カレンダー

プロフィール

1948年2月 島根県 松江市生れ。早稲田大学 体育会庭球部卒。全日本学生ダブルスベスト16.国体島根県代表。テニスコーチプロ。1971年 日本航空入社。以来営業畑を中心に世界中を歴任し、主として赤字支店及び赤字関連会社の再建に取り組む。1987年より5年間ドイツ ジャルパック デュッセルドルフ支店長時代東西ドイツ統一の現場を体験。1991年帰国。営業本部国内予約管理室長、大阪、名古屋を経て、2001年1月(株)北海道フットボールクラブへ出向。当時5億円近い債務超過を現在1億円近くまで圧縮。2005年中にはほぼ債務超過を解消すべく努力中。現在の役員では最古参。

最新のエントリー

月別アーカイブ

リンク集

カテゴリー

検索

ダラスの熱い12日間⑤

2006年08月21日

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月8日(土) 第2日目(2/2)

 やっとの思いで練習場についた。きつく乾燥し、日差しは強く、我々の体をじりじりと容赦なく照り付けてくる。初めての練習場。公園の一角と言われていたのであまり期待をしていなかったが、予想通りであった。周りは森に囲まれており、ゴールポストはあるがフェンスがない。これは球拾いが大変だ。選手たちはグランドの片隅で着替え、いよいよトレーニングが始まる。選手たちが着替える間、スタッフは忙しい。グランドの硬さ、芝生の生え具合等必ず事前にチェックをする。この時もサッカーシューズではひざを痛めるとかで通常のシューズで対応することにした。

 最初のジョギングということで私もお供することにした。公園の散歩道をひた走る。5分走ったところで引き離された。だめだ。ついていけない。後で聞けばFコーチは私がついてきていると判ってわざとスピードを上げたらしい。やがてパスワークの練習が始まった。ゴールキーパーは別メニューで練習だ。私はひたすらボール拾いを手伝った。なにしろフェンスがないだけに重労働だ。ボールが森の中へ入ればトゲにやられるし、結構な汗をかいた。

 やがて一人の選手がお腹を押さえてこちらに走ってくる。「すみません。ティッシュペーパーありませんか。お腹が痛いんですけど。」といっても近くにトイレはない。「しょうがねーなー。じゃこれもって森の中へ入れ。」「はい!」と一目散に入っていった。

 しばらくすると、すっきりした顔で出てきて練習へ戻っていった。後で聞けば、森の中に小さな小川が流れており、立派な水洗便所となったとか。下流では現地の子供たちが水遊びしていたのも知らずに。

 選手たちは軽く一汗をかけただろうか。2時間程の練習を終え、着替えてからまたバスでホテルに戻った。選手たちは多少自由時間が出来たので近くのウオルマートでショッピングをしたりして、出迎えにきたホストファミリーに連れられて帰っていった。今晩は各家庭で歓迎会を開いてくれるらしい。

 その日の夜はスタッフの最初のイベント。ウエルカムパーテイーが開かれる。どんな内容なのかさっぱりわからず取り敢えず正装して臨んだ。一階の大ホールで生伴奏が流れている。世界各国から来た人たちでホールは埋め尽くされ、そのほとんどの顔はすでに真っ黒に日焼けをしている。ちょうど日本からもJFAから派遣された公式審判員もお目にかかることができ、スタッフとミゲ-ルさん、ジョージさんを囲んで話は弾んだ。実は今回、もしや日本を代表としてスピーチをさせられるかもと思い、英語の挨拶を用意していたのだ。“It is my pleasure to express our greetings on behalf of our country and our club…”等々。がしかし全く必要はなかった。なにしろ500人以上はいただろうか。大会関係者、今回のスポンサーであるドクター・ぺッパ-等の関係役員の挨拶が続き、このダラスカップの大きさを見せつけられた。もう一つ意外なことがあった。アルコール類が全くない。ビールがない。なぜだ。ここダラスでは飲めるエリアと飲めないエリアがあって、この辺りは飲めないエリア、つまりドライエリアと呼ばれているらしい。ホテルの中であろうと注文しないとでない。ダラス中のコンビニで探しても、どこにも売っていなかった。しばらく健康的になれると思い我慢することにした。第2日目の一日がやっと終わった。


