2008年08月17日
サポが泣いている。
「ウソだろーぉ!?」第一声がこれ。 よりによって終了間際にフェルナンジーニョにやられるとは・・・。 たまたま今日仕事に入るはずが休みになって、テンションがブリ下がりの状態で仕事に行くよりマシかなあ、なんてのは慰めにもならない。 正直ガックリ来ている。引き分けにすらできないとは・・・。 取り急ぎJ's GOALでチェックしてみたが、どう捉えていいのかわからない。 同点にされた時にどうしたかったのだろう? ハシゴしてみないことには判断がつきかねるが、どうにも不可解なのだ。 ただ、結果は結果。 心が折れそうになる負けだけど、受け入れたくない負けだけど、受け入れなきゃならない。 こういう時って、勝ってくれるイメージすら湧かない。 「みっともねえ、悪あがきはやめな。盤の上で銀が泣いてるぜ。」 マンガ・月下の棋士の主人公、氷室将介のセリフ。実際には坂田(阪田)三吉の名言をモチーフにしていると思われるが、参戦されたサポーターの方はそれこそ泣きたい気持ちだったと想像する。ニュースで敗戦を聞いただけの僕でさえ、ウルウルしながら書いているのだから・・・。「何やってんだ!」「どうしてなんだ!?」言いたいことはいくらでも出てくる。 16位までは勝ち点6、15位までは勝ち点8離れた。 はっきりいって厳しい。それでも直接対決はまだ残っている。 次は横マリ戦が待っている。アウェイといえど、引き分けすら許されない。 勝たなきゃ前には進めない。
posted by フラッ太 |20:17 | コンサについて | コメント(6) | トラックバック(0)
2008年08月17日
そこに仲間はいるのか?
競泳男子400メートルメドレーリレーはアメリカが世界新で金メダル。 日本もアテネに続いて銅メダル。 日本の銅メダルはもちろんうれしいが、印象的な言葉があった。 確かフェルプスだったと思うが、「『仲間』がいなければここまで来れなかった」というもの。 アメリカといえば、つい個人主義とか競争社会とか周りのことなんかどうでもよくて自分で何とかしていくしかない、ともすれば自分さえ良ければいいというお国柄だなんて想像しがちになってしまう。自分で何とかしなくては、というのは最後の部分ではきっとそうで、それはアメリカに限らずどこの国だってそうなんだけど。 仲間というのは時にライバルや目標となる存在で、そこには国籍なんて関係なくて。 お互いを知って、お互いを認め合った上で、切磋琢磨していく存在。 それができることを幸せに思わなくてはいけないし、それに甘えることなく日々の精進に務めなくてはならないということなのだろう。 日本のサッカー界はどうなのだろう? 反町ジャパンにはそれがあったのだろうか?コンサドーレには? 選手や監督だってやるからには勝つために全力をつくしているし、サポーターもそれはわかった上でスタジアムに足を運ぶ。頑張っていても結果が出なければ誰だって悔しいし、サポーターだってブーイングを浴びせたくなるのが人情ってもの。 京都戦、仲間と共に戦って、何が何でも勝ってほしい。
posted by フラッ太 |12:53 | ちょっとカタい話 | コメント(0) | トラックバック(0)