2014年05月22日
それは必要なことなのか
何度か書いてきているように、私はニュースに時に出てくる「街の声」が嫌いである。 ただの嫌いではない、「大嫌い」である。 理由を改めていくつか書いてみる。 まず恣意的である可能性が捨てきれない。 例えばある事象で感想を求めて、賛成7反対3という結果であったものを、放送に載せるのを賛成1反対2になるようにすれば、正反対になってしまうわけだ。 そういうことはないだろう、と考えるのは思い過ごしだろう、と思われるのであれば、おめでたいことでしかない。 そもそも放送上には生でない限り「編集」が入るのだから、真正面に受け止めるのは危険でもあるのだが。 物理的なことを言えば、そんなことに時間を割くくらいなら、ほかのことをやれよ、というのもあるのだがね。 そしてこれが一番肝心なことであるが、街の声を出すことによって、責任回避できることでもあるのだな。 一般の人に言わせることによって、その局の姿勢をはっきりさせないとでもいうのか。 まあ時にこれは卑怯とも言える手法だろうと考えるのである。
現在の旬は芸能人の逮捕か。 その背景を事細かくやっているようなのだが、そもそもそれほどのことなのかと。 何か発生するたび、それがスキャンダルなものだと寄ってたかってやる。 毎度これも言うことだけれども、他にやることはないのかね? 体制におもねっていると、そこに目を向けることもできなくなるのか? 勘違いも甚だしいことが多すぎやせんか。
昨日はサッカー日本代表がキャンプ入りして、ナビスコもやっていたようなのだが、正直あまり関心が向かない。 やはり中心は我がサポートするチームのことで。 これが自分にとっては正常なことではあるのだが、あまりにもそちらに目が向けば、どうなんだろう、でしかない。
posted by akira37 |04:41 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)