「ダラスカップ」とは
1980年より毎年開催。今回で第27回。既に2010年までスケジュールが決まっており、それまでドクターペッパーがスポンサーとして契約している。カテゴリーはスーパーグループ(U19)、グループA(U19)、グループB(U17)、グループC(U16)、グループD(U15)、グループE(U14)、グループF(U12)まであり、合計184チーム約4000人参加するスーパー大会だ。これを8日間で消化する。ユースの大会としては世界で最も規模の大きい大会と言われる。


post by kadowaki

23:37

コメント(0)

ダラスの熱い12日間④

2006年08月17日

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月8日(土) 第2日目(1/2)

 翌朝スタッフ全員で朝食を取った。早速神戸戦の結果が気になり、Aコーチの携帯で確認をとる。2-1で我がチームの勝利だ。ホッとした。決勝点はオウンゴール?まあ何でもいい。勝てば良いのだ。これで15日までは良い気持ちで過ごせる。またまたミゲールさんのスピーチで始まった。常に笑いが絶えない。英語もとてもわかりやすい。

 そろそろ朝食も終わりかけた頃、テーブルになぜかフォークとナイフが1セット残っている。誰かいない。よく見まわしたらFコーチがいない。どうしたかなと思っていたら、Fコーチが慌ててきた。なんと頭はボサボサ、とても人間の顔とは思えないようなボーッとした顔でこう言った。「いやー、すみません。目覚ましが鳴らなくて。ちゃんと寝る前にホテルの時計と自分の持ってきた目覚ましをセットしたのですけど、鳴らなかったのですよ。壊れているのですかね。」「熟睡していて気がつかなかったのだろ。」「いや、そんなことはありません。ちゃんとかけたのです。」

 あとのはなし。「団長、すみませんでした。実は、同じ7時でも、夜の7時にセットしていたみたいです。さっき二つともガンガン鳴っていました。」と、夜その話を聞いた。

 朝食後、ロビーには各家庭から送られた選手たちでごった返していた。それぞれのホストファミリーの待遇を話し合っている。色々聞くと面白い。大きな家でビリヤードやプール付きの家庭もあれば、マンション住まいの家庭もあり、また朝食もしっかり食べさせてくれるところもあれば、バナナだけのところもあるとか。いずれも朝食を十分に取れない選手のために、ホットドッグ等を常に用意しておくことにした。ホームステイの良い点と問題点が見えてくる。チームとして試合をする以上、各選手に公平に対応しないとやはり問題が起きやすい。しばらく注視していく必要がありそうだ。体重も毎日計る。早速何も食べられない選手もでてきていた。

 ホテル2階のボールルーム前で初のブリーフィングが始まった。監督から全コーチ、ミゲールさん、ジョージさんの紹介が始まった。選手たちはこれから始まる大会に向けて緊張していた。その時はもうFコーチは今朝の時差ボケ事件からすっかり我を取り戻し、明るく冗談をとばして選手をリラックスさせていた。団長にも順番が回ってきた。

 「皆さん。昨年のダラスカップの出場が決まって以来、あまり練習も十分にできなかったと思います。さあ今日からが本番です。来年もこのダラスカップに向けて参加できるように、今年の高円宮杯の全国大会で優勝することが目標です。これは決して去年の御褒美旅行でないことを念頭において戦って下さい。プロになりたいならとにかく全力を尽くしなさい。」
 
 目は輝いていたが、やはりおとなしい。これもトップチームのDNAか。昔ながらの体育会系の私にはちょっと寂しい。
 
 さて、今日は軽い練習日だ。午前中は大会の登録等に時間を要し、お昼はホテルのスナックを取ることにした。でかいホットドッグとジュース、若い食べ盛りだけにやはり二人前は食べる。やがてバス2台に分乗し、大会側が提供する練習場に向かった。空は真っ青に晴れていた。日本とは全く違う天気だ。

