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平成12年12月12日設立。(すべて12で揃えました。)地区後援会だが持株会員でもあり、O.S.C.(Consadate)も組織する。また、後援会のフラッグをスタジアムで揚げてる。年2回のバスツアーやビールパーティなど、いろいろな形での応援活動を行っている。ブログは複数の会員で運用する。
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2005年12月06日
最終戦に応援バスツアーを行いましたが、その日はもう一つのバスツアーが行われていました。

それは、伊達市教育委員会主催の世代間交流事業でヤクルト札幌工場を見学した後、札幌ドームで草津戦を観戦するという研修事業でした。参加者はちょっと少なめでしたが、大変好評(勝ったから?)だったそうで、また来年来たいとの声も上がったそうです。当後援会もチケットの提供など協力させていただきました。

なお、この事業に協賛いただき招待券を寄贈していただきました持株会員の皆様、誠にありがとうございました。
2005年12月05日
前回、半纏1号を紹介しましたが、「あれは法被だ!」との指摘がありましたので、半纏→法被と訂正させていただきます。さて、2号ですが、1号と袖の配色が違うデザインとなってます。もちろん例の生地で作られています。
※注意 ヤフオクではありません。
1号2号とも最終戦バスツアーで宮の沢に行った際に、石屋製菓の方々に大変気に入られたことから、2着とも石屋製菓に里帰りすることとなりました。この話になった時、副会長の顔にはこう書いてありました。
「どうぞどうぞ、また作るから!」
3号、4号もいずれ登場するでしょう。
2005年12月04日
うちの副会長(2人いますが、ひろこさんの方です。)は手先が器用。いろんなもの作っちゃいます。もちろんコンサドーレに関する物も多数。そんなコンサドーレに関する作品を紹介しちゃいます。第1回目の作品はこれ「半纏1号」です。
モデルはOSC団長。本人の強ぉーい希望により目線を入れております。草津戦ではこの格好でフラッグ振ってました。
これを近くで見ると「白い恋人」と「Consadole」のロゴが入っていることがわかります。これは「白い恋人withコンサドーレサポーターサンクスマッチ」で配られたものを石屋製菓さんのご好意によりビールパーティの際に参加者記念品用として頂いたのですが、たくさん頂いたのでその残りを使って制作したものです。もう1着配色パターンの違う半纏2号もあります。この紹介は次回。
更にこの生地を使って、こ~んなものまで作ってしまった!というのもありますのでいずれまた紹介します。
2005年12月03日
バスツアー参加の皆様お疲れ様でした。とにかく勝ってよかった。ホントはもっと点数決めとかなきゃいけないと思いますが、まあ今日はいいかぁ。また来年企画します。ぜひ参加してください。
出発前に例のドーレBOXでドリンク購入!
2005年12月03日
おはようございます。
今日は最終戦バスツアーです。
いろいろ準備があるのでもうすぐ家を出ます。
ちょっと予定より少ないけど、集まったのは34名。
宮の沢に行ってからドームへ向かいます。
今日はいろいろなお別れがありますね。
公式発表されてませんが、報道などによると7名の選手がチームを離れ、2名がレンタル移籍とのこと。また、これも公式に発表はされてませんが、長年親しんできたadidasともお別れするとのこと。
ちょっとさびしい気持ちもありますが、まずは最終戦、草津に4連勝するために精一杯みんなで応援したいと思います。
2005年12月02日
明日12/3、今シーズンの最終ゲームに伊達地区後援会ではバスツアーを企画
した。伊達から老若男女を乗せたバスが、札幌ドームへコンサドーレの応援
へと向かう。これまで何人の人が、このバスに乗って札幌へいっただろう。
2000年夏、僕らの忙しい夏は成功裡のうちに終わった。
子供たちも喜んでくれた、噴火でちょっと元気のなかった街もあの時はみんな
笑顔で楽しいひと時だった。コンサドーレに関心を持ってくれる人も増えただ
ろうと、後輩Tと自己満足の世界に浸っていた。
打ち上げの席で、HFC担当部長が地区後援会の話を切り出してきた。
まだ、当時は後援会組織もあまり存在しておらず、これを契機にということで
あった。選手たちを目の前にしていた僕らは、確かに高揚していた。
