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2008年02月17日

コンサドーレへの道・第11回『Jバブルの崩壊(4)ー『結果の均等配分』

 昨日のエントリーで、プロ野球の運営コンセプトという話をしました。これについて補足しておきます。

 プロ野球とJリーグの運営コンセプトで顕著な違いは、プロ野球には「結果の均等分配システム」(と私が名付けた)というべきものがあることです。それは下記に特徴づけられます。

・資金力の乏しい企業の参入排除(新規参入権利金60億とオーナー会議の承認)
・地域に対する排他的営業権(フランチャイズ制)
・ドラフトによる新人選手の均等分配
・FAを取得するまでの間、選手の独占的所有

 これらの措置によって、戦力格差が広がるのを防ぎ、結果的にどのチームでも最低4割以上の確率で勝利と言う「結果」を享受できるように調整されています。さらに、近年ではプレイオフの導入によって、優勝争いという「話題性」も、中位、下位のチームにも開放されました。

 ところが、Jリーグには、このような「結果の均等配分システム」はありません。選手の獲得も、移籍もまったくの自由競争で、年々戦力が格差が広がっています。手本としているヨーロッパでは、どの国のリーグでも優勝は上位の数チームに限られています。これは自由競争の果てに戦力格差が固定化された状態にあると言えます。

 工藤さんのいう「チーム数が多すぎることでチーム間の格差が広がり、首位の勝率が0.7を超え、最下位の勝率が0.3というのでは、プロスポーツの興業として失格だ」というのは、ファンがチケット代支払った金額に見合う価値提供として、最低でも2試合に1試合程度は「勝利」と言う楽しみを構造的に提供できなければ、興業とは呼べないということでしょう。

 反対に、プロ野球の運営コンセプトの欠点は、参入チームを増やすことができない点にあります。チームが増えれば増えれるほど、結果や話題の均等配分は難しくなり、戦力格差はどうしても広がってしまいます。そのためにプロ野球では、参入条件を高くし、参加チーム数を最低限に抑えることで「結果」が分散するのを防いでいます。 

 こうしてJリーグでは、全国すべてのチームに、チャンピオンズリーグ優勝チームと世界一を賭けて戦える可能性が残されている反面、プロ野球では四国や九州の独立リーグのチームがいくら優勝しようと、セ・パのリーグに入ることはできません。

 私的にいうと、プロ野球の結果の均衡配分システムはうらやましいです。

 これがJでも機能していれば、サポが減資の問題や、累積赤字の問題に頭を悩ます必要はなかったでしょう。しかし、本当にJがプロ野球と同じ結果の均等配分システムを採用したならば、コンサドーレ札幌は、Jリーグで戦うことはなかったでしょう。そもそもコンサドーレ札幌と言うクラブは誕生すらしなかったでしょう。

 プロ野球の方は「プロは結果がすべてだ」とよくおっしゃいます。しかし、結果がすべてである反面、その担保システムとして「結果の均等配分」が行われていることはあまり触れられません。Jリーグには結果の均衡配分システムがないのに、プロ野球と同じく「結果がすべて」を求めると、コンサドーレ札幌のようなことになってしまいます。

(すみません、脱線しました。次回こそは・・・・)

posted by hibari |13:11 | コンサドーレへの道 | コメント(4) | トラックバック(1)

2008年02月17日

コンサドーレへの道・第10回『Jバブルの崩壊(3)ー『Jリーグ崩壊』

 95年を境に、Jリーグバブルははじけました。
 前年まで、Jリーグを囃したててきたスポーツマスコミはこの年を境に手のひらを返したように態度を変えます。たとえば、「Jリーグ崩壊」という95年に出版された本。

 これは工藤健策さんというスポーツジャーナリストが書いたフィクションで、Jクラブへの出資企業の利益を省みず、理想ばかりを追う川渕(川淵ではありません)チェアマンに、危機感を抱いたj(小文字のj)リーグの人気5球団が、川崎ヴィルディ(笑)を先頭にして日本トップリーグという新リーグを結成する、というストーリーです。

 この本で展開されている論調は、その後のJリーグ叩きのマスコミ論調に共通するものなので、すこし紹介しておきましょう。

 工藤さんは、Jリーグ崩壊の原因にチーム数が多すぎることを挙げ、次のような弊害があるとしています。

 (1)試合のレベルの低下
 (2)チーム数が多すぎてファンがチームを覚えきれないという問題
 (3)チームが増える度に1チーム当たりの露出が減ること

 チーム数が多すぎることでリーム間の格差が広がり、首位の勝率が0.7を超え、最下位の(浦和レッズです)勝率が0.3というのでは、プロスポーツの興業として失格だというのです。そしてチーム数を絞りリーグ戦の後に上位チームがプレイオフを戦うメリカメジャーリーグの方式を導入するように提言しています。こうすることで、リーグ戦での優勝争い、プレイオフでの優勝争いと、ファンは何度でも緊迫したゲームを楽しむことができると言うのですね。

 チーム数が多くなることで試合のレベルが低下するという主張は、当時は頷けるものがあると思っていましたが、しかし今となっては、チーム数を絞り同じチームと何度も何度も対戦することで、試合のレベルが向上するのかは、はなはだ疑問です。

 また試合のレベルが下がるとファンがそっぽを向くと、工藤さんはこの本の中で何度も言っていますが、95年当時、どれほどの日本人がサッカー試合のレベルを判断できたのでしょうか。私自身にしてから、試合のレベルが何となくわかり始めてきたのは生観戦を100試合、200試合と続けてきたつい最近です。そしてある程度試合内容がわかるようになると、たとえJ2であっても内容的にレベルの高い試合があることがわかってきました。

 どうやら工藤さんが「試合のレベル」と言っているのは、サッカーの試合内容そのもののレベルではなく、優勝争いや、プレイオフへの進出争いなどの「話題」の大小、つまり話題の多い試合がレベルの高い、内容の濃い試合と言っているようです。そしてチーム数が多くなればなるほど「話題」のパイが小さくなると言っているんですね。

 こう俯瞰してわかるのは、工藤さんがJリーグに採用するように言っているのはプロ野球の運営コンセプトなんです。Jリーグの運営コンセプトが、プロ野球のものと異なった方向にあるので、長続きしませんよ、と主張しているのですね。

 さて95年にJリーグバブルが弾けた原因は、次のようなものではなかったかと思っています。

 80年代のプロ野球黄金時代に、プロ野球的な運営コンセプトにどっぷり浸ってしまったスポーツマスコミは、自分たちのパイをさらに広げてくれるものとして、Jリーグの登場を歓迎した。

 ところがJリーグの運営コンセプトが、慣れ親しんだプロ野球のものとは異質であるこに気がつく。そしてプロ野球のような運営コンセプト目指すように促した。ところがJリーグはそれを拒む。長年慣れ親しみ、心身に染みついてもいるスポーツ観が通じないと知ったスポーツマスコミは、Jリーグを異質なものとして手のひらを返したように排除し始めたと。

 こんな逆風の中、96年にコンサドーレ札幌はスタートします。そしてコンサドーレは、Jバブル崩壊の負を、今も背負うことになります。

(次回こそコンサが出てくる・・はずです)
 

posted by hm1644 |01:44 | コンサドーレへの道 | コメント(6) | トラックバック(1)