 いざ出陣。早速ジョージさんが道に迷った。前日のミゲ-ルさんからの忠告が脳裏をよぎる。「あいつジョージはよく道に迷うんだ。ここに長く住んでいながら間違えるんだよ。去年もよくあったんだ。」


post by kadowaki

22:20

コメント(0)

ダラスの熱い12日間③

2006年08月17日

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月7日(金) 第1日目(3/3)

 飛行機を降りてゲートからもう随分歩いた。さすがに広い。動く歩道があるとはいえ、なかなかイミグレーションに着かない。やっとの思いで着いたら外国人の入国受付カウンターが長蛇の列。全員出るのに30分はかかった。次に荷物の受け取りだ。順調に各人は荷物を受け取り、出口に集まったものの、なかなかレオさんが来ない。「どうしたのか」と尋ねると、成田空港で預けた長さ2メートルの棒(入場行進に使う竿)が出てこないそうだ。さらに30分以上待った。結局成田で積み忘れたらしい。たかが竿のため随分待たされたものだ。考えてみれば現地で調達すれば良かった。とりあえずやっと空港を出てダラスの地へ踏み入れることになった。搭乗機到着の15時15分からすでに2時間は経ち、時計の針はすでに17時半を過ぎていた。

 慌ただしく出迎えを受け、事前に聞いていたミゲールさんと握手をした。でかい。グローブのような手で握力も強い。そしてまたこれから面白くなりそうなもう一人のお世話役ジョージさん。ダラスに在住するボランテイアの方で、いつもミゲールさんとコンビを組んでこの大会にスタッフとして参加をしているらしい。昨年もジュビロ磐田ユースを担当したそうだ。

 大会主催の15人乗りのバス2台に乗り込み、いよいよダラス郊外のインターコンチネンタルホテルに向かった。さすが車王国。フリーウエイをひた走り約30分でホテルに到着してしまった。ホテルのロビーは世界各国から集まったチームで溢れかえっていた。そこで選手たちは荷物を受け取り、ホームステイ先の家々へ分かれていく。皆初対面のため皆緊張していたが、疲れた顔もそこそこに各家庭へ散っていった。すでに夜は21時を過ぎていた。明日の打ち合わせを兼ね、監督、コーチ、ミゲ-ルさん、レオさんの皆でホテルのレストランにて夕食を取った。しかし野菜とパスタしかなかった。ミゲールさんの第一回目の講義が始まった。自分の経歴、サッカーの神様ペレの話。まだまだ序の口だった。その後もミゲールさんの話は続いたがようやく解散し、長い1日が終わった。ここはまだ、日本を出発した同じ日、金曜日の夜なのだ。あと4時間もすればトップチームの対神戸戦の結果が判ることになっていた。ただひたすら眠った。


「ミゲール デ リマ氏」
 元ブラジルのプロサッカープレーヤー(ゴールキーパー)で、身長188センチ。現在マイアミでサッカー学校を主宰し、娘に経営を任せている。ブラジルのリゾート地にホテルも1件所有し、そこはご夫人が経営を任されている。月に1、2度マイアミとブラジルを往復しているそうだ。とにかくスケールのでかい人だ。現役の頃はあのサッカーの神様、ペレとずっと一緒に遠征していたそうだ。今でも家族ぐるみで付き合っているという。確かに非常に解りやすい英語でとうとうとしゃべってくれる。幼少の頃は裕福ではなく裸足でボールを蹴っていたそうだ。サッカーの立身出世話を聞くと確かに長い。でも参考になった。我がチームの選手に聞かせてやりたいぐらいだ。

「ジョージ エスパレア氏」
 ダラスに在住する電力会社のサラリーマン。息子さん(マテウス)はサッカー好きで現地アマチュアクラブに所属しているが、現在シカゴの大学に通っている。ジョージさんはいつもこのダラスカップの際有給休暇を取り、ミゲールさんとコンビを組み大会を手伝っている。


post by kadowaki

00:09

コメント(0)

ダラスの熱い12日間②

2006年08月15日

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月7日(金) 第1日目(2/3)