後輩T 「いいですよ、やりましょうー」
「今日もこんなに大勢の人が来てくれたしー」
えーっ``、またかよー、お前軽すぎるぅ~ と内心絶叫していた。。
「J1に上がります」と力強く言ってくれた選手、「後援会の件、よろしく」と
力強く握手を求めてきた部長。手を振りながら彼らは去っていった。
とても嬉しく充実感を味わっていた、と同時にその重責に後輩Tの足を
踏みつけていた・・・
2005年12月01日
札幌の試合に行ってなんだか知らないけど涙出そうになること(ほんとはちょっと出てる?)がたまにある。スタンドの一体感が出たときに妙に感動するときがある。でも一回だけ大泣きしたことがある。それは01年の清水戦、岳也の札幌デビュー戦だ。
あのVゴールで残留できると思った。あのころは何が何でもJ1にいたいという思いが強かった。ものすごく涙が出た。号泣だ。あまり人に見られたくない姿だった。しかし、しっかり後ろから見てる人がいた。OSC団長である。
12/3の最終戦相川は出場停止、岳也の出番があるかもしれない。札幌での最後の勇姿を見せてほしい。あの時のようにゴール決めたらまた泣いちゃうかもしれない。後ろにはまたあの人もいるのである。
2005年11月30日
さっき「トリビアの泉」見ていたらJRの京都キャンペーンのキャッチフレーズだった「そだ 京都、行こう。」 が画面に出ていました。
ちゃんと読めましたか?この時期僕らも敏感になっているようで・・・
2005年11月30日
まず、初めにお詫びを・・・
あいまいな記憶を頼りにこの「はじまりシリーズ」を書いておりましたが、
ご指摘がありましたので、訂正をさせていただきます。
「はじまりー3」おいて参加いただいた選手に間違いがありました。
和波選手ではなく、池内選手(現在 得点王)でした。
このイベントに参加されていた方からコメントをいただきました。
避難民さんありがとうございました。
ご指摘があった後、当時の資料を探し出してわかりました。ブログを書かなければ
という気ばかり焦っておりました。申し訳ありません。
お詫びついでにもうひとつ、イベントのタイトルもかなり違ってました。
正式には「噴火に負けるな、希望と夢を、-サマーサッカーフェスティバルー
~コンサドーレ札幌の選手を迎えて~」というものでした。
年齢を重ねると、ほんと記憶ってあてにならないもので・・・言い訳ですが
ということで、続きです。
選手のサインやグッズを手にした子供たちが、笑顔で帰って行きました。
後輩Tと「やったなぁー、やって良かったなぁ」とお互い、はんべそで
ヨーデルを奏でていました。
会場の片付け後、HFCスタッフ、選手の方々と慰労会というか、打ち上げを
催しました。本当にみなさん好青年という感じで、我々の質問に親切に答えて
下さったり、試合での話などなかなか聞けないことも、面白おかしく話して
くれました。
帰り際には「絶対J1に上がります」と力強い言葉を残して、伊達の地を離れて
行きました。
チームは連勝街道を驀進中ではありましたが、タイトな日程の中、ご協力を
いただき本当にありがたく思いました。
このイベントには、コンサのレプリカを着て来場されている方が意外に多く
驚きました。私は一人や子供を連れて単独で行くことが多く、この地域にも
けっこうサポがいるんだなぁと・・・
中には札幌や函館から来て下さったサポーターの方もいて、嬉しく思いま
した。
そんな中、会場で声をかけてきたのが、現事務局長Y君でした。
このY君の精力的な行動がなければ、伊達地区後援会は存在しなかったでしょう。
2005年11月29日
伊達市内にはドーレBOXが何台あるでしょう?
正解は3台。1台目は市体育館受付横、2台目は市役所地下喫煙室、3台目は副会長の自宅前です。自宅の前に「無償で自販機置かせてください。」なんて言ってみる方(僕ですが)も何なんですが、「うんいいよ!」ってあっさり返事してくれる副会長もなかなかのお方。しかも、「うちのいい目印になった」と喜んでくれている。ありがたいことですよね。ここは高速入口にも近いので、最近札幌へ出撃するときは、ここでドリンク買ってから行くことにしています。1本買うと確か20数円HFCへ入ることになってます。最終戦のバスツアーは出発1分後にここに寄ってみんなにドリンク買ってもらおうと思っています。ちなみに場所はここです。
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