュアスケート通になっているはず。少なくともテレビやネットでしか見てない私よりはずっとフィギュアスケート通だろう。しかし、これまでテレビでの彼のコメントはほとんどが「いゃー、すばらしいですねー」「もう感動しました」など単に感嘆するだけのコメントばかりであった。彼の役回りはあくまでも「素人代表」。だから技術や演技内容の具体的なことには口を出さずに、おおざっぱに選手を褒めることに専念していたと思う。 ところが今期の全日本の放送を見てそれまでとは違った意外な印象をもった。国分太一が多弁になっているのだ。しかもコメントの内容が具体的な演技に言及するようになった。どういう心境の変化なのか。喋りたい気持を押さえられなくなったのか、フィギュアスケートのコメンテーターとしての自信が生まれたということなのか。素人が語りすぎると視聴者の反感を買うケースも多いだけに、彼が今後どういう方向に進んでいくのか、ということには興味がある。「キャスター役のタレント」から「フィギュアのコメンテーター」に変化していくのだとしたらそれはそれで意味のあることだと思う。少々の期待と不安を持ちつつ、彼の今後を見守っていきたいと思う。 ついでにテレビ朝日の話。昨年韓国で開催されたGPFの中継にSMAPの草彅剛が起用された。韓国での開催であり、韓国通で韓国語の使えるタレントということでの抜擢なことは明白。しかし、事前のGPF宣伝番組で彼は浅田真央に「お姉さんがいるんですか?」とか安藤美姫に「ジャンプの種類って1種類じゃないんですか?」など、完全にフィギュアスケートに対して無知なことを晒してしまった。正直このレベルのフィギュアスケート知識の人を起用してはいけないと思う。そしてGPF番組本番、彼は韓国国民の妹、キム・ヨナに通訳無しの直接インタビューを敢行。テレビ朝日は本当にこのことだけのために彼をキャスター起用したんだなと思うと呆れてしまう。同じタレント起用でも、目先の一大会の中継のためだけに付け焼き刃的に草彅剛を起用したテレビ朝日に対してフジテレビは国分太一を長く継続的に起用し、本人の競技に対する理解を深めているその差は歴然。テレビ朝日には大いに不満を感じたGPFであった。猛省を促したい。
2009年01月08日
毎日ブログを書いていると、自分で読んでも「変な日本語だな」とか思うことがよくある。結構辞書(といってもネット辞書だけど)を引き、言葉の意味を確認しながら書いてはいるものの、なかなか納得のいく文章は書けないものである。 でも、最近の日本語について、なんだかなぁと思うことがある。それは「言語変化の揺り戻し現象」とでもいうべき現象だ。 的を得る この言葉、現代では「正鵠(的)を射る」あるいは「当を得る」の誤用である、というのが一般的だ。でも、10年くらい前までは結構一般化した表現として使われいたし、「誤りだ」と指摘する人もほとんどいなかったと思う。かくいう私も、子供の頃から「的を得る」を普通の言葉として馴染んで使っていたと思う。そういう既に一般的に馴染んでいた言葉がここ10年くらいで「間違いだ」といわれてもどうもしっくり来ないのである。もちろん、現在ブログを書く上では「的を得る」という表現は使わない。なぜなら、そう書くと「間違いだ」という指摘のコメントが付くに決まっているからだ。 つまりそういうことだ。 もともとは誤用だったとしても、広く一般的に普及したならば、それはもはや「誤用」ではなく「言葉の変化」である。実際誤用から変化してできた言葉というのはいくらでもある。ときどき、新聞に「日本語調査」みたいなものが記事になることがある。「○○という言葉は○○%の人が間違えて覚えている」なんてヤツだ。でも、これもよく読んでいくと単純に疑問に思うことがある。ものによっては「70%以上の人が間違えている」言葉なんてのがあるのだ。ここまで来ればもはやそれを「間違い」とは言えないはず。言語は常に変化しているもの。言語はコミュニケーションの道具。たとえそれが語源的に「正しい意味、用法」だとしても相手に通じなければ意味はない。だから日本語調査的なものは言語の変化状況を調査するという意味はあるとは思うが、70%以上の人が「本来の意味、用法と違う使い方をしている」のであれば、それは「誤り」ではなく「変化」と評価すべき事だと思う。