 ほぼ定刻に成田空港へ到着。国内線用の新滑走路に降りたため到着ゲートに着くまで20分をも要してしまう。すべての荷物を搬出するまで約25分。最後まで残されたチームが全員到着ゲートをやっと出ると、今回の旅行をすべてにおいて面倒をみてくださる添乗員のレオさんがじっと待っていてくれた。真っ黒に日焼けした日本人だ。昨年もこのダラスカップにエスコートをした方だけあってとても心強い。レオさんより、まだ緊張した気持ちが抜けきれない選手たちの前で最初の挨拶が始まった。

 「今回皆さんと一緒にお手伝いする高柳玲夫と申します。最後のこの成田で解散するまで皆さんとご一緒ですからどうぞご安心下さい。」誰よりも一番安心したのは他でもなくこの自分だった。とにかくホッとした。そこに高柳さん(つまりレオさん)の上司である島田社長も見送りに来て下さり、昨年のダラスカップについて色々と教えを受けた。この伝統のある大きな大会で、必ずやコンサドーレのユースたちが貴重な経験を得られること、一皮も二皮も剥けてうまくなって帰ってくるであろうこと等を聞いた。さらにアメリカでお世話をして下さるブラジル人で、サッカー界ではゴールキーパーとして昔活躍したミゲ-ルさんという方がなかなか面白いと言うのだ。「いやあ、人柄の良い体格の大きなブラジル人でね。しゃべりだしたらなかなか終わらない。多分一発で気に入りますよ。ただ一つ、よく助手席のほうを見ながら両手を離して運転するから気をつけて。」と言われた。会ってからの楽しみがひとつ増えた。
 
 JALが発着する第二ターミナルから、早速無料循環バスで2班に分かれて移動だ。第二ターミナルが出来る前によく仕事で使っていた第一ターミナルはあちこちで工事中であった。ここでもアメリカ線は個々で搭乗手続きをせねばならず、皆レオさんの手助けを受けながら手続きをした。たまたま自分の番で、チェックインカウンターの日本人女性が、「コンサドーレ札幌の皆さんですか。私の実家が札幌なのでよく応援していますよ。がんばってきて下さいね。」まさかこの場でしっかりと激励を受けるとは。 

 出国検査も終え、昔懐かしい第一ターミナルならではの円形サテライトからゲートインをした。機内は最新鋭777のファースト、ビジネス、エコノミーと3クラスタイプ。一席の空席もなく超満席であった。どうやらほとんどがここ日本からの乗客ではなく、お隣中国(香港、上海、北京等)等からの乗り継ぎ客らしい。ここでも中国の経済発展の凄まじい光景が見られた。聞くところによると、中国からの直行便は全て満席のため、仕方なく日本経由便を選ぶらしい。確かに日本人は我々だけのように感じた。一人だけ日本人の男性パーサーが乗っていたがこれがまたぶっきらぼうな日本語でアナウンスをした。「えーと、ただ今の機長からの報告によりますと、これからの飛行時間は10時間50分。航路は概ね良好ですが途中ところどころで揺れることもございますので常にベルトは着用して下さい。なにか御用があれば私に申し付け下さい。」これで終わり。もう定年間近の気の良さそうなおじさんという感じだった。離陸してから一通りの食事が終わっても、まだまだ時間がある。いや、とにかく長い。長すぎる。しかも隣は若そうなアメリカ人男性だ。難しそうな経済誌を読んでいる。一応儀礼的に挨拶をし、どこから来たのか、どこへ行くのかを尋ねた。彼は出張の帰りで上海から成田を経由してダラスまで飛行し、そこからまた国内線に乗り継いで家族のいる家に帰るところだそうな。いやいやそれこそ大変な道乗りだ。少し自分も考え直した。文句は言えないと思った。 

