カレンダー

プロフィール

HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。

リンク集

カテゴリー

検索

谷山浩子

2010年04月20日

高校~大学時代、谷山浩子が好きでした。

メルヘンで怪奇なちょっと変わったシンガーソングライターで、その独特の世界観には理屈抜きに引き込まれます。特に大ヒット曲と言える曲はないのですが、シングル曲でまあまあ有名なのは「カントリーガール」だと思います。あと、CM曲でよく聞いたのは「風になれ-みどりのために-」ですね。この曲は非常に透明感のある綺麗な曲だと思います。

他の歌手に楽曲提供したものと言えば斉藤由貴の「MAY」や「土曜日のタマネギ」が有名だと思います。最近では手嶌葵の「テルーの唄」があります。

また、そのファンタジーな楽曲はNHKのみんなの歌にも多くの作品が使われ、その中でも「真っ暗森の歌」は人気が高かったようです。

谷山浩子の何が魅力かと言えば、やはりそのダーク感でしょうか。人の心の奥にしまってあるような闇を無理矢理引っ張り出すような、そんなイメージがあります。あと、歌詞を聴いても全然意味がわからないケースが多いのですがそんなことは気にしてはいけません。

そんな谷山浩子の曲をいくつか紹介します。

うさぎ
とても可愛らしく、心地よい恋愛ソングで、こういう曲も谷山浩子が得意とする分野です。
でも、よく考えると「あなた誰?ストーカー?」って曲です(笑)

穀物の雨が降る
どうやったら「穀物の雨が降る」なんて発想ができるのでしょう・・・

手品師の心臓
タイトルだけで既に気持ち悪い。
こういうとんでもないタイトルを付けるのも谷山浩子流です。

王国
ミステリー作家綾辻行人の「時計館の殺人」を題材にした作品。
小説のイメージにぴったりな、美しく不気味で恐ろしい唄です。
後半綾辻氏がボーカル参加してます。

よその子
大学卒業後は谷山浩子を聞く機会が減っていましたが、数年前にネットで知った曲。
タイトルを見ただけでそのクオリティを確信しました。
やはり谷山浩子は期待を裏切らない。

まもるくん
カオス曲の代表曲でしょうか。歌詞と曲調のギャップがまさに谷山ワールド全開。


それにしてもYouTubeって凄いですね。


post by たじ

15:59

コメント(2)

将棋界のパンドラの箱:人間対COM.

2010年04月14日

情報処理学会が日本将棋連盟に「コンピュータ将棋」で挑戦状

社団法人情報処理学会からの挑戦状

コンピューターの将棋プログラムと女流棋士の清水市代が対戦します。
なんだかとても芝居じみたこのやり取りは正直ちょっと笑えます。
将棋に興味のない方にはどうでもいいような話題と言えばそうなのですが、この方面の人々にとってはこのニュースは結構重大だと思います。

ここで、コンピューターと将棋の関わりについて簡単にその流れを説明することにします。

1997年、チェスのコンピューター「ディープブルー」が当時のチェス世界チャンピオンのカスパロフに2勝1敗3分で勝利しました。これは史上初のことで、当時は世界的に大きな話題になったと記憶しています。
この当時、将棋のコンピューターソフトの実力は一番強いソフトでもアマ初段あるかどうかというレベルでしたが、「いずれは将棋でもプロのトップに勝てる日が来るのでは」ということを暗示させる出来事でした。

その後将棋ソフトの棋力向上はめざましく、数年でアマチュアの高段者レベルまで達し、アマ強豪を度々倒すソフトも登場してきました。こうなるとプロ棋士とコンピューターとの公式な対決を望む声も大きくなってきましたが、2005年、日本将棋連盟は棋士に対して「無断でのコンピューターとの対局」を禁止しました。

コンピューター側からするとこれは残念な決定です。なんだかコンピューターに負けることを恐れてプロ側が逃げているような印象を受けます。もちろんそういう側面はあるのですが、将棋連盟にはもう一つの思惑がありました。それは「人間対コンピューター」の対決をイベント化して収益に結びつけたい、ということです。

その後一度だけコンピューターとプロ棋士との対局が実施されました。2007年、渡辺明竜王とコンピューターソフト「ボナンザ」との対戦です。渡辺明は「竜王」という「名人」に並ぶタイトルを持つトップ棋士で、またコンピューター将棋にも明るいこともあり、この段階では両陣営とも渡辺竜王の圧勝を予想していましたが、実際に対局が行われると大熱戦、渡辺竜王が辛くも勝利しました。まさかコンピューターがトッププロをここまで苦しめるとは、と多くのことが驚き、コンピューターがトッププロに勝つのも時間の問題と思われるようななりました。



