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北海道から出発してどんどん西へ向かい 2018年はついに国外へ出てしまったが また西の端へ戻ってきた。 9歳、11歳、14歳、そしてhousanと いっしょに暮らしています。 このブログでは日々のつぶやきを 公開中。
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2009年02月18日
広田照幸「日本人のしつけは衰退したか」で紹介されている例などを見ると、昭和初期の親は常に仕事で忙しく子どもの世話などほとんどしていなかったと見える。毎日朝早く出かけて夜遅く帰宅し何日も子どもの寝顔しか見ていないとか、仕事中まつわりついてくる子どもに邪魔になるからと小銭を持たせて外に追い払うとか。これらの例のみで、昭和初期の親子は、とくくってしまうのは乱暴だけれど、でも当時の親子関係は現代よりももう少し「薄い」ものだったのではないかと想像する。 先日行われた保育園の父母交流会でいろいろなお母さんとお話した。 あるお母さんが「何を犠牲にするか、だよね」と言っていたのが印象深い。 子どもか、夫の仕事か、自分か‥‥自分しかない。 保育園の父母交流会なので、どのお母さんも仕事をしている。仕事内容も体力的にもキツイ。それに見合った給料をもらっているとも思えない。毎日の生活を回していくのがせいいっぱいななかで、子どもに優しく、なんて到底できない。 子どもが病気で一日家にいるとすごくイライラしちゃうし、元気に保育園へ行ってくれると本当にホッとする、と。 一方、実際には働いている親よりも専業主婦の方が保育園を求めているらしい。 一日中、しかも365日!ずーっと子どもと一緒なんて息が詰まる。自由な時間がほしい!リフレッシュしたい!子どもを預かってほしい!!‥‥というのが乳幼児を育てる専業主婦の本音。 だから幼稚園に子どもを送り出した後のお母さんは、あれほどまでに「真剣に」おしゃべりしているのだ。 要するに、四六時中子どもと一緒にいて、かつ子どもをかわいがる、などというのは無理な話だ、ということ。都会化された大人には子どもの「自然」はときに悪臭と感じられる‥‥。 自然。癒されることもあるけれど、天災で破壊されることもある。人の手を越えたところにあるのが自然。子どももそうだ。いつでも大人の手をはみだす。だからおもしろいのだけど、それが大人をイライラさせることも多い。 だから子どもとは適度な関係を保つのが本当はいいのだと思う。昭和初期の親子も、それはそれでよかったのではないか、と。 最近、乳児テキストのことをちらちら考えつづけている。 においのする子どもを描けたら、と思う。 臭くもあり、愛おしくもあり。
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