 機内では娘からあてがわれた本を読んだ。ひたすら読み続けた。今時のベストセラー「東京タワー」である。不思議と自分の人生とかぶり、島根の田舎から東京へ一人息子が単身乗り込み、浪人、大学、入社、結婚等、自分が経験してきたことを思い浮かべた。幸い真っ暗な機内がゆえ、大いに泣いた。その為ほとんど寝付けず読書をしていたら、いつの間にかテキサスの上空に差し掛かっていた。灼熱の太陽が乾燥した滑走路を照らし、無事着陸した。定刻だった。


post by kadowaki

20:30

コメント(0)

ダラスの熱い12日間①

2006年08月12日

コンサドーレ札幌U18 ダラススーパーカップ遠征紀行

4月7日(金) 第1日目(1/3)

 これまでの激闘の中の思い出と、滞在期間11日にわたる長い旅の終わりに近づく安心感、そしてなんとも言えないボーッとした時差ぼけの感覚にさまよいながら、若い少年たちは、高度1万メートルの成層圏の中を一路成田に向かう満席の機内でおそらく爆睡しているに違いない。

 このダラススーパーカップへ参加できたのは昨年の秋、高円宮杯全日本ユースサッカー選手権の全国大会で準優勝出来た結果である。

 4月の初めでも春はまだ遠く、両脇の道路にはまだ残雪の名残がある中で、気温計の針は2度を指していた。いつも走り慣れたこの千歳空港高速道路も、今日の思いはことのほか期待と不安が入り混じった気持ちが高鳴り、その気持ちを抑えながらただ漠然と「これからダラスへ行くんだ。」と走っていた。

集合場所も時間もろくに確認しないまま、千歳空港のJALカウンターの前までいくと、赤と黒のジャージを着た少年達がパラパラと見え、これから遥か遠い未知のダラスまで行く子供を見送る母親とともに集まっていた。

 「こんにちは。この度、私がユースチームの責任者としてお供させて頂きます。皆様のお子様を責任持ってしっかりお預かり致しますので、どうぞご安心下さい。」

 そもそもこの随行も急に決まったもので、事前の準備も打ち合わせも何もなく、随行のスタッフ、選手の名前もほとんど把握しないままでの出発だっただけに、親御さん以上に不安なのはこの自分だった。ダラスというところは昔ダラスフォートワース空港を業務視察したことがあるだけで他には全く記憶にない。J.F.ケネディ大統領が暗殺された場所であることと、当時世界で3番目に大きい空港だったという印象しかない。

 スタッフも揃い、選手も全員集まり、まずは成田空港までの搭乗手続きをしなければならない。千歳空港では添乗員はおらず、Fコーチがまとめて航空券を持っていたので、早速、以前仕事で幾度も搭乗手続きをした経験を生かした。なにしろ荷物は大きいし、遠征に必要な道具類も多い。成田空港でのターミナルも航空会社も違う。ただ乗り継ぎ時間は十分にある。ここ千歳では国際線の手続きはせず、成田空港までの国内線手続きまでとしたほうが確実で安全だ。さて、25名ともなると団体扱いとなり1階で手続きをしなければならないが、わざわざ降りてもらうのも大変だから2階で搭乗手続きをさせてもらうことにした。一人ずつ無事にチェックインを完了。その後は各自解散として、搭乗ゲートで再度集合することになった。

 その時、思いがけず搭乗ゲート付近で我がコンサドーレ札幌のトップチームの面々と偶然めぐり会うことができたのだ。彼らは神戸とのアウェイ・ゲームのためお隣のゲートで出発を待っていた。思いがけずそこに藤田選手や石井選手等、我がU18チームの先輩達がいた。藤田選手にとっては昨年の高円宮杯大会に出場し、このダラス遠征を勝ち取った一員なだけに、なおのことこのまま隣のゲートから皆と共にダラスに行きたかったに違いない。お互いに健闘を誓い合いながら我々はひと足先に機内へ乗り込み、全員まずは成田空港へ向かった。


post by kadowaki

10:13

コメント(0)

必勝祈願

2006年01月12日

いよいよ 2006 行動開始です。

1月15日 午前11時30分より 北海道神宮にて 恒例のチームスタッフ全員での今年のJ1昇格と無病息災を祈願します。
 
よくよく考えるに昨年のこのとき 佐々木社長以下役員全員にて祈願しましたけれど、なんと今年は私ひとりしか残っていないことにだれがこんな事態を予想していたでしょうか。
  
