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【たもし】 コンササポというよりはコンサファン。ファン歴は長いけど、サッカー音痴でオフサイドもいまだに良く分かりません。

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ダイエーホークス

2005年11月12日

ここで他のスポーツの話をするのはなんとなく気まずいものがありますが、あえて書きますと自分はダイエーホークスが好きでした。
(ソフトバンクになってからはちょっと好きレベルにダウン)

たしかコンサドーレに出会う前の事だったと思います。
暇を持て余していた昼過ぎ頃、なにげなくテレビをつけると円山球場でのダイエーホークスの試合が中継されていました。

野球はそう詳しくないけれど、世界のホームラン王、王貞治が監督をしている事、長年パリーグで最下位争いをしている事ぐらいは知っていました。
ですが、その試合のホークスは…強かった。

いや、その試合で興味がわいて、思い出してはチェックするようになった新聞のスポーツ欄のホークスは強かった!
見る記事、見る記事、連勝、それも5連勝、6連勝記事ばかり。
自然と気持ちもダイエーホークスに寄っていきます。

ところが、最終成績を見てみるとあれれれれ、最下位かその一歩手前。
翌年も見る新聞、見る新聞、連勝記事ばかりなのですが、最終的にはやはりBクラス。
どして?

調べてみると、当時のダイエーホークスは勝つときは5連勝、6連勝しますが、負け時は6連敗、7連敗するチームだったのです。
そんな強いか弱いか分からないチームというのが面白くてより興味がわきましたね。

そんなホークスもいつしかAクラス、いや優勝争いの常連チームと成長しました。
理由はいくつかありますが、どんな苦しいときも、一人の監督のもと、じっくりと、チーム、そして若手をきちんと育てきた、という事が一番なのではないかと思います。

今年メジャーで活躍した井口は、鳴り物入りでホークスに入団したものの最初の数年は成績が低迷、そんな状態でも王監督は辛抱強く使い続けたという話ですし、今や日本を代表するキャッチャー城島もベテランピッチャー工藤が練習のみならず、試合中でまでノウハウを叩き込んだという話を聞きます。

チームとしても生卵事件やスパイ疑惑など、数々の苦難、不祥事を乗り越えたからこそあれだけのチームに出来上がったのだと思います。

だらだらと書いてしまいましたが(3日かかった)、何が言いたいかと言うとつまりは、コンサドーレもまだまだ伸びるぞ!という事。
柳下監督体勢になってからのコンサドーレへの期待は今でも高まるばかりです。

参考
福岡ソフトバンクホークス(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/福岡ソフトバンクホークス



post by たもし

23:32

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コンサドーレについて

2005年11月08日

たもしです。
初回という事で、今回は自分がコンサドーレ札幌を好きになった経緯を書いてみたいと思います。

あれは法事で親戚一同が集まった日の事でした。
法事というものはただただ退屈なものでして、暇を持て余していて意味もなく家の中をうろうろしていた所、従兄弟がテレビでサッカーの試合を見ていたのでした。

正直それまでサッカーにはさっぱり興味がありませんでした。
Jリーグで知っているチームも浦和レッズと、あとは市原にサッカーチームがあるという事ぐらい。
北海道にもサッカーチームが出来たという事は知っていましたが、それだけです。

そんな感じなので退屈しのぎのつもりでTVの前に座ったのですが…それが「厚別の奇跡」と今でも語り継がれる、ロスタイムで大逆転劇を演じたJFL時代のコンサドーレの試合だったのです。
もう興奮しましたね。
その時からコンサドーレから目が離せなくなりました。

その翌年にコンサドーレはJ1へ昇格するも、奮闘空しくJ1残留戦へ。
この時の室蘭での福岡との試合では、いてもたってもいられずバスツアーで試合会場に乗りこんだ思い出があります。
それが始めての試合観戦、それもゴール裏。
試合の流れ的に常に反対側のゴール前での戦いが続いて、なにが起きているのかさっぱり分かりませんでした。
必死に「ペレイラ出せ~」と叫んでいた記憶だけはあります(笑)

結果新しく出来たJ2に降格する事になりましたが、その後もコンサドーレはJ1への昇格、そしてまた降格と、10年に満たない間に数多くの激動のドラマが繰りかえされてきました。
これほど波瀾万丈なチームは他にはそうないでしょうね。
たとえ負け続けたとしても、それでもその先になにかを感じさせるこのチーム。
自分はそんなコンサドーレが大好きです。



post by たもし

23:52

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