そして今回の企画。清水市代は女流棋界に君臨する第一人者ですが、その実力はアマトップレベルや下位のプロ棋士よりやや弱いというレベルです。正直、2007年の渡辺竜王に善戦した時から3年経ってるわけで、コンピューターは更に強くなり、清水市代では歯が立たないのではないかと思います。
もし仮にコンピューターが清水に勝てば半年から1年ごとに対戦相手をランクアップして、最終的には名人・竜王というトップ棋士と対戦する予定だといいます。もしコンピューターが順調に勝ち進めば2~3年でトップ棋士まで辿り着くのではないでしょうか。
ある意味今回の清水市代は時間稼ぎのための捨て石と言えるかもしれません。それを知っててこの役を引き受けたのも清水市代のプライドでしょう。あと、現女流名人の里見香奈(18歳の天才美少女棋士:将棋界内部比)に傷を付けたくないという配慮があったのかもしれません。

2005年に封印された「人間対コンピューター」というパンドラの箱が今年ついに開けられることとなりました。
その底に「将棋というゲームの将来への希望」は入っているのでしょうか。
注目です。


post by たじ

12:37

コメント(0)

柏戦の注目と期待

2010年04月09日

正直前節岐阜に0-3と完敗するとは全く思ってませんでした。
勝ち負け以上に内容に厳しさがあるように思います。
開幕してまだ6節ですが、早くも開き直りが必要かもしれません。
萎縮せずに、首位の柏相手に活き活きとした試合ができればそれで良し。

柏戦の注目ポイント
とにかく点を取ることを優先しましょう。
失点については多少は目をつぶってもいいです。

柏戦期待の選手
キリノ。彼が点を取らないとどうにも始まらないという感じ。
チームの勢いを付けるためにも1点と言わず2点、3点・・・


ほっと12のお知らせ
4/11コンサドーレ応援DAYのご案内


post by たじ

13:17

コメント(0)

浅田真央の純粋芸術性(後)

2010年04月05日

フィギュアスケートにおける「表現力」とか「芸術性」というのはいったいどのようなものであろうか。正直なところ明確な答えはないと思う。スポーツと芸術の融合であり、その芸術性をも点数化して評価する競技。そもそも芸術性を点数化すること自体に無理があると言ってしまえばもはやフィギュアスケートはスポーツ競技ではいられない。ではスポーツとは芸術とか美しさとかとは別のものかと言えばそうではない。トップレベルのスポーツというのは精神と肉体の限界レベルが作り出すパフォーマンスである。そのパフォーマンスというのは当然に「美しさ」が伴う。生身の人間の身体ができる最上のパフォーマンスというのは見るものを魅了する「美」と「芸術性」を備えているといっていい。
しかし、多くのスポーツにおいて「美」は意図的に作り出されるものではない。例えは「美しいバッティングフォーム」というのは美しく見せるために行っているのではなく、ボールを打つという技術を極めた結果到達するものである。優れたスポーツ技術は意図せずとも美しさを纏っているものである。

さて、前置きが長くなったが浅田真央の美しさ、芸術性の一番基本となるものはそのパフォーマンスから放たれる「絶対的な美」、スポーツの最上のパフォーマンスが示すような「意図しない美」だと思っている。誤解を恐れず言えば、浅田真央は「美しい演技」をしようとしてはいない。観客に「美しいと思ってもらうこと」を意図した演技はしていない。これはそういう能力がないという意味ではない。彼女は意図して美しい演技を提示できる高い能力を持っていることはエキシビションの演技を見れば一目瞭然。彼女のエキシビションでの演技はいつも極上の美しさと楽しさエンターテイメント性を発揮している。
しかし、彼女にとって競技はエキシビションとは違ったものである。自分のできるパフォーマンスの限界にチャレンジしてそれをやりきること。実はそれこそが自分にできる最高の美しさ、芸術表現たり得ることを彼女は知っている。つまり、浅田真央は作品「浅田真央」を創出しているのである。「浅田真央」の完成度が高まれば高まるほどその美しさ、芸術性はより高い次元へと上っていく。意図的な「美しさ」を提示するのではない、純粋芸術性こそが浅田真央の最大の魅力だと私は確信している。