むかし某所にカミにみはなされたら自分の手でウンを掴めと落書きを見ました。まさに勝運をつかむためんは神にお願いしないと今年は特別の思いがあります。

柳下監督の3年目。いま今年度の予算を作成中ですが、なかななか厳しい状態です。なんとか今年こそ自らの手でいや足で昇格を掴みたいものです。

午後からサポーターの皆様方と楽しいイベントがあります。新メンバー紹介あり、選手といっしょのゲームあり、新ユニフォームのお披露目ありと楽しく過ごしたいと思います。

まだ初詣がまだのかたは 北海道神宮からごいっしょにスタートしましょう。


post by kadowaki

14:12

コメント(0)

2006観客動員目標30万人

2006年01月06日

 
 新年あけましておめでとうございます。今年で6年目の冬を越すことに相成りました。さあ今年は? まだ未更改ですが、債務超過が解消すればFA宣言できますがね。いずれにせよ解消に向けて全力を尽くします。
 さて 昨年末にはやばやと2006の観客動員は30万人とマスコミにでました。これはあくまでも目標であればいいのですが、やはりノルマとしてやる覚悟が必要です。ただ人数よりも優先されるのは販売収入であってそこのところをいくらにもっていくかが、おおきなファクターになってきます。

 2005は 最終244,935人、収入は推定で約4億円。一人当たり単価1,630円位になります。この単価としては年々下降気味ですが、まだJリーグのなかでは高レベルと言えます。60万人以上出しているところでさえまだ1,000円以下ですから。一度下がった単価を上げるのは非常に困難です。

 そこで2006はまだ最終決定は至っておりませんが、最低4億6000万円以上の収入をめざし、かつ30万人のノルマをめざすことになるでしょう。

 正直いってこれは非常にきびしい数字です。ただやり遂げねばなりません。そこで、今年度札幌ドーム、11試合、厚別11試合、その他2試合ときまりましたので、ドーム平均18200名以上、厚別平均8200名以上、つまりドーム20万人厚別9万人その他1万人で想定しました。

 いよいよ明日よりシーズンチケットの発売です。すべてこのシーズンチケットの売上が我社の1年を占うことになります。なにしろこの現金収入は大きい。学生さんのために新たに設定しました。是非お年玉で、アルバイトで買ってください。シーズンチケットで1万人達成しましょう。


post by kadowaki

10:18

コメント(0)

ドーレ君が完成しました。

2005年12月27日

2006 新規加入のお知らせ

この度 2006年度 コンサドーレくんの新規加入が決定しましたのでお知らせいたします。

名称     風船ドーレくん
出生地    中国  蘇州
身長     約3メートル
体重     約10KG
契約期間   2006年1月04日より約10年間
年俸     フン十万円
レンタル   1万円(一回につき)
背番号    12
ポジション  アウトフィールド(人が大勢いるところ)

コメント   この度新たに中国より加入しました。 
              J1昇格にむけて皆さんサポーターとともに
         全力をむけてがんばりますので 
              よろしくお願いいたします。

        
来年こそ 最高に良い年でありますように!          
 
           勇往邁進2006
                              
      カドテツ



post by kadowaki

10:58

コメント(0)

運営費とCVS

2005年12月22日

 興行費あるいは運営費と言われ、ホームゲーム試合の運営費はいったいいくらかかるか。

 当初2001年の札幌ドーム開幕試合では、神戸での花火大会の事故のあとでもあり、かなりの警備の補強を豊平署から要請もあって、1試合当り3300万円の運営費がかかりました。それから少しずつ経費を削り翌年は、2000万円、また翌年は1800万円、1600万円、ついに今年は1300万円まで圧縮できたのです。

