2011年02月10日
毎日呆れる
おおよそ自分の関心事は、世の中の主流とは別の次元にあるのだなと感じることが多い日々ではあるのだが。
昨日は党首討論があったのか。 もうニュースは音を消して対応することが常態化しているから、字幕スーパーで様子を垣間見るしかないのだが、まずもってどっちもどっちだよなあ、の感想が最初に漏れる。 そして、その中身について嘆息するのだな。 「そんなことを言ってる場合なのかよ」 いや別に党首討論の中味だけではなくて。 政治を取り巻く諸々もことがズレまくっているとでもいうのか。 あんなのを見せられたのでは、学校でもいじめもなくなることはないだろうな、くらいの同程度の問題が横行しているわけだ。 些細なこと、重箱の隅をつつくかのような類のことで時間の浪費をする。 本質よりも言葉尻で揚げ足を取り合う。 茶番以下のものを見せ付けられれば、たまったものではない。 どちらの主張が正しいのか、以前のどうでもいいようなことの羅列では、どこからも支持などは得られないことすら認識されないことに、ただただ呆れるのだな。
もう一つの大きいことといえば、大相撲の八百長疑惑、というのがあるのか。 正直大騒ぎしているほどの関心が、自分にはない。 昨夜はNHKで緊急的に特番もあって、一応録画対応で眺めてみたけれども、何だかなあの気分からは抜け出せない。 少なくとも身内の不祥事を身内で調査することは限界があるのだから、信じることなど無理なものだろうと。 正直落ちるところまで落ちた方がすっきりするのだろうが、恐らく自ら特権を剥奪するような度量はないと推察するから、事態の改善には期待しないほうがいいではあろうね。
と別な観点で双方の事柄から感じるのは、マスゴミの改めてのだらしなさではあるのだな。 政治に関して言えば、相変わらず恣意的な伝え方しかしていない。 今やブログやツイッターで語られている事の方に説得力が多い部分があるので、比較するにマスゴミの劣化は目を覆うよりなくて。 大相撲にしても、一部週刊誌が大昔から追求してきたのを無視して、今更に大騒ぎしている。 皆と同じなら安心、そんな空気しか感じられず、まして自ら責任も取ろうしないものを、果たして信じるだけのものがあろうか、という観点に立たないと危険であることは、充分認識した方がいいだろう、という方向に行くのだな。
まあこうやって書くと、お前も結構偉そうだな、との感想はあろうかと思う。 自戒を込めた書き方をすれば、決して自分も褒められた生活を送っているわけではない。 毎夜就寝前に日記を書くとき、一日を振り返って中味のない事のほうが多くて、情けなくて嘆息するばかりなのだな。 そういう自分への警鐘も含めた意味合いもあることを、理解されたし。
posted by akira37 |05:01 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)