2009年04月06日
言葉の魔力
負けが続くと、サポにも、現実的なものからほとんど妄想に近いようなものまで、いろんな反省点(?)が浮かび上がります。 プレーのあそこはああすべきだった、誰それが行けなかったというものから、応援の仕方が悪いんじゃないか、果ては、自分が試合を見たのが運を逃したのかもなんてことまで、本気になって考えたりするものです。 今朝私も、ふと、思いました。 コンサドーレには雪国のハンディがある。 練習場がシーズン始まっても使えない、キャンプが長引く、うちに帰れず疲れが溜まる、だから、なかなか春先は調子が出ない、これからが本調子になるはず。 また、今年は若手が多い。 ベテランが少ない中で、去年とは全く違うプレースタイルで試合に望んでいるのだから、それになれるまでには、時間がかかるはず。 この2つについて、私だって、真実だと心から思ってました。 今までは、これは、選手の置かれた立場を理解しようとしての言葉以外の何者でもないと考えていました。 でも逆に、こう言われることが、選手の可能性を狭めているのかもと、ふと思ったんです。 例えば、「若いんだから何でもできるよ、やってみなよ」と言われる代わりに「まだ若いんだから、出来なくても無理はない」と言われたら、自分たちにはまだ無理でもいいのかも、と言う意識がどこかに残ると思うんです。 雪国のハンデにしたって同じ。 シーズン初めに負けがこむと、まだ練習不足で調子が出てないのだからしょうがないかもと、とらえるかも知れません。 これから絶対!と、調子が本当に出てくればいいですけど、もともとどこまで調子が悪くてどこから調子が出ると期間を区切っているわけじゃなし、まだだな、まだかも、とずるずると行き、だんだん自信も喪失し、取り返しがつかなくなるいう悪循環に陥ることも考えられます。 もしかして、こんな風に選手寄りに考えるのって、選手の為にならないのかも、選手のためには言わない方がいいのかも、なんて思い始めました。 なにせ、メンタル弱いチームですし(というのも言わない方がいいのか!)、魔法の言葉にひっかかりやすいかも。 そうだ、同情や言い訳じみた言葉より、もっと可能性の広がる言葉を使うべきなのでしょうね。 次節は、監督のサッカーを90分体現して、勝ちを掴むんだ! 君たちには出来る! 君たちがやらなくて誰がやる! 期待してるよっ!信じてるぞ! (これでどうだ!)
posted by じゅうよっつ |22:02 | コンサ |