 もちろん、数々の工夫もさることながら、CVSの活躍が最も大きいと言えましょう。

 CVSの誕生は1998年ごろからだったでしょうか。当初は手探りで毎回毎回試行錯誤しながらの運営だったそうです。

 ところが今や全国から注目されるにいたり、サッカークラブはおろか、お隣日本ハムさんからも運営のノウハウを教えて欲しいと問い合わせがあります。

 現在年間400名弱の登録があり、札幌ドームでは約120名、厚別では約80名のボランテイアの皆さんにお手伝いして頂いておいます。

 仕事の内容は、ゲートの切符きりから、案内、VIPの受け付け、最後はお掃除、後かたつけまで、やく8時間以上にわたるお仕事なのです。まったく感謝に耐えません。本当にありがたいと思っております。

 運営費のなかでひときは経費のかかるのが、人件費ですから1日一人1万円かかるとして平均100万円20試合となれば、年間約2000万円かかるわけです。

 おかげさまで、今期もかかる予想経費も大幅に軽減できることがでしました。これはいかにCVSの影響が大きいかとも言えます。

 来年はJ2は13チームになり、試合数も増えます。是非とも一人でもおおく参加していただき、わがコンサドーレを応援していただければ、選手一同フロント全員がんばって生けるものと信じております。

 また、来年も最高のCVSの感謝パーテイにしましよう。
 明日23日は休みなので今日アップしました。


post by kadowaki

14:22

コメント(0)

ドーレBOX(飲料自動販売機)

2005年12月16日

2004年から本格的にスタートした強化資金つくりの一環として売上の一部が手数料収入となる飲料自動販売機[ドーレBOX]について

 これはマスコットキャラクター(ドーレくん)がデザインされており、ダストボックスが一体となって、スポンサーである北海道コカコーラボトリングとサッポロビール飲料が混合して入っているまさに業界を超えたコラボレーション自販機です。

 この売上の一部が、コンサドーレ札幌に強化資金として充当されます。

 現在39箇所今年度約400万円以上の資金を受け取る予定です。これで100箇所年間1000万の資金が集まればまさに大きな力になります。

 是非今後とも良い場所があれば紹介してください。但し以下の条件をクリアーしなければなりません。

1 一日30本月間900本年間7000本以上
2 既設のコカコーラとサッポロビール飲料と競合しないところ
3 所定の場所使用料、毎月の電気料、設置にともなう工事費などは当  クラブの負担
4 また補充などすべての管理もすべて当クラブが責任を負います

(詳しくはクラブにご相談ください)

現在以下39箇所の場所に設置されています。

1 日本航空市内支店カウンター内 
2 石屋製菓 
3 札幌ドーム
4 エステービー興発(SТV6F)
5 エステービー興発(SТV7F)
6 マツダレンタカー白石店 
7 北海道サッカー協会 
8 JALセールス北海道 
9 北海道体育協会 きたえーる 
10 札幌市生涯学習センターちえりあ 
11 道新サービス西ビル 
12 伊達市役所分庁舎 
13 伊達市役所本庁者 
14 野幌総合運動公園 
15 きたひろサンパーク管理棟 
16 札幌副都心開発公社 デュオ3F
17 札幌副都心開発公社 バス南レーン 
18 きたひろサンパーク パークゴルフ場 
19 旭川 進藤病院 
20 北日本重機 
21 芽室町役場 
22 ワイアンドワイプロダクト 
23 端野町役場 
24 コンサドーレ寮(しまふく寮)
25 末松整形外科 
26 小清水町多目的研修集会所 
27 中央卸売市場青果棟現場 
28 すみかわ地区センター 
29 澄川まちづくりセンター 
30 札幌市水産物卸売協同組合 
31 札幌市男女参画センター(エルプラザ1F) 
32 コンサドーレ東雁木練習場 
33 室蘭入江競技場 
34 室蘭市体育館
35 北電本社5F 
36 キャリアバンク5F 
37 マツダレンカ-千歳空港店 
38 前田弘子様 
39 公営ことぶき団地現場 村井建設

このなかで一番売上がいいのは デュオ3F2番SТV6F
一番悪いのは 日本航空札幌市内支店 
  
駅前通りのJALカウンター前に是非立ち寄って買ってください。1本
100円ですよ。お願いします。


post by kadowaki

10:04

コメント(0)