2011年05月19日
見えているものだけがすべてではない
先日とある公式ブログの中で、「公はやっているのにコンサはどうなんだ」的な投稿があって、最初見た段階で批判的なコメントがつくだろうなと予想したら、実際そうだった、というものがあった。 私が最初それを見て感じたことは、報道されていることだけがすべてであるかのような捉え方で決めつけてしまっていることだったのだな。 これは実に危険なことではある。
くだらない番組が多くて、TVを見るのはニュースかスポーツくらい、という表現がある。 理由は他は収録だがこれらは生であるから、という理由付けがされるのだが、でも冷静に見ると、ニュースは生ではない。 いや確かに放送そのものは生でも、素材は違うだろうと。 そこには必ず編集が入るのだから、事実すら正しく反映しているかすらも怪しいと見るべきで。 それ以前に取り上げるかどうかでも恣意的な要素が入るのだし。 それを真に受けて、更には単純に吹聴することは実に愚かしいことであろう、と。
偉そうなことを言うのではない。 ただ表面的な部分だけで、すべてが判ったかのような理解をしてしまうのは、一種の思考停止だから、気をつけましょう、ということ。
いやあこんなのは特殊ではなくて、頻繁に遭遇するものだから、毎日疲労度合いが高いのですよ、という愚痴でもあるんですがね。
posted by akira37 |05:01 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)