まぁ、こういう調査の記事は昔からあったとは思うが、10年くらい前まではそういう記事が言語の変化になにか大きな影響を与えることはなかったと思う。それがここ10年くらいのネットの普及で事情が変わってしまった。掲示板やブログなど、文筆の専門家ではない人の文章というのが世に溢れるようになり、言葉の誤用などについて間違いを指摘するコメントが氾濫するようになった。 ネット社会の特性として、匿名性を利用して「相手を見下すことで優越感を得る」という現象がよく見られる。掲示板やブログなどで相手の間違いをコメントで指摘して「こんなことも知らないのか、バカが」というわけである。実はそういう本人もちょっと前に新聞で知ったようなことだったりするのだが。そうしたネット上の「間違いの指摘」は当然に言語の誤用においても行われ、誤用の普及度が高い言葉であればあるほどそれを指摘したときの優越感が高まる。「ほとんどの人は間違っているけど、自分は正しい答えを知っている。みんなバカだ」。こうしてネット上ではやたらと揚げ足取りの間違い指摘が増えてきたのである。その大きなターゲットの一つが「的を得る」。個人的には、ほぼ定着した言い回しだと思っていたので「間違い」という指摘自体に納得しがたい気持があるが、さりとて「正しい」を主張して押し切ることは無理。結果として私もネット上で文章を書くときは不承不承「的を得る」という表現を回避して現在に至っている。 このようにして、いったんは定着しかかった言語変化が元に戻る「言語変化の揺り戻し現象」はほかにもいろんな言葉で見かける。例えば 確信犯 辞書的には「信念に基づき、自らの行為を正しいと信じてなされる犯罪」というように説明されている。政治犯や思想犯などだ。しかし、近年では「わざとやったのに、事故や偶然を装ってごまかす」という意味で日常の些細な出来事に対しても使われることが多い。これもまた揚げ足取りのターゲットとされる言葉だ。「確信犯は”わざと”という意味ではない」と。しかし、これもまたそういう使用方法が普及したのであれば、単に意味が追加された、と理解すればいいだけで「間違いだ」と指摘することに意味があるとは私は思わないのだが、やっぱりこれもブログ上では回避する表現となってしまった。 このようにネットの普及によって言語変化の揺り戻し傾向がこの10年で見られるのだが、所詮は「揚げ足取りをして優越感を得る」という行為の結果なので、私にはなんとも納得のいきがたい現象のように感じる。できれば「的を得る」を復権したい。「確信犯」は「わざと」という意味でよいと思う。 というわけで、今回のタイトルが的を得るとなっているのはもちろん確信犯です!
2009年01月07日
さすがにこれは結構意外だった。 高校時代はたしか「上州のゴン」なんて呼ばれていて大きな期待をされていた記憶がある。 コンサドーレのエースからいずれは代表クラスまで育ってほしいと、そういう期待もしていた。 レンタル移籍で環境を変えることで一皮剥けるかと思ったけど、引退とは残念に思う。 本人にとってはこの選択がベストなのかもしれないが、一ファンとしてはもう少し現役で活躍するところを見ていたかったなというのが正直な気持ち。 お疲れ様でした。
2009年01月06日
HFCの組織改編、人事ニュースがいくつか。 GM業務も社長が兼務 ・空席のゼネラルマネジャー(GM)の業務を、矢萩社長が統括本部長として兼務する ・鈴木智樹(23)が現役引退し、ユース担当のスカウトに就任する ・広報企画部とホームタウン推進部、運営部とチケット販売業務をそれぞれ統合 ・独身寮などを管理する管理部は廃止、同部の業務は強化部と育成部に分散させる 組織内部の問題なので私はいい悪いの判断材料を全く持っていないのだが、組織を簡素化して経費を詰めているという印象を受ける。無駄を省くことは大切だが、現実には人員削減やコストカットというのは、必要なものまで削ってしまうことが少なくないと思うのだが果たして。 寮監の蛯沢就任に続き、強化部スカウトに智樹就任という、ユースOBに職を開く展開は意図してのものか、あるいは偶然か。 いずれにせよ、組織改編した以上はそれが良い成果となって現れることを期待する。
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