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初生観戦:岡田武史が初めて来札したときの神戸戦 名刺代わりのキーワード「パラグアイ」
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2006年10月20日
レプリカどれ着よう? タオルマフラーどれ持って行こう。
プーマ時代の前面白恋ユニがきっかけでコンササポになったワタクシ。 自分にとって初代のレプリカ。 このころのエンブレムは、フェルト地にミシン刺繍… 洗濯するとこの部分だけなかなか乾かなくてねぇ… 聞くところによると、そのころのエンブレムは、ほとんどが岐阜県で生産されていたと言う。 あり?石川だったかな? 相変わらずうろ覚えです(^^; また賢い人が現れてくれることを希望します(語尾を昭和天皇風に読んでください)
2006年10月11日
浦和がJ2にいた頃、レッズサポの友人がいた。 南米選手権のときボルネオ戦のバスツアーで出会った人たちの1人だった。
お互い、自分のチームのことが優先ってのが原則だったのだが、はじめて駒場で対決したときは、試合前にレッドボルテージとか、大原の練習場とか、選手寮「吾亦紅」に連れてってくれた。しかも札幌サポ友だち最低5人はいたような・・・レッドボルテージの店の前で取った写真見ればわかるんだけど実家なんで確認できず。不明。 そのときはビジュのオフサイドくさいゴールでコンサの勝ち。 けどまた試合後、札幌系の宴会に来てくれたりしたんだよなあ。 んでもって翌年の元旦の天皇杯の決勝を見た後、ワシの札幌友だちと、もう1人のパラグアイ友だち(ガンバサポ)と一緒に新宿出て、2軒目にシダックス行って、3サポ対抗カラオケ合戦となった。 前置きはそれくらいにして・・・ 田畑が移籍してきたとき、この友人が事あるごとに 「田畑元気?」 「田畑は、ルーキーイヤーのとき、ブッフバルトをして『これでレッズのセンターバックは10年安泰』と言わしめた天才」 「でも1年に3回骨折したことがある男」 この3点セットを口にしていた。 その友人はその後彼氏になり、別れ、それから2、3年したら音信不通になってしまった。 タバさんと同じたれ眉が懐かしい。 純粋なタバさんの話が少なくてすみません。
2006年10月05日
今さら気がついたー で、うれしくなってかつて自分が書いた文章を探しに行った。 http://www.welovekohta.com/sapporo96-99/game/99game/990702-2.html うう・・・若い>自分 ナツカシス
2006年09月13日
うれしいねえ、勝ち点3。 うれしさとは別に、ニッカソには言っておかなければならないと思ったこと、自ら晒してみる
いつもコンサドーレの記事を楽しみにしております。 今日は苦情がありメールさせていただきました。 それは、長島記者のブログについてです。 いずれ成長してくれるものと今までがまんして読んで来ました が、特に今回、コンサドーレの10周年記念マッチに関する記事 はひどいです。 「コンサの歴史は外国人ありき」というようなことを書いてい ます。まさに勘違いです。 確かに、外国人選手も「ファミリー」だったときはありました 。 しかし、エメルソン以降の外国人が果たしてコンササポの心の 中心だったのかどうか...? それはコンサドーレを愛していればおのずと答えの出ることで しょう。 だからこそ、外国人選手をとらずに根幹からチームを立て直そ うとする5ヵ年計画体制をサポーターは支持しているわけです よね? 「サポーター目線」を標榜するのならサポーターに実際に取材 するなど、新聞記者としての基本を踏まえた上で書いて欲しい と思います。 ブログとはいえ、御社様が管理するサイトに掲載する以上、独 りよがりはやめて、パブリックな立場で書いてほしいです。 北海道に住んでいる友人達は、この記者のことを、「気の毒な 人」と呼び、特に苦情は言わないようです。 長島記者がこれ以上コンサドーレに関わろうとすることについ て、ご再考いただきたいと強く希望します。
2006年09月01日
あしたは、山形でナイターですよ。 山形でナイターと言えば、桜井が先発して、アウミールのコロコロシュートが微妙に枠の右側に逸れていって全員バンザイなしよ状態になった試合を思い出しますね。 あの頃は、モンテディオも観客が少ないためメインスタンドしか解放してなくて、応援の声が山に跳ね返ってこだまになるという、少々神秘的な観戦環境でございました。 その次のシーズンからだったでしょうか、ホームから大量にやって来るサポが皆、売店のソースカツ丼と、クラージュ特製念仏CDに試合前から骨抜きになってしまうようになったのは。 イカン、イカンですよ。 玉コンでがまんですよ。 翌日は、馬見ヶ崎河川敷で、日本一の芋煮会ですね。 http://www.y-yeg.jp/imoni/ かみのやま温泉も魅力だ・・・ と、そこが危ない(not少年隊)