これは音楽で言えば「絶対楽」と「表題楽」の違いに例えることができると思う。浅田真央の演技の基本は絶対楽である。常に比較の対象とされてきたキム・ヨナは「表題楽」の名手ということになろうか。演技が示す具体的対象が存在し、役者的演技によってそれを表現する表題楽的演技の象徴が「007」であろう。対して浅田真央はそういった具体的な何かを役者的な演技で表現するタイプではない。例えば「チャルダッシュ」のようなアップテンポな軽妙さや楽しさ、はたまた「ノクターン」のような優美さ、「幻想即興曲」のような「激しさ」、そして「鐘」のような沸き上がるような激情。いずれも抽象的な「気持」や「感情」「世界観」といったものを見事に表現している。浅田真央の手にかかれば「カルメン」や「くるみ割り人形」ですら作品「浅田真央」になる。浅田真央の持つ正のオーラが演技全体を包み、天性の才能はもちろん、磨き上げられた「技術」「所作」の一つ一つがこの上もなく美しく、その美しさを音楽との見事なまでの同調性をもって作品として提示するのが浅田真央の真骨頂である

「絶対楽」と「表題楽」という例えをしたが、もちろんこれは別に優劣の問題ではない。どちらがより芸術性があるということではなく、あくまでも表出されたもののクオリティにより評価されるものだと思う。私はこの点が世間が浅田真央に持つイメージに対して一番主張したいポイントである。フィギュアスケートというのは演劇ではないのだから、表題楽的=女優的演技のタイプでないことはフィギュアスケートの表現力において劣っている事にはならない。ちなみに、キム・ヨナについては女優的演技に長けていることを認めないわけではないが、私個人の感想を言えば、そのクオリティは浅田真央の表出する純粋芸術性には遠く及ばないものだと感じている。キム・ヨナの演技は基本的には「高い点数を取るための演技」である。ブライアン・オーサーコーチを先頭に、チーム・ヨナはあらゆる方法で高い点数を取るための演技をブラッシュアップしてきた。ヨナにとっては女優的表現も点数を取るための作業であり、浅田真央のような自らの身体の奥底からわき出してくるような芸術表現とは感じられない。私にとってヨナの表現力というのは「点数を取る作業がうまい」という評価以上のものではない。

今回の世界選手権における浅田真央の演技はショート・フリーともほぼ完璧で、作品「浅田真央」の一つの完成形だと思う。特にフリーの「鐘」はあの重厚な曲を完全に支配し、見事なまでに音楽との同調性を持ったその演技は会場の空気すら支配し、固唾を呑む会場の空気自体が作品の一部のようでもある。一点のキズもない、フィギュアスケート史上に残る究極の演技の一つと断言できる。3Aのダウングレードはルールの瑕疵であって演技の評価を下げる要素では全くない。
このような浅田真央の表現力の限界を引き出し、高めたのは、あのタラソワコーチの手腕である。「仮面舞踏会」「鐘」といった重厚な曲を使うことでより深いところに眠っていた浅田真央の芸術性を引き出すことに成功した。とはいえ、シーズン当初は多くの人がそれが成功することに懐疑的ではあったが、浅田真央は自分の可能性を信じることに一切の揺らぎがなく、タラソワに曲の変更を打診されてもあくまでも「鐘」にこだわったのは浅田真央自身だった。そのタラソワコーチとは来期以降コーチの関係を解消するという情報が流れているが、私は個人的にはアドバイザー的な立場でタラソワコーチとの関係を継続して欲しいと思っている。

「鐘」を演じきることで表現の幅、深さが一段と増した浅田真央の純粋芸術性。これからどのように進化していくのか。これからがますます楽しみである。


post by たじ

18:43

コメント(1)

岐阜戦の注目と期待

2010年04月03日

2連勝と少し状況が上向いてきたコンサドーレ。次の相手は岐阜です。
次次節の柏戦が序盤の一つ目の山と思うので、岐阜に勝って勢いを付けてホームに帰ってきたいですね。でも、こんなことを書いていては岐阜には勝てないかも・・・あくまでも目先の試合を大切にしなくては。自戒。

岐阜戦の注目ポイント
現在2連続完封。これを伸ばしたいです。まずは完封を目標に。完封できれば得点は90分で1点でよいです。

岐阜戦注目の選手
岩沼。今季急成長で頼もしいです。


post by たじ

00:50

コメント(0)