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rio@川崎 高校生までは岩見沢→倶知安→札幌→室蘭→札幌と親の転勤に伴い移動。 以降は大学で山梨、大学院で東京、就職後に川崎と微妙に関東を移動する。 現在は川崎フロンターレのホーム・等々力競技場にほど近い所に住み、青かったりイルカだったりする中で街を赤黒やエゾフクロウに染める為、秘かに活動中。 故郷・札幌に愛するチームがあることを誇りに思っています。 ※※※ 観戦歴 ※※※ ★リーグ戦★ 1997.06.07 vs東京ガス  江戸川   0-0 ▲ 1998.07.29 vsC大阪    厚別    3-4 ● 1999.09.19 vs大宮    大宮    0-1 ● 2004.04.03 vs平塚    湘南    1-1 △ 2004.09.26 vs横浜FC   夢の島   1-1 △ 2007.11.18 vs京都    札幌ドーム 2-2 △ 2008.07.13 vs千葉    フクアリ  3-0 ○ 2008.08.17 vs京都    札幌ドーム 1-2 ● 2008.08.24 vs横浜FM   ニッパツ  0-1 ● 2008.10.26 vs川崎F    等々力   1-3 ● 2008.11.23 vs東京V    味スタ   1-1 △ 2009.04.26 vs横浜FC   ニッパツ  1-0 ○ 2009.08.09 vs東京V    味スタ   2-1 ○ (通算 3勝5敗5分) ★ナビスコ★ 2008.05.31 vs川崎F    等々力   0-2 ● (通算 0勝1敗)

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ミノさん、決めたよ。

2009年06月24日

もう17年も前の話。

度重なる怪我でなんと4年もシーズンを棒に振った投手が居ました。

ヤクルトスワローズ・荒木大輔。

名将・野村監督のもとで14年ぶりの優勝を争っていた9月24日。

2位阪神との一戦。

先発投手が打ち込まれ、2アウトながらも1点差に迫られたところでの1541日ぶりの登板。

「ピッチャー交代をお知らせします。ピッチャー、荒木」

地鳴りのようなどよめきと、ものすごいオーラが伝わってきました。




それからはもう、鬼神の如く、古田のミットめがけて一球、また一球。

見事荒木は三振で切り抜け、そのままチームはその試合を勝利で終えました。

そしてその勢いでヤクルトは90年代の黄金時代を迎えたのです。

当時受験生だった私は、気がついたら涙がぽろぽろ落ちていた事を今でも覚えています。



箕輪義信。札幌を救うためにやってきた男。

今回の決断は責任感の固まりのようなあなたにとって、私たちが想像できないほどの葛藤の末でしょう。

札幌というチームは、既にあなたから沢山の財産を貰い、そしてこれからも、札幌に魂を吹き込んでくれると信じています。

願わくは、いつしか指導者となってからもこのチームのために全身全霊をかけて頂きたい。



来年の今頃、赤黒の縦縞の5番が、荒木以上の感動をもたらしてくれる。

その時まで、僕らはミノさんへの涙を取っておきたい。

待ってます。だから焦らないで。


post by uran

18:16

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