2015年02月07日
器の大きさ
そうねやはり好きなものを食べるのには大きい器の方が良いよね、という話では勿論ない。 ここのところ、自分を支配している漠たる不安の中から出てくる言葉ではある。 ということで、あまり面白そうにもない傾向の内容にはなるのか。
少し齧っただけで、すべてを知ったかのようなことで、多数が小数を罵倒する様を見やると、どうなんだかとまずは至って。 そりゃ楽だよな、バックは反対されない人がいるのだから。 別に少数の勇気だけを褒めようということではない。 いろいろな考えがあるなかで、よく見ずもせず簡単に排除しようとするさまが怖いということではある。
問題が発生し、その原因の追及があった時、真正面に向き合わずに、はぐらかし挙句は嘘で固める様を見るとき、明らかに器の小ささを感じるのだな。 所詮内輪の論理は、内輪でしか通用しないことにすら気がついていないのだとしたら、あまりにも不幸だろうと。 反対の意見を聞く余裕すらないと、あまりにも幻滅するよりない。
何だかなあ、と。 また空虚な受け売りだけだと、本当に薄っぺら。 時間の無駄でしかない。 もっと考えてできないのかね、ということは、世界的なところでも、身近なところでも、頻発するのがやりきれなくもあり。
でそんな鬱々したことばかりでもあれなので。 我がチームの誇りでも。 いやあ、金銭的なものだけでない何かがあるということは、そういう魅力があるということ。 貧しさを売り物にするのではない。 正直実感するのにはまだ早いのだろうが。
何かねえ、うまくまとめられない。
posted by akira37 |05:57 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)