2013年07月05日
それがチャレンジと気づけるか
コンアシ予想で前と後ろが逆になっていて、んんん? 配置変えたのかな...と思いきややっぱり哲さま1TOPの宮澤GKになっていた。 コンアシが間違ったのかー。珍しい。ふふふん。面白いもの見せてもらったわ。 『宏太's チェック』がネットで読めるようになってありがたい。 厳しい言葉が多いけれど、嫌味がないのでちゃんと心に届く。 徳島戦についても書かれていたので読んだ。 「失敗できるのは挑戦しているからこそ。失敗を恐れずに挑戦してほしい」といった内容。 確かにそうだなあ。コータが以前に言っていたことだけど、 今の若い選手たちは上手いので"出来てしまう"んだろうなと。 でもそれだけじゃ成長できないよ、とこれから先へも目を向けてくれている。 それで思ったことがある。 もし選手がチャレンジをしていたとしたら、 そのチャレンジで失敗したとしたら、サポーターは気づくことができるのだろうか。 以前ブログで『ホスンのチャレンジを褒めよう』というエントリーを書いた。 あ、これ↑はそういうのを前に書いたよという意味でリンクしているので、 べつにクリックして読まなくてもいいので。笑 ホスンのキックミスが指摘されることが多かった時期で、 でもこれってホスンがチャレンジしているんじゃないかな?と感じた私の感想。 (あとヒーローインタビューにGKを呼んでほしいという私の愚痴) 実際にホスンがチャレンジをして失敗を繰り返していたかどうかはわからない。 けれどもしそうだったとしたら、目に見える駄目な部分を単に批判してしまうのは 危険なんじゃないかと感じている。 チャレンジに失敗はつきものだ。失敗するからこそまた練習して改善しようとする。 失敗するからこそ考えるし、学ぶし、視野も広がる。新しくチャレンジできる。 でもそれがチャレンジの過程だと気づかずサポーターが否定してしまったら、 選手は「サポーターがチャレンジを認めてくれない」と感じてしまい 無難なプレーをするようになるんじゃないのかなーと。 目に見える部分しかわからないんだな、と思われてしまいそう。 こちとら素人なので、よっぽど観る眼を養わないとプロのチャレンジに気づくことは難しい。 ホスンのエントリーを書いた時は、頭の良いホスンのことだから何か考えがあるはず、 というGK贔屓の偏った見方をしていたから感じたことだし。 そうじゃなかったら「また同じミスしてる!何回やればわかるんだ!」と思っていたかも。 以前ディドがインタビューで「日本に来た頃、試合中に一番大きな歓声があがるのは 自分が大きくフィードした時だった」と話していた。 ドリブルでも、パスでも、カットでも、シュートですらなく、"大きなフィード"。 当時の日本人のサッカーを観る眼がどういうものだったかがよくわかる言葉。 観る眼がなければ選手がどれだけ素晴らしいチャレンジをしていても気づけない。 今すぐにそれを養うことはできないけれど、冷静に試合を観られる時は 「今のプレーってどういうことだったんだろう」と考えながら観ていくようにしよう。 なかなか機会はないけれど、コンサドーレ以外の試合も観るようにしたいなぁ。
posted by ひとみ |23:29 | コンサ徒然 | コメント(5) | トラックバック(0)