2020年05月08日
吐き出さないとやってられない
勿論比喩ですよ。本当に具合が悪いのであれば、こんなことしていられないはずだし。
毎日思うところはあって、しかし実際のところはなかなかスッキリともしていない状況でもあって。 たまさか偶然だろうが、当初の「緊急事態宣言」期間が明けた昨日、いろんな形で言葉があふれたから、ここに綴ってみる。 過去に何度も出してきたことも含む、やりきれなさの表現。
そう現状のありようは、「何となく」決めて、「何となく」延長して、という状態。 ニュースを見やれば、昨日の様相はまちまちを伝えるのだが、結局のところ「根拠のない理由」で進んでいくのだから、たまったものでない。 恐らくまたズルズルいくのだろうという感想しか出てこない。
患者数の数値が毎日出てくるのだが、これとてどうか。 本当に繰り返しだけれども、単にこれだけを取っての多少で一喜一憂する意味はない。 被験者数をベースに語らないといけないことだし、それとて少なすぎる実態はあるけれども、それすらない議論は時間の無駄ですらある。
あの「10万円給付」とて、何時になるや判らないと。 最後は各自治体がやるわけれども、当然に処理時期がことなってくると。 そして手続きの面倒くささを見れば、本音はできれば利用してほしくないというのが透けて見える。 一方で外国に対しては多額のものをポンポン簡単に出す。 国内の人に対しては、やたら時間がかかるのに。 これが何かと言えば、当初出てきた「お肉券」とか「お魚券」とか「旅行券」とかを見ていれば想像がつく。 要は利権。見返りがあるかどうか。 だからそれが期待できない分野、教育面や文化・芸術面に対しては冷淡そのものでいくのだな。
頑ななといえば、いつまでも続くか自粛「要請」のことば。 決して「強制」はしない。なぜならそうしたら責任が発生して補償もしないとならない。 だから寸前で止めて、被害が及ばないように逃げ道を作る。 単純に卑怯。 政治は「結果責任」ということからすれば、最も醜いやり口ではあるのだな。 怖いのはあくまでも「要請」だから、従わないものが後に「自己責任」にされる可能性があること。 何せ平気でうそをつく人たちですからね、信用はもうないのだが。
「37.5度で4日以上」というのが削除されたとか。 この件で厚生労働大臣が暴言を吐いたというのもあるのだが、これは間違っていたからなんですよね? だったら、こっそりやるのではなくて、本来であれば謝罪があってしかるべきなのにこれはない。無責任の極みなのだろうが、平気で文書をないものにする人たちに期待することができないのが悲しい。
本来最初に事実があって、それに基づいてどうするかと考えるものだが、見ているに先に雰囲気だけで決めて、後付けで理由を考えていることが常なのだな。 そしてそれに振り回されていると。 「新しい生活様式」なんてものは何? 必要なのは言葉ではなく、お金でしょ? 前線にいる医療従事者たちには、もちろん最大限のリスペクトをしなければならないけれども、それを見て言葉だけでは栄養にならんのですよ。 それよりも必要なものを潤沢に支給するのが本筋なのに、精神論で語るのは違うだろう。
ああこんなことの繰り返しは自分でも嫌になるけれどもね、何か月経っても全然変わらないのだから、情けないやら悲しいやらでしかない。
posted by akira37 |04:41 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)