2016年03月09日
5年前の今日は
説明するまでもなく、まもなく節目の日が来る。 いやそのことをもって、その時だけで、済んでしまうような気がするのだろうが、どうなるんだろう。
今年の3月以降の曜日配列は、5年前と同じであるから、今年の場合日付だけでなく曜日も一緒に記憶を呼び起こすことは可能になる。 流石に怒涛の記憶であるから、5年経っても鮮明な部分は多い。
今日はその2日前である。 何故にその日のことを取り上げるのかと言えば、もしもがあれば、もう少し違った結果になったのかもしれないのだろうということで。 通常余震というのは、一番最初に大きいのがあって、そのあとに続くのであるが、あの時は2日前にもあったのだな。 正確には先に起きているから、余震ではないのであるが、規模の大きさと場所からすれば、予知できる技術があればと、悔やまれる案件にはなる。
あの日地方に向けて運転中であったのだが、ラジオで緊急地震速報があったことで、昼前でもあったし、国道沿いの駐車スペースに停めて様子を伺っていたのである。 勿論結果論でしかないのだけれども、この時に準備できていれば、少しは、ということになるのだろうがね。
そんなことを書いてみたところでどうにかなるものではないけれども、記録に残すべく、改めてというところではある。
posted by akira37 |04:41 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)