2006年08月01日
関東在住アウェイサポで、急に徳島に行きたくなった人向けメモ。 【京浜急行バス】 http://www.keikyu-bus.co.jp/keikyu-bus/highway/eddy.html 帰りは「高速鳴戸」から乗車する形で。 18:00キックオフで、スタジアムからバス停までタクシーで20分くらいだそうな(サッカー渋滞とかあんのかなあ?)。 21:55鳴門発の便は、さっき電話したらあと20席くらい空いてるとのこと。 【オーシャン東九フェリー】 http://www.fune.co.jp/J-index/Z-teiki/JZ-C/JZ-C-01.html 5日出発の便に使用される船は、飲食設備が無い(レトルトの自販機があるだけ)なので注意してくださいとのこと。 つわけでワシは、1泊2日(船中泊)20,450円で遠征してきまーす。 問題は、体力がこの旅程に耐え切れるかどうかじゃ・・・(苦笑) まあチーム今あんなだし。うちらせっかくこないだ平日がんばったのによー 全く、世話のかかるやつらだ(笑)
2006年07月25日
あすは東京V戦じゃ~っ 有給1日取得はさすがに無理でしたが・・・ お客さんがエレベーターに乗るの見届けたらソッコー帰りますよ! 味スタと言えば、むかしむかあし、三沢が来てましたね。 エルボー!エルボー!エルボー! 柴又で買った高木屋の草団子をハーフタイムに食い・・・ 見事引き分け(だったよな) あんときの米山(現川崎)は本当に邪魔だった。 走れるよね? ・・・暑いけど 頭回るよね? ・・・じめじめしてっけど オシムジャパンになったのですから、 うちの選手達のように普段から、走ってそして考えて、って習慣がちゃんとできている人はチャンスですよ! そんな大それたことを考えるのはソタサンくらいかもしれませんが・・・ またダンマク持って国際線乗りたいぞ!自分のチームの子のために! ガバレー!!!!!
2006年07月17日
先週、ドイツから帰ってきた友人の帰朝報告会と銘打った飲み会があった。 そこで聞いた話。 ヤシのチケで指定されている入場ゲートは、選手バスの進入通路でもあったそうな。 はじめにやって来たのはブラジルのバス。 車内はカーニバル状態で、その中心はタイコ叩いてるロナウジーニョ。 最後部座席の選手たちは外の観客に向かって、大ノリでアピール。 続いてやってきた日本代表のバス。 誰もしゃべってないし、誰も外を見ない…チーン ヤシ曰く、「戦う前から結果見えちゃったよ」 おとつい宮の沢で選手をお見送りした人たちはみな 「外見てる選手なんてほとんどいなかった。気合いの現れだね」 って誉めてたんだけど、先述のような話を聞いたばかりのワシとしてはなんとなく不吉な感じがしたなりよ。 でもワシら日本人だし。 ワシ風の星座の双子座だからそう思うのかもな… 山羊座や乙女座の人にこういうこと言ったらヌッ殺されそう~(^_^;)
2006年07月02日
先日、部屋を決めて、 昨日の午後、あちこち採寸してきた。 担当の営業さんは親切ながらもなかなか押しの強い人で、 そうでもなかったらまた私は 「やっぱりやーめた!」 になっていたかもしれない。
つわけで、 いままで東北道の入り口まで10分っつうところから、東名の近くに引っ越します。 これは、近い将来静岡方面へ遠征に行くぞという暗示でしょう
2006年06月20日
今夜、また物件を見に行きます。 今月の10日、2年ぶりに横浜スタジアムに行って来ました。 私は円山とか神宮とといった小さい野球場が大好きなのです。 それでもって、ベイスターズファンだったりもするのです。 神宮で見たのはほとんどがヤクルト対横浜だし、 円山でみたのも、サンワード貿易対湘南シーレックス(横浜のの2軍)でした。 試合は、横浜がいきなり初回から失点するもすぐに逆転、その後も先発の門倉が先頭打者に打たれまくったにもかかわらず木塚→クルーンと継投し逃げ切りました。ワーイ! 「これは関内に通うための拠点を作らないといけない!」 つわけでこれまで京急沿線で探していたくせに今は根岸線沿線を狙っています。
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