2015年07月16日
喧騒と冷笑の狭間で
今朝はしんどかった。 予想通りの反動で、久々に目覚ましで起きた格好。最もその前に1度起きてしまっているのだが。 疲れが溜まっているのがよく判る事例。
日々起こることを消化しきれていないのを感じる日々ではある。 まあ昨日あったことは、将来その日を振り返る時にどのような評価になるのであろうか、興味深いところではあるが、反応一つでもいろいろな見立てはあるようで。 まあ概して勇ましいだけの発言には気を付けた方がいいのは、過去の事例からもはっきりしているから、注視し続けないことだけは確かである。
いきなり至近の話を書けば、会社の中においては時に人事の話というのがネタになってくる。 まあ部外者が、時に面白おかしく話してみたり、ちょっと早めに情報をつかんでみては得意げに話すのを見かければ、冷笑するよりない。 まずは自身が当事者になった場合にどうなのかの想像が足りない。 そして少しは早く知ったくらいで、偉いと錯覚することは全く違うことで。 そこに安全な場所でしか物事を見ないのだとすればどうか。 いや単純に与えられたことをこなすだけでは問題は起きないだろう。 いろいろ試してみれば、問題が発生する確率は上がるのであるが、そのことが悪いのではなく、成長過程において時に大事にもなるのであれば、何しもしないでいることの方が愚かである。
話を変えて、サポの動き方においても、自ら率先して動く人を尊重するところから入る。 安全な場所で偉そうに非難することしかできない輩は、少なくとも耳を傾ける存在にはならない。 成績が落ち着いているときには擦り寄るようなことをし、苦境に至れば罵倒するだけのやり口は良しとしない。 こと勢いに任せてしまって、口汚い発言を目にするとやりきれなくなる。
話をまた大きい方に戻せば、たまらないことにしかならない。 いや消耗しきってはいけないのであるが、相手の問題はそもそも想像を超えてしまっている部分にあることが厄介ではある。 そして引き換えに出てきた国立競技場の見直しという部分で、騙されずに冷静にありたいと考えることではある。
posted by akira37